第21話 クリフの夢
「これは……」
拾い上げた剣を見てそう漏らすクリス。
「どうかしたの?」
ノアはその反応にクリスの持つ剣を覗き込むように見た。
「呪がかかっているな」
「呪?」
その剣が魔剣であることは間違いない。クリスは最初からそれを見抜いていた。しかしこの剣にはそれとは別に呪がかかっているのだという。
「おそらくはこれまでの持ち主のものか、この剣で斬られた者の怨念かだろう」
誰のものか、どういう経緯でつけられたものかは判断できないが、この剣には怨念めいたものが取り憑いており、場合によっては持ち主を狂わせる事もあるという。
それにより、この剣の持ち主は血を求めて彷徨い歩く可能性があるのだそうだ。クリスはそれを指して呪と表現した。
「え、じゃあこれ使えないの?」
「いや、そんな事はない」
呪と言ってもそれ程大きなものではないし、剣とはその性質上多かれ少なかれそのような部分はある。元々狂人の多い修羅ならば微塵も影響などないだろう。剣より持ち主の方が狂っているのだから。
だがこれを持つのは修羅ではなくノアだ。クリスはその剣を垂直に立てると、刀身にフッと息を吹きかけた。
「これで消えた」
「本当に? 凄い!」
「いや……少し残っているな。しかしこれは……」
クリスによるとその少し残った部分は元々の魔剣の魔力に絡み合い除去が困難になっているようだ。おそらくは専門家の霊媒でも難しいだろうとの事。強引にそれをやる事は可能だが、それをすると魔剣の能力まで奪う事になるらしい。
「それでは魔剣の意味がない。しばらくこのまま使ってみろ。影響があれば私がなんとかするが、この程度ならほぼ問題はないはずだ」
それに新しい剣を手に入れればそちらに持ち替えてもよい。剣が馴染んでくれば例え呪であってもそれはノアの制御下になる場合もある。影響はその程度しかない。
「持ってみろ」
クリスから剣を受け取り両手で握ってみる。少し重いと感じた重量はその場で変化しちょうど良い重さに変わった。刀身も同じく変化を遂げ、ノアに合うサイズへと収まった。
「うわー、これ凄いね。現実世界で買ったら凄い値段になるんじゃない?」
「かもな。持ち帰って財産にするのも良いだろうが、それは命を守るものでもある。惜しみなく使え」
「そうだね。自分が死んだら財産も何もないし」
刀身が変化するので鞘は近いサイズの物をクリスからもらい、それを背中に背負うような形にする。
これでノアもなんとか自分に合う剣を手に入れる事ができた。もらった相手はおそらく、とてつもないクズなのだろうが、それでも約束をして譲り受けた剣でもある。ノアも簡単に手放す事はしないだろう。
ノアはその剣を見ながら考える。あの修羅もトラストなど比較にならない程の恨みを買っていたはずだ。だがノアは修羅に対して恨みなど全くない。むしろ何かを教わったような気さえしている。立場が変われば感じ方も全く変わる。
もちろん、だからといって復讐の方針も気持ちも揺らぐ事はない。
トラストは娘を攫われて仕方なく犯行に及んだような事を言っていた。その娘からすればトラストは愛すべき家族なのかもしれない。しかしトラストのやった事は絶対に許される事ではない。そこだけは絶対に曲げてはならないのだ。
剣に呪がかかる。それはある意味当然なのかもしれない。殺された者たちの怨念、ノアの怨念、それがないはずがない。
剣とはそういもの、戦うというのはそういう事なのだと、ノアは考えていた。
◇
一報がもたらされたのは通りすがった商人からだった。護衛の冒険者を引き連れた馬車は、街道に累々と横たわる死者を見て、それがクリサリス伯爵領の騎士団だとすぐに気づく。
商人は簡易な調査を経てすぐ、冒険者の一人を使者として伯爵家に遣わす。
騎士たちの背中に突き刺さった大量の矢は待ち伏せた上での不意打ちを連想させた。積み荷は荒らされており、護衛対象と思われる人物が見つからなかった事で商人は、不意打ちによる野盗の犯行、その際護衛対象は戦闘回避の為そこから逃走したのではないかと報告する。
クリサリス伯爵は即座に調査団を派遣。調査内容は商人の報告を裏付けるものとなり、そこから逃走したと思われるノア・クリサリスとバスティアンの捜索が行われた。
それにより捜索隊はバスティアンの遺体を発見。追いつかれた野盗に殺されたと判断する。おそらくはノアを逃がす為に一人で野盗を食い止めたものと思われる。
肝心のノアは発見されなかったが、多量の血痕と複数のレッドウルフと思わしき足跡を同じ場所で確認した。
逃走したノアはモンスターに襲われ死亡。後に遺体は餌として持ち去られた可能性を考えられた。
その後、数度の捜索にも関わらずノアの痕跡が発見できない事から調査は打ち切られた。
それから一年の月日が流れた。
現クリサリス伯爵家当主、エルード・クリサリスは執務机を前に虚空へ視線を彷徨わせている。
ふとした時に考えてしまうのは、自分の行動が正しかったのか間違っていたのか、それとも別の方法があったのか。いずれにせよ結果は大敗北と言えるものだ。
多くの人材を含め重臣と更にノアまで失った。
エルードは絶望に打ちひしがれた。なにをする気力も起きず執務も滞るようになる。
それを見るリンダは心配を装いながらしばらくは休む事と執務の一部をアルに任せてはどうかと進言してきた。
エルードははらわたが煮えくり返るのを抑え、絶望を心の奥底にしまい込み、人材を失った領地の立て直しに尽力した。しかしそこに溜め込まれた心労は計り知れないものになるだろう。
そんな中でも唯一と言える救いとなったのは重臣となるべく育てられたクリフの存在だった。
「旦那様、ふさぎ込んでいてはお体に良くありません」
何かと理由をつけては色々と世話を焼いてくれる。ノアとも仲が良かったクリフは将来ノアを支える有望な若者として期待もしていた。
エルードはバスティアンととも立てたアルを排除しノアを当主にする為の計画を誰にも話してはいない。
秘密を抱えているのは辛い。かつての相談役だったバスティアンはもういない。
エルードはふとその秘密をクリフに話してみようと考えた。それをしても何も変わりはしないとわかっていつつも、エルードはそれをクリフに打ち明けてみた。
数年間に及ぶ長い計画。エルードはそれを最初から詳しく説明する。
クリフはそのような計画があった事に驚きつつ、その話を聞き何度も深く頷いた。
当時の伯爵家の現状、具体的にリンダとアルの問題はクリフも認識していた。特にバスティアンがノアに対して冷たく振る舞っていた理由を知り、当時憤慨していた自分の未熟さを後悔したりもした。
「そのような計画が……では野盗の襲撃と思われた件も違う可能性があると」
「うむ……だが残念ながら何一つ証拠が見つからなかった。トラストさえ倒されなければ……」
「よほど上手く不意をつかれたのでしょうね。そこまで知ると相手の計画性も感じます」
しばしの沈黙の後、エルードはクリフに聞いてみる。
「ノアは……ノアはまだ生きていると思うか」
あれから既に一年が経過している。モンスターに襲われたらしき跡も発見している。普通はその状態で生きているとは考えないだろう。
エルードは馬鹿な質問をしたと思いつつクリフの返答を待つ。慰めの言葉を探しているのだろう。クリフはどのように話すか迷っているようだ。
しかし、そのクリフの口から話された内容はエルードの想像さえしなかったものだった。
「こんな事を言うと馬鹿げていると笑われるかもしれませんが……」
「構わない。言ってみてくれ」
「実は、数日前に夢を見まして……そこにバスティアンが現れました」
「バスティアン……」
まずクリフはバスティアンについて良い感情を持っていなかった事を告白する。そのバスティアンが何故夢に現れたのか。
「バスティアンの隣には厩番のベンという男もいました。更に亡くなった者たちがその後ろに」
クリフに馴染みがあるのは騎士団だろう。ノアがいた頃は騎士団の運営を学んでいた。ベンに関してはほぼ交流がない。その中心にいたのがバスティアンだ。
クリフが不思議だったのはバスティアンに対して良い感情を持っていなかったにも関わらず、夢の中のバスティアンは何故かとても信頼できる人物に見えた事だ。
「バスティアンは私に微笑みかけました。全く意味がわからなかったのですが、バスティアンは唐突に後方を指差したのです」
クリフはその方向を見た。遥か遠くに光が見える。何の光なのか目を凝らした。すると少しづつ目が慣れてきて遠くの光景が近づくように見えてきたのだ。
光の中に映る人影。それが徐々に明らかになってくる。
「そこにノアがいました」
「なに!」
音をたてて椅子から立ち上がるエルード。クリフはそれに驚き落ち着くよう促す。
「あくまで夢の話です」
「そ、そうだな。だが詳しく聞きたい。続きを頼む」
クリフは話を続けた。光の中に映るノア。更に目を凝らしてよく見るとその隣に別の人がいるのが見えた。
「その人に関してはよくわかりません。ですが見たことのない程、美しい女性でした。そちらも何故かはわかりませんが、信頼できる人物に見えました」
「そうなのか。それが誰だか全くわからないのか」
「ええ、起きてから良く考えてみましたが残念ながら。あれほど美しい女性を忘れるとは思えませんし」
光の中を遠ざかるノアと女性。二人はとても信頼しあっているように見えたとクリフは言う。
やがてその姿が見えなくなると再びバスティアンが目の前に現れた。どうやら何か言いたいようだが言葉は聞こえない。何が言いたいのかそちらに集中する。
――大丈夫。
脳裏にその言葉が浮かんだ。その途端、クリフは一切の根拠もなく「ああ、大丈夫なんだな」と感じたようだ。理屈を飛ばした理解とでも言えば良いのか、いずれにせよ人に説明できる事ではないだろうとクリフは感じている。
「夢の話なのでお恥ずかしいのですが、私はノアが生きていると思っています。どのような事情で戻れないのかはわかりません。ですが私は旦那様の計画を聞き、バスティアンが信頼できる人物と確信しました。その信頼できるバスティアンが私にノアの事を伝えなければならないと思い、夢に現れたのではないかと……」
夢はあくまでも夢。しかしクリフはそれを信じている。エルードは話し終えたクリフをじっと見ながら口を開く。そこに僅かな笑みを含ませながら。
「ふふ、そうか。爺も今の私では頼りないからクリフを選んだのかもしれん。良い話を聞いた。感謝する」
しかし現実は何も変わらない。ノアが生きている証拠など全くない。事件が進展する可能性など欠片も見えない。
それでも、エルードはクリフの話を聞いて少しだけ救われた気がした。そして自分だけでもその可能性を信じて前に進まなければならないと思いを改めた。
「確かに不思議な夢だ。ノアと一緒にいた女性が誰なのか気になるが……トラストもそこにいたのか」
するとクリフは記憶を辿るように首を捻り、視線を足元に向ける。
「言われてから思い出してみましたが、そこにはいませんでしたね。気づかなかったのか……それとも……」
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