第20話 修羅の剣


 クリスがやっていた剣から光を飛ばす技、その名前を聞いてみたが「名前などない」とあっさり言われた。仕方ないのでノアはライトブレードとありがちな名前を勝手に付けた。

 慣れてくるとなかなか使い勝手が良く、蟲が群れていてもその外側からバンバン攻撃できる。ただ一つ問題がある。


「あああ! 剣が折れた!」


 散々酷使したせいか剣は中程からポッキリと折れてしまった。おそらくサソリの辺りでやばかったのだろう。あれの倒し方がわかるまで硬い甲殻に何度も剣を打ちつけていたからだ。

 仕方なくノアはクリスからデカい剣を借りてそれを使っている。慣れていないので扱いにくい。


「そこらの修羅からもらうか」


 もちろんもらうと言ってもただではくれない。相手を殺して奪うのだ。二人は修羅を探す為に移動を開始する。


「探すとなかなかいないんだよね」

「まあな。良い剣を持っているとも限らん」


 剣も気になるがノアの心に引っかかっているのはジエルケの件だ。あれから全く音沙汰がない。

 もちろん何もない方が良いのだが、くる可能性が高いとわかっているのでそれに関しては気が抜けない。理想は正面から戦いを挑まれてクリスに叩き潰される事だが、そううまくはいかないだろう。

 向こうもバカではない。むしろ策略の匂いさえしている。

 ノアとしては早めに、何らかの形で決着をつけたいと思っているだろう。


 視界の先には小山ほどの岩山が見えてきた。大したものは何もない修羅の獄ではそのようなものが蟲の拠り所となる場合が多い。それは体を休める為か、それとも獲物を待ち伏せる為か、野生の習性として様々な意味を含んでいるのだろう。


「何か聞こえるね」

「戦っているな」


 複数の蟲による低い叫び、地を駆けるような音、そして何かがぶつかり合う音。近づくにつれそれははっきりとしてきた。やがて岩山の陰になる部分が見え始める。

 戦っているのは修羅と蟲。およそ数十はいるだろう蟲は、車輪を十字に交差させたような形をしており、それを回転させて進む。車輪には金属的な光沢の棘が生えており中心には人なのか化け物なのか、皮膚のブヨブヨした赤子のような存在がいる。


「あんなのもいるんだ」

「人ではない。あれも蟲だ」


 修羅は後方に跳ね退きながら蟲の直進を誘う。それをギリギリで躱し剣を真横に振るう。だがその攻撃は車輪によって跳ね返されてしまう。

 おそらくは中にいる赤子のようなものを突けば倒せるのだろうが、下手に剣を差し込めば回転する車輪によって折られるか絡め取られるかになるだろう。


「なかなか良い剣だ。使い手によってはあの程度の蟲など一刀両断できる」


 クリスの言葉によりノアの視線が剣へと注がれる。とは言えノアでは見ただけでそこまではわからない。だがなんとなく良さそう、そして妖しい輝き放つ剣である事は確かなようだ。

 使い手により更に力を引き出せるだろうとの事だが、それはあの修羅を侮ってのものではなく、技量が低いという事でもない。


「あれは魔剣だろう。まだ剣を手に入れて間もないので使い手が馴染んでいないと思われる」


 魔剣は内包した魔力により様々な魔法的機能を有する剣だ。それは使えば使うほど使い手と魔剣の適合が変化してくると言われる。魔力である以上、成長のようなものがあると考えれば良い。

 それが馴染んでいないように見えるのならば、誰かから奪ったか拾ったかはわからないが手に入れてからあまり時間が経っていないのだろう。


「だが勝つのは修羅だ。戦う準備をしておけ」


 一見すると使い慣れていない剣に加えて防戦が多いようにも見える。蟲の回転する車輪に攻めあぐねている様子だ。

 修羅は突進する複数の蟲に同じ動きで対応している。


「ああ、なるほど。狙ってるのは特定の車輪だね」


 ノアがそう答えた瞬間、何度も同じ攻撃を加えられた車輪が一つ崩れた。修羅は間髪入れず中心となる赤子を叩き斬る。同時に壊れた車輪を剣で器用にすくい取り、それを他の蟲に投げつけた。

 隙間の多い車輪は簡単にそれを絡めて動きを止める。同じ車輪であれば強度も然程変わらないのだろう。仮に折れても問題ない。修羅はそのやり方で蟲を次々と倒していった。

 考えついても複数の蟲にそれをするのは中々難しい。なので絶え間ない攻撃を誘導する形に仕組んだのだろう。前提となるのはそれをできる身体能力と技術、そして経験による部分が大きい。


「僕より格上だ」


 真剣な眼差しで修羅を見るノア。どれだけ腐った人物であろうとその実力は正確に見抜く必要がある。特に経験は覆し難いものがある。ノアは修羅として数百数千の戦いを生き残ってきたのではないのだから。

 だがノアは心に決めた。あの修羅がこちらを襲ってくるなら、それを倒して剣を奪うと。


 戦いを終えた修羅の視線がこちらへ向いた。今のクリスは面をつけておらず女性の姿だ。子どもと女、相手はそれを見て与しやすいと思ったのか即座に駆け出す。

 そこにまともな理由などない。子どもを殺して女を奪う、その程度だろう。ここではそれが当たり前。ノアが戦う理由はそれを確認するだけだ。その足は地を強く蹴った。


「っ!」


 凄まじい勢いで飛び出すノアを見た修羅は意表をつかれた。武の匂いを全く感じさせない子どもから、突如噴出する殺気を感じたからだ。だが勢いまでは止めない。ノアの大剣と修羅の魔剣は硬い音を立てて交差する。


「僕が勝ったらその剣をもらう」


 その言葉に更に意表をつかれた修羅は後ろに跳び退き剣を構えなおす。


「おめえ……変なガキだが、まあいいぜ。欲しけりゃくれてやる」


 そして剣を振り上げた。


「俺に勝てたらな!」


 それを躱し下から斬り上げるノア。当然のようにそれは躱されるがお互い牽制の範囲。繰り返される剣戟は徐々に激しさを増してゆく。

 クリスそれを鋭い眼差しで傍観する。できるだけ強い気配を出さぬよう、相手がこちらに気を取られてノアの助けにならぬよう、多少の事で手は出さないつもりだ。

 ノアはクリスに痛みを覚えろとも言われている。痛みをどう扱うか試行錯誤する事で自身の成長に繋がるのだと。

 既に僅かな切り傷はあるだろう。大きな傷を負う場合もある。そこに感じる痛みは相手も同じであり、それを切り離す事を知らなければならない。

 今のノアは幽体の強化により常人よりも傷の治りが早い。とは言ってもそれは即座にではなく数時間単位の話だが、いずれは痛みを感じる間もなくなる程に強化される。まだまだ遠い道のりではあるが今のうちに痛みを知っておく必要があるとクリスは言う。

 今、相対している修羅はその役にうってつけとも言えるのだろう。ちょうど良い相手だ。


 さんざん蟲と戦ったにも関わらず修羅の力は弱まらない。それどころか速さ、鋭さともに増しているような気さえする。

 魔王とは言わずとも元の世界では恐れられていた存在だったのだろう、弱いはずがない。しかしノアも魔王に鍛えられてかなりの時間が経っている。それと戦える実力は充分についている。

 既に幾度剣が振られたのかわからないほどの時間が経過しており、一進一退の攻防が繰り返される。


 修羅の突きがノアの肩付近を狙う。それを下がって躱す。しかし――


「うっ!」


 躱したと思ったはずの突きが肩に刺さった。ノアは転がりながら距離を取り、膝と片手を地面ついた。

 だが受けたダメージとは裏腹にニヤリと笑ってみせる。


「それが魔剣の力。やっと出したか」


 修羅の持つ魔剣はある程度大きさを自由に変えられる。刃の鋭さを増したりなまくらにする事も可能だ。

 ノアは自分に剣が突き刺さる瞬間、それが伸びる事を確認した。おそらく相手はそのタイミングを測り大きなダメージを狙ったのだろう。

 しかしノアは何かある事を予想しており、ダメージは受けても大きなものにはならなかった。とは言えそれは最初に魔剣と見抜いたクリスのおかげなのだが。


「そ、それがどうした! 少し見破ったくらいでいい気になるな」


 焦りを帯びた声色を隠す事もなく修羅はそのまま行動に移ってしまう。

 地面に手をつくノアは明らかに隙だらけ。如何に強がろうとそこから即座に反撃は難しい。


「でも隠してたのは君だけじゃないんだ」

「なにっ!」


 直後、修羅の後頭部に強い衝撃が走る。

 ノアは地面に手をつきながら光弾を発動していた。それは地中を伝わり修羅の背後に出現し、そのまま後頭部に強い打撃を与えた。

 地中を通るという特殊な方法で更に精密なコントロールも必要になる。今のノアでは一発が適正だったが、それは上手くいったようだ。

 修羅はいきなりの衝撃に剣を取り落とし前のめりに倒れかけた。そこへノアが心臓付近へ剣を突き刺した。


「グボッ」


 修羅の口からは大量の血が溢れ出る。その体はそのまま地面に倒れた。


「約束だ。剣はもらうぞ」


 修羅は何度か咳き込みながらも律儀に答える。


「構わねえ……代わりに一つ頼まれてくれねえか」


 ノアは無言でそれに頷く。


「い、痛えからスパッと殺ってくれ」

「……わかった」


 ノアはその言葉通り、修羅の首を一気に切り落とした。そして体はボロボロに崩れ去り、ドラケルスの指輪を通してノアに吸収された。

 そこに置かれた剣を見て、ノアは心の中で手を合わせる。


「時間をかけすぎたな。もう少し早くやれたはずだ」


 後ろから声をかけるクリス。ノアは振り向いて答えた。


「うん、色々知りたかったからね」


 相手は格上であっても今現在のノアの身体能力はそれを補って余りある程になっている。そういう意味で時間をかけすぎたのは正しい。ノアは何に時間をかけたのか。

 それは技術面、経験、気力など多岐に渡るのだろうが、その最たるものは相手にかける慈悲。どこまで慈悲を失くしどこまで慈悲を持つか。

 修羅は剣を譲る約束を守った。もちろん守らざるを得なかったのだが、例えそうであっても守られた約束には応えるべきだ。


「誠心誠意冥福を祈りながら首を落とすって変な言い方だけどね」

「なるほどな。試行錯誤するのは良いことだ」


 クリスはそう言いながら残された剣を拾い上げる。それはノアの戦利品となった剣。修羅から譲り受けた剣だとも言える。

 それをジッと眺めクリスは僅かに眉を寄せる。


「これは……」


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