第19話 拾い物


 激しい訓練は毎日続く。特にジエルケが現れてからはより一層激しくなった。様々な蟲とも戦わされ自分が修羅の獄でどの程度の位置にいるかも掴めてくる。中クラスよりはやや上といったところか。

 クリスによると山奥に引きこもっている修羅もいると聞く。縄張りを作って長く生き残っているのでかなり強いそうだ。

 ただもちろんクリスの方が強い。そういう相手はクリスとは戦いたがらない。強い者を避けて相手を選ぶのだろう。近くへ行くと嫌な顔をされて帰れと言われるらしい。そんなのはいちいち相手にしないそうだ。

 蟲を倒す事は食事に似ている。蟲と戦い相手を倒せばそれは自分の糧となる。食事も同じだ。生き物を殺して食べ、それを自らの糧とする。もちろんドラケルスの指輪があるのとないのとでは違うのだろうが、指輪がなくても鍛錬として見れば然程変わりはない。

 別に彼らに恨みがあるわけではない。襲いかかるから倒すという側面もある。だが最近はそう思うようになってきたので、蟲を倒した時はなるべく心の中で手を合わせるようにしている。

 それをクリスに話すと良い考えだと言ってくれた。それ以上何も言わなかったが、クリスもそれをしているのではないかと言う気がする。何故なら、クリスが蟲を倒した場合も数秒の沈黙があるからだ。

 扉に関してはまるっきり手がかりがない。猿もあれ以来現れていない。ジエルケもだ。

 ここに来てからどれくらい経ったのだろう。バスティアンやベンの事を忘れた日はない。あの時の悔しさや絶望は鮮明に覚えている。

 あれだけの事をしておいてトラスト、リンダ、アルは今ものうのうと生きているに違いない。それだけは絶対に許してはならない。

 ノアの父親であるエルードはどうしているだろうか。きっと元気をなくしているだろう。クリフが上手く補佐してくれている事を願うばかりだ。


「なにをボーっとしている」

「あ、ごめん。向こうの事考えてた」


 ふとした時に現実世界の事を考えてしまう。トラストたちへの怒り、エルードたちへの心配、戻れない焦り。忘れろという方が無理だ。そもそも忘れる必要はない。だが頭を切り替える必要はある。

 気持ちを落ち着けるとノアは気分転換に全く関係ない質問してみた。あらゆる事を知っているクリスとの問答は、ノアにとってかなりおもしろく感じる。


「前から聞きたかったんだけどクリスのやる『動くな』ってやつ。あれはなんなの?」

「あれは言霊という呪術体系の技だ」

「呪術?」

「魔法の一派と考えれば良い」


 言霊は言葉に魔力を載せて放ち、対象を一時的に縛る技だ。基本的にあまり複雑な事はさせられない。通用する相手もかなり格下でなければならない。クリスから見ればほとんどが格下なので使える相手は多い。ノアがやるなら相手を見極める必要があるだろう。

 言葉の持つ意味も重要ではあるが、これは絶対ではない。クリスは『退け』と言い放って蟲を木っ端微塵にさせていた。退けは一般的にそういう意味ではない。更に蟲は言葉も通じない。何故それができるのか。言葉は意志の伝達手段なので結局は意思を通すという事だ。言葉に意志という強力な魔力を載せる。

 うるさい、は黙れという意味ではないがそれを含ませる事はできる。それにより相手は黙る。そこに意思が載っているからだ。

 『がああぁ!』と怒鳴っても相手は黙るかもしれない、注目もするだろう。言葉でなくても意思は通じる、相手を動かせる。それを高次元まで持っていくと、クリスが行ったような形になるのだ。


「そう言えばベンさんが言ってたけど、魔王は名前で相手を縛るとかなんとか」

「そういうやり方もあるが私はやらん。面倒だし必要がないからな。おそらくそれを使う呪術師と私を混同しているのだろう」


 名前は呪術の基本とも言われる。それは生まれた直後から魂に刻み込まれるからだ。名前によって生き方や振る舞いがある程度決まるとも考えられている。

 わかりやすく言えば役職だ。騎士団長なら騎士団長と呼ばれ、それに応じた振る舞いをする必要が出てくる。騎士団長なのに末端兵の振る舞いはできない。それは役職という名前に縛られているからだ。

 個人の名はそれより深く魂に刻まれる。呪術師はそれを知り、自らの技を魂まで到達させ縛る。


「秘密の多い貴族などは呪術師を嫌う。一時は呪術師狩りも行われたくらいにな。そして国は魔王を嫌ってほしい。もうわかるだろ」

「ああ、わざと混同させてるのか。色々考えるねえ」

「そのようにしておかなければ、魔王の何が悪いのかと言い出す者も現れる。戦争責任を押し付けあい政敵を蹴り落とす為にな」


 亜人を奴隷にするから魔王が怒ったのだ。悪いのは国ではないか。その為にどれだけの被害を出した。この戦争は本当に必要なのか。誰が戦争を始めた。と言う事もできる。

 そうならない為に国はプロパガンダを作り流布させている。魔王は徹底的に悪でなくてはならない。

 しかし魔王ヘレンゴードはそのプロパガンダごと様々な国を叩き潰してきた。なので戦争末期は責任の押し付けあいも多かったそうだ。

 魔王の側には人間もいたと聞くが、本気で魔王が正しいと思う人物もいたのだろう。或いは同じ人間に迫害された呪術師のようなグループもいたはずだ。


 それはともかくとしてノアが気になっているのは何故クリスが魔王と呼ばれるに至ったか、その原点となる部分だ。

 おそらくは何か大きな理由があったに違いないと思われるが、今までずっとそれを聞かずにいる。

 何故だかそれを聞くのは無神経な気がしてならない。人には誰でも聞かれたくない事はあるだろう。ノアはそう考えている。

 そこに一番関連がありそうなのは、クリスの頭に生えている二本の曲がりくねった角。出会った頃に聞いたが流されてそのままだ。

 いずれは聞いてみようと思っているがそれは今ではない。


 修羅の獄はダンジョンだ。現実世界で考えられているものと全く同じではないだろうが、だいたいの特徴は一致する。外から何かが墜ちてくる。それは修羅であり蟲だ。

 蟲とはモンスター、魔物とあまり意味は変わらないのだが何故かクリスは蟲と言う。以前にそれを聞いたら虫けらがたくさんいるから蟲、というシンプルな答えが帰ってきた。誰も個々の蟲に名前をつけないのでモンスターは全て蟲となる。

 宝物はあるのかと聞くと一応あるらしい。山の方へ行くと意外と質の良い魔石の原石が転がっているとの事。クリスはあまり興味がないらしく拾った事はほとんどないそうだ。そもそも修羅の獄へくる前から良質の魔石はたくさん持っているらしい。

 武器の類は修羅から奪うのが最も多く、たまに無造作に落ちている場合もある。死んだ修羅のものか武器だけ墜ちてきたのかはわからない。

 クリスは大きい武器が好みらしく大剣を振り回している。そうでないものは投擲に使い遥か遠くに飛んでいってしまうのでいちいち回収はしないそうだ。

 ノアは最初にクリスから剣をもらったが、近い大きさのものは未だにないのでそれを使っている。質の良いものではないらしい。良いものを見つけたら貰って構わないと言われている。



 一人の修羅が荒野を歩いている。墜ちてからどれくらい経ったのだろう。ここで蟲と戦い同じ修羅を殺して生き残っているようだ。

 持っているものは折れた剣一つだけ。今までの戦いで壊れたらしい。なにか獲物はいないか、奪えるものはないかと辺りを探している。

 物というのは持ってる相手から奪うものだ。殺して奪う。人を殺すのは気分がいい。自分が上位だと実感できる。だから相手からは全てを奪う。命も何もかも、徹底的に奪い尽くす。


「なんだありゃ?」


 修羅の行く手の先に何かがある。地面に突き刺さっている。剣のようだ。それもかなり立派な剣。幅広い片刃の大剣。見た目も美しく重量感もある。反り上がった刀身は妖しく光っておりそこらの武器とは比べ物にならない。

 修羅は折れた剣を投げ捨て、突き刺さった剣を抜いた。何故かしっくりと手に馴染む。

 少し大きいかと思った瞬間、剣は淡く光って縮小した。ちょうど良い大きさに変化したのだ。


「こりゃいいな」


 修羅は大喜びでその剣を持ち去った。


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