第14話 ドラケルスの指輪
「あまり良い剣がないな……」
クリスの手が光ると剣が現れる。満足いかないのかそれはすぐに消えると新たな剣が現れすぐに消える。やたらと大きな剣が多い。
「ノアの体の大きさに合うくらいの剣は投擲に使ってしまうので……ん、これが良い」
手頃なものが見つかったのかノアはそれを渡された。
「それを使い私を殺すつもりで斬りかかれ」
「え、でも……」
「大丈夫だ、見てろ」
クリスは左手を前に上げ右手に別の剣を出す。そのまま剣を左腕に強く叩きつけた。
「うっ」
「問題ない」
クリスの左腕はかすり傷一つない。魔王ならこれくらいは普通なのか。
ノアは躊躇してしまうがそもそも相手は魔王ヘレンゴードだ。バスティアンも言っていたがその配下にある魔将軍でも、トラストなど比較にならない高みにあると言っていた。
「私にかすり傷でもつけられるなら今頃お前はここにいない。トラストとやらは生きていないだろうからな」
目の前にいるのはそれくらい、いや、それ以上に隔絶した超存在。ノアはその言葉に納得してクリスに斬りかかる。
「やーっ!」
剣はクリスの体にやすやすとあたるが手応えはほとんどない。空気の層に遮られているような感覚だ。体が硬いという事ではないのだろう。もちろん、それもできるのかもしれないが。
しばらくそれを続けるノア。最後の打ち込みはクリスに片手で止められた。
「うむ……ここまで弱かったか」
「ご、ごめんなさい……」
「まあ心配するな。私は何人もの配下を育ててきた。最低でもノアを千の軍勢と戦える程度にはしてやる」
「え、そこが最低ラインなの?」
「当たり前だ。この私が教えるのだぞ。トラストにギリギリ勝てますラインのわけがないだろ」
再びクリスの手が光る。そこに現れたのは指輪。装飾感はなく古く使い込まれた印象を受ける。どうやらそれを使うらしい。
「その前にその指輪は外せ。それは魔力の流れを阻害している」
その指輪はエルードからもらった指輪。魔力を阻害するのはバスティアンから聞いているので知っている。エルード、バスティアン、ベンらが自分を守る為に計画を立てたから存在するものだ。今となってはその繋がりを示す唯一の品でもある
「貸してみろ。術式だけ消してやる」
その話は聞いているので察したのだろう。クリスは指輪を受け取ると摘むように持つ。それが一瞬光るとすぐに返された。
「いや待て。もう一度貸せ」
今度は先程よりも真剣に指輪を見る。そして口の中で小さく呟くと息を吹きかけた。
「これで良い。こちらも嵌めておけ。ドラケルスの指輪だ」
クリスが何をしたのか聞こうと思ったが、指輪を二つ渡されそちらに注意が行ったので聞きそびれてしまった。一つは伯爵家の指輪、もう一つはドラケルスの指輪だ。
「では移動する」
「どこに行くの?」
「教えない。何か言えばすぐ不安がるだろ」
「う、確かに」
既にノアのメンタルは見抜かれているようでクリスはそのような方針にしたのだろう。ただそれはそれでどこに行くのか察してしまうが。
ノアはクリスを追うように歩きだす。
今のクリスは例の面をつけておらず女性の姿だ。横顔は凛々しく背筋も美しく伸びている。これを見て魔王だと思う人はいないだろう。
「そういえばバスティアンが魔王の正体ははっきりわからず、異界の大悪魔とも傾国の姫君とも言われてるって言ってた」
「ほう、懐かしい。異界の大悪魔は敵国のプロパガンダだ。民衆にそう思わせたかったのだろう。元々魔王と言われ始めたのも同じ、敵国が言いだした。傾国は知らんな。誰かの創作ではないか? バスティアンは私について詳しいのか」
「うん、でもベンさんの方が詳しかった。シフォンていう名のエルフが魔王の配下かもしれないって言ってたけど」
「シフォン! シフォン・シンフォニアか」
シフォンの名にクリスはかなり驚いている。今までで一番の驚きようだ。とはいえその前は面をつけていたので驚いてもわからないかもしれないが。
「知ってるんだ」
「ああ、私の妹分で魔将軍に匹敵する強さだ。まだ生きているのか」
「みたいだね。そんなに強いの?」
「強いぞ。私が最も鍛えあげた配下の一人だからな」
シフォン・シンフォニアが正しい名前のようだ。魔王本人がその強さを認めているのなら、ベンの推測も正しかったのだろう。
「初めて会った時はまだ幼子でな。わたしを見てブルブル震えていた」
それはまだクリスが魔王と呼ばれる前の頃。とあるエルフの里が賊に襲撃されていた。その頃は人国家による亜人の奴隷売買が横行していた時代でそんな話はよくあったそうだ。
クリスは亜人を救う目的もあったが、それよりも様々な魔法を試したい欲求が強かった。その時はそれが必要だったのだ。
自分で情報を精査し襲撃のありそうな場所を探してまわる。
親をなくしたシフォンはその頃拾ったようだ。
「私が世話してやったら懐かれてな。水鳥の雛のようにいつも後をついてきたもんだ」
「すっごい美人だってベンさん言ってたよ」
「シフォンは偶然にも私と瓜二つと言えるくらいよく似ている。姉妹と間違われるのはしょっちゅうだった。私が美しい自覚があると言ったのはそんなシフォンを毎日見ていたからだ」
「へえ、なるほど」
ならばベンはクリスを見て美人だと言っているのと同じ。ノアからすると頷ける話だ。実際ノアが今ベンにあったら魔王は凄い美人だったと話したくなるだろう。得意気に語っていたベンの顔が思い浮かぶ。
「ここを出たら会いにいけるね。きっとびっくりするよ」
「そうだな」
凄い話だ。ベンの言っていた美人エルフのシフォン。その彼女に四百年前滅んだはずの魔王が会いにいく。ベンにも教えてあげたい。またそんな話を語らいたい。
「決めた」
「何をだ」
「僕は絶対にここからクリスをだす。絶対に扉を見つける。一緒にでよう」
「ああ、ノアがいなければできんからな。期待している」
クリスとの交換条件はノアの願いになりつつある。クリスを出してあげたい。シフォンに会わせてあげたい。それはノアの中で義務から願望に変化しつつあるのだ。
クリスはそんなノアを見て薄く微笑む。その微笑みに僅かな影を含ませながら。
そのまましばらく進む二人。すると――
「おーい、助けてくれえ」
「え? 人の声」
助けを求める人の声にノアが反応する。
「違う、あの蟲だ」
クリス指差す先に人の顔がある。だがそれはかなりでかい。顔だけで一メートルはある。代わりに体はその半分くらい。顔もよく見るとパーツの位置が微妙にずれている。
「あれは人を見つけるとその真似をして化ける。だが化け方が杜撰すぎてあの有り様だ。今は人型だが蟲に変わりはない」
どうやら同類と思わせて近づくらしい。近づいたところを大きな口で食らいつく。だから顔が大きい。どこで覚えたのか人の言葉を使うが意味は理解していないようだ。
「おーい、助けてくれえ」
まだかなり距離があるのでクリスが説明を始める。
「これからあいつをノアに倒してもらう。ここではあれが最低レベルだ。とは言っても普通に戦うとノアが瞬殺される。だからハンデをつけてやる」
クリスはそちらに歩きだす。
「そっちのいたぞお」
「こっちのあずけてくれえ」
「早くまいてくれえ」
クリスが近づくと徐々に言葉が支離滅裂になってきた。向こうもこちらへ歩いてくる。
「おーい、たれてくれえ」
「おーい――」
「黙れ」
クリスの言葉で蟲の口が強制的に閉じられる。同時に出現した剣でその右手、左足が一瞬で斬り飛ばされその場に倒れた。そしてノアへ手招きをする。
「倒してみろ。首を落とせば死ぬ」
「う……わかった」
一応は人の形をしているので躊躇してしまう。だがこの程度ができないなら復讐など到底無理。おそらくクリスはそれも見越してこの蟲を選んだのだろう。やる事は簡単。首に剣を思い切り振り下ろすだけ。
ノアは覚悟を決め無言で剣を叩きこんだ。
骨が硬いのか途中で剣が止まる。その後数度剣を振り下ろし、やっと首が落ちた。
するとその蟲は赤黒く変色するとボロボロと崩れていった。
同時にノアの体に衝撃が走る。
「ぐっ!」
何かが入ってきた。感覚的にわかる、この蟲の力だ。それをさせているであろうものをノアは見る。
「それがドラケルスの指輪の力だ。倒した相手のエーテル、アストラルなどを取り込む。それらは見えない肉体となり現実の肉体能力を引き上げる」
ドラケルスの指輪を使うと通常ではない方法で肉体能力を高める。エーテルやアストラルなどの幽体は本質的には魔力と同じ、もちろん質は違うが。この指輪の力はそれを繰り返すとかなり高レベルまで力をつけられる事だ。
「最初はできる範囲でやってみろ。ほれ、次だ」
いつの間に用意したのか次の獲物がすぐ近くに転がっている。それを倒すと次、そしてまた次、獲物はどんどん増えてくる。
それをする度、ノアは力が上がっていくような感覚を覚える。だがそれを越えると体に強い違和感が出始めた。体内に異物があるような気持ち悪さ。
「そろそろか」
そう言ってクリスはノアのこめかみあたりに人差し指をあてる。一瞬かなり強烈な衝撃がくるが、その後、先程の気持ち悪さはきれいに消え失せた。
「これは幽体の純化。異物を取り除く。不純物がなく高密度であるほど、肉体能力はたかくなる。ここで言う肉体能力は魔法能力も含まれる。いずれこれを自分でできるようにしてもらう。道具だけに頼るのはダメだ。放っておくと定着するからな」
魔王がいなければできないような訓練方法。なるほど、魔将軍とやらが生まれるのも納得できる。
それがこの後数百の蟲を倒しヘトヘトになったノアの感想だ。
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