第13話 条件
魔王ヘレンゴードはノアの話を聞き結論を下した。
強くなりたければ鍛えてやる。だが代わりに条件がある、と。
その条件とはいったいなんなのか。
「まずは条件の前に前提を話す。それはこの場所、修羅の獄についてだ」
ノアがここにくる前、元いた場所で聞いたのは『魔王は勇者と相討ちとなり滅ぼされた』という事。それはベンからもバスティアンからも聞いている。
しかし魔王は生きていた。今現在ノアの目の前にいる。つまり伝説には偽り、もしくは誤りがあったのだ。
「私は勇者と相討ちになったのではない。何らかの力が働いてここに堕ちたのだ」
魔王と勇者が戦ったのは事実だ。そして勇者は魔王の攻撃により倒されたが、魔王は勇者の攻撃で死ななかった。死ななかったがその代わりにここへ堕ちた。
それを見た人々は思ったのだろう。勇者の攻撃で魔王を完全に消滅させたと。だが事実はそうではなく修羅の獄へ堕ちたのだ。
「ここは修羅の獄。そんなに戦いたければ永遠に戦ってろと。そんなところだろう」
修羅の獄、という名称のように使っているが、もちろんこれは正式名称とかどこかの看板にそう書いてあったわけではないし、誰かがそう教えてくれたわけでもない。このような場所は修羅の獄としか言えないからそう言っているだけだ。
「違う言い方をするとダンジョンだな」
ダンジョンとは現実世界と異界の重なり合う場所だとバスティアンが言っていた。だがそれは元の世界の定義だ。重ならなくてもダンジョンはある。逆に言えば重なるから認識できるだけで、認識できないダンジョンを省いているだけだ。ここがその場所なのだとヘレンゴードは言う。
「重ならない、それは繋がっていないという事。つまりここには出口がない」
「え、それって……」
「私も出られない。私が修羅でここが獄。だから修羅の獄なのだ。ちなみに勇者と相討ちの話は何年前だと聞いたのか」
「四百年前って言ってたけど」
「そんなに経ったのか……まあそんなものか」
ヘレンゴードは四百年このダンジョンを彷徨った。もちろん常に、とまでは言わないがそれだけ彷徨って出口は見つけられず、手がかりも痕跡もなかった。
ここはダンジョンではあるが現実世界にあるダンジョンと違い出口がない。一つの世界のように隔離されているのだ。
「でもバスティアンはそれと違う更に別の世界の繋がりもあるって言ってた。人の到達できない部分があってそこから別の世界のモンスターとか宝物が来るって」
「きてるだろ、私が」
「え?」
「わかりにくいか? ここはダンジョンとしてノアのいた現実世界とは繋がりがない。繋がりがないからここから見たらノアの現実世界は別の世界だ。私はその世界から弾かれ別の世界のモンスターとしてここに堕ちた。それは私の意思でした事ではない。それを到達したとは言わないだろ。私はここにきたが、それは人の到達できない部分だ」
なにもそれはヘレンゴードだけではない。ノアがここにきた時、殺し合いをするかを聞かれた。何故ならここはそういう場所だからだ、と言っていた。それは前列があるから言える事だ。つまりヘレンゴード以外にも別世界の修羅がここに堕ちてくる。
ヘレンゴードはそんな者たちと遭遇する度に殺し合いをしていた。正義も大義もまともな理由もない。そんな相手がいきなりこちらに襲いかかる。チンケな理由はあるだろう。気に入らない、見下したい、苦しむのを見たい、なんとなく、そんな程度で殺し合いが起きる。
「まあ、少し脱線はしたが重要なのはここから出られない事だ」
今までずっとその手がかりがなかった。おそらくそんなものはない。現実世界との重なりはないのだ。しかしノアがきた事で状況が変わった。
「ノアが私に気づいた時、ここへきた直後だな」
「そうなるね」
「私はその様子をずっと見ていた。ノアは扉を開けてここに転がりこんできた」
「扉?」
ノアにその意識はない。それどころではなかった、と言った方が正しいが。しかしノアはここに転がりこむ直前、硬いものに触れた。それを回して前に行けた。それはドアノブを回して外にでる動作だ。
「あーなるほど」
「しかしその扉はすぐに消えた。なので最初はあまり気にならなかった」
「僕も振り返って見たけどなかったね」
「私は他の修羅が堕ちてくる場面を何度か見たことがある。よく思いだしても扉などなかった。それがあったのはノア、お前だけだ」
とは言ってもその扉はもうない。そこを利用しようと思っても今更どうにもならない。普通はそう考える。
「私は最初にノアがここにきた経緯を聞いたな」
「聞いた……ね」
「ノアはアイテムボックスを通ったと言った」
「言ったね」
「今、アイテムボックスを出してみろ」
「え、うん。スプーン借りていいかな」
「構わん」
ノアは何かを出し入れする時しかアイテムボックスを使った事がない。何もない状態で使えるかわからないので、念の為にティーセットからスプーンを借り、それを出し入れするつもりだ。方法はアイテムボックスとその出現位置を意識する事。
スプーンを手に取り目の前で意識する。
「……………………あれ?」
「どうした」
「……………………できない」
焦るノア。何度か繰り返し意識してみるがアイテムボックスは全く反応しない。
「やはりな」
「どういう事? 何か知ってるの」
ヘレンゴードは腕を組み、どのように説明するか考えているようだ。
「そうだな、結論を言うとノアのアイテムボックスはここにくる前から今現在までずっと展開されている状態だ。だから今はアイテムボックスが使えない。二重展開になるからな」
「え、えええ!?」
ノアがアイテムボックスを使う時、その入り口を出現させ閉じる事を意識する。転がりこんできたノアは閉じる事を意識したか。それはしていないはすだ。
今まで重なりのなかったダンジョンにノアが扉という形で重なりを作った。それはアイテムボックスにあったもので、そのアイテムボックスは展開中となっている。
扉が消えたという事は一時的に重なりがなくなったからだ。それは扉がなくなったという事ではない。どこかにあるのだ。
「おそらく何かのきっかけで扉はまた現れる。そのきっかけまではわからないが」
ヘレンゴードは四百年このダンジョン、修羅の獄を彷徨った。それは元の世界に帰る為だ。元の世界でなくてもこんな場所にいつまでもいたくはないだろう。
「私がノアに頼みたいのはその扉が現れた時、私もそこを通して欲しいという事だ。構わないか?」
それは魔王ヘレンゴードを現実世界に戻すという事。普通に考えればかなりの危機感を感じるはず。相手は世界を滅ぼしかけた超存在。それを再び世界に解き放つ事になる。
しかし今まで話した感じではそう悪い人にも思えない。その態度には誠実ささえ感じる。最初は殺されそうになったがそれにも理由があり、こちらに戦う気がないとわかるとそれ以上は何もしてこなかった。そもそも魔王がその気になればノアなど拷問でも魔法で従わせるでもなんでもできてしまうだろう。
こちらを鍛えてくれるという対価も与えてくれる。それにおそらく扉の主導権はノアにある。不誠実な態度なら命をかければ阻止できる。
了承して問題ないだろう。
「うん、構わないけど……それっていつになるのか」
「まだ扉について調べる必要もあるので急ぐ事はない。それに交換条件はノアを鍛える事だ。今帰れたらノアが困るぞ。鍛えるという意味だけなら、この場所は悪くない」
ヘレンゴードの条件は扉を使わせてもらう事、その見返りにノアを鍛える。どちらにも大きなメリットがある。扉を出現させる方法が確定していないのでそれは調べる必要があるだろう。ノアを鍛え上げるのも時間はかかる。その取り決めで二人は約束を交わした。
「でもアイテムボックス使いっぱなしで大丈夫なのかな」
「問題ない。こちらと向こうでは時間の流れ方が異なる。こちらは老いがない。水も食事も睡眠も必要ない。もちろん飲食する事は可能だが、部分的な時間の流れが切り離されているような感じだ。今現在魔力の枯渇を感じていないならそこは切り離されている」
それはここで彷徨った四百年で実証済みなのだろう。
アイテムボックスはおそらく展開した状態で停止している。起動しなくても近づけばまた動き出すようなイメージだ。
「ところでさっき言ってた猿がどうのって……」
「ああ、あれは私もよくはわからない。あの猿はたまに見かけるがこちらには何もしてこない。ここで唯一好戦的でない生き物だ」
その猿を見かけるのは数年、数十年に一度くらいの割合。たまに遠くを歩いているのを見かけるが猿はこちらを一瞥する程度で去っていく。近くても同じだ。
だが何故か今回はそうではなかった。
「その猿は法衣を着用し錫杖を持って歩いている。背格好は人と変わらないが顔は猿だ」
「僧侶みたいだね」
「顔が猿でなければ僧侶と表現しただろう。あれは猿だ」
「それがなんで飛ばされたの?」
「わからない。久しぶりに見たと思ったら錫杖を地面に打ちつけた。そしたら飛ばされたのだ。攻撃ではないから何か意味があるのかと洞窟の外を見まわしたが何もない。意味があるとすればノアだろう」
なるほど、確かにそうなると何か意図を感じてしまう。ヘレンゴードとノアを接触させる意図。その意図についてはわからないが、二人が出会う事に意味があるのは確かだ。単なる親切心というわけでもあるまい。
確実に言えるのは、その猿は謎の猿というだけ。
「悪くない存在もいるんだね」
「飛ばされた事は腹立たしいが悪くない猿だ」
これで交換条件と修羅の獄についての基礎的な事はわかった。あとはおいおい教わればよい。
ノアとヘレンゴードがこれからする事は、強くなる為に鍛えてもらう、扉について調べる、この二つだ。
「わかった。改めてよろしくお願いします。えーと、魔王様? ヘレンゴードさんって言った方がいいのかな」
「魔王はノアがわかりやすいと思って名乗っただけだ。最初に言ったが私の名はクリスティア・ヘレンゴード。クリスでもヘレンでもなんでも呼びたいように呼べ」
「クリスなら呼びやすいね。じゃあクリスにする……ちょっと女性っぽいけど」
「なに?」
「え?」
ここで少し空気が変わる。というより固まる。再起動したのはクリスだ。
「まともな人間と会うのが久しぶりなので完全に忘れていた」
そう言ってクリスは自分の顔に手をかける。するとその恐ろしい顔はパカッとはずれた。その手に持たれたのは恐ろしい顔の面。中身は全く違う。
「私は女性だ」
そこに現れたのは見たことないほど美しい女性だった。白くきめ細やかな肌に小さめの鼻、大きな瞳は黄金に輝き、唇は柔らかな光沢を放っている。見た目の年齢は二十歳くらいだろうか。声も獣のような声から鈴がなるような美しい声に変化した。
その面は魔法具なのだろう。装着すると顔の機能まで代替するようだ。先程は茶も飲んでいた。
「うわー、そんなに綺麗なのになんでお面被ってるの」
「美しいのは自覚している。だがここに堕ちるのはたまに女もいるが多くは男だ。種が近ければ発情した豚のような顔で襲ってくる。結局は叩き潰すが気分が悪いので普段は隠している」
「なるほど、それは嫌だね」
しかし面を取っても変わらない部分があった。それは頭に生える二本の曲がりくねった角。そちらはついたままだ。
「角があるけど人と種族が違うのかな」
「いや、私は人だ。角について話すと長くなる。機会があれば教えてやる。それよりノアを鍛える方針を決めなければならん」
こうして魔王ヘレンゴード改めクリスとノアの生活が始まった。それはいつか故郷へ帰る為の、そして復讐の為の第一歩だ。そこには多くの困難が待ち受けているだろう。
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