第6話 少年と少女

「……お前のせいだ」

「それは逆恨みっすよ」

 異能売りの少女は、赤いフードをぱたぱたと仰いだ。正面で声を荒げる少年が発する炎のせいで、部屋全体が暑くなっていたからだ。

「言いにくいっすけど、リヒトさんのライバルが、体を炎にかえる能力だったということに気が付かなかったあなたが悪いっす」

 リヒトは顔をくしゃくしゃにしながら激昂した。

「でも! てめぇが異能なんて植え付けなかったら!」

「植え付けなかったらなんすか? 幼馴染がとられちゃう? それとも自前で用意した水で同じようになっていたっすか?」

「ぐぅ……」

「責任をあたしに押し付けるのはやめてほしいっす。八つ当たりも勘弁して下さい。あたしはリヒトさんの要望に応えた。その結果何が起きたかまでの責任まではとれないっす」

 電子レンジを売りつけられても、それで暖められた猫は救えないんすよ、と少女は嘯いた。

「うるさい!」

 リヒトの右手から火柱が上がる。

「てめぇさえいなければ……いなければ!」

 完全に我を失い、臨戦態勢に入ったリヒトに向かって、少女は冷たい声をかけた。

「異能であたしを攻撃するのはやめた方がいいっすよ」

「……」

 しかし、そんな言葉で彼の興奮は冷めるはずもなく。

 ゆっくりと、しかし確実にリヒトは少女を焼き殺す間合いに入った。

「なあ、もしオレが、消えた人間を元に戻したいっていう異能を望んだら、どうなるんだ?」

「……。もちろん作らないっす。命は消えたらそれで終わり。それだけは捻じ曲げられないルールっすから」

 それを聞いて、リヒトは悲しい目で頷いた。

「最期に名前を教えてくれ」

「普通に嫌っすけど。最期でもないですし」

「そうか。じゃあ死んでくれ」

 リヒトは超加速をし、いつもマギルに食らわせている以上のスピードで、殺意で、少女に飛び掛かった。

 拳が交差する直前に、少女が静かに呟いた。

「そこから先は、進入禁止のあたしの居場所っす」

 少女が、真っ白な光に包まれる。

「『絶対不可侵領域』」


 決着は一瞬だった。


 不思議そうな顔で地面に伏しているリヒトに対して、子どもをあやすような表情で少女は語る。

「あたしの異能は、“異能以外で人の役に立てない”縛りで『異能を作る』ものっす」

 リヒトは自分の体から炎も水も出なくなったことが不思議でたまらなかった。

「この異能で、あたしは自分にもう一つ異能を付け加えました」

 それは、“効果発動時に自身の意識がなくなる”かつ“効果で生成された異能は効果終了と同時に自壊する”縛りで『あらゆる異能に即座に対応し打ち消す異能を生成する』もの。

 文字に起こすとカードゲームみたいっすね、と少女は笑った。

 やっていることは単純で、相手の異能を打ち消す異能をフルオートで生成するというものだ。

炎には水を。雷には避雷針を。時間停止には時間停止を。

この異能により、少女にはあらゆる異能が効かない。

「不思議そうな顔っすね。自分の攻撃が効かなかった理由は分かったが、いまオレが炎を出せない理由がわからない、っすか?」

 リヒトは無言で頷いた。

「ばかっすね。ほんとばかっすよ」

「……」

「リヒトさんに売った異能は、左手から水を生成するというものっす」

 少女は指を三本立てた。

「縛りは全部で三つ。一つ目、左手からしか出せない。二つ目、炎の異能は左手だけ使用不能になる。そして」

 三本目の指が折られる。

「あたしに異能で攻撃したとき、全ての異能を失う」

「な……」

「職業上、人の恨みを買うことも想定内っす。だから、こっそり条件を付けさせていただきました」

 赤いフードの下は、無表情だった。

「あなたはマギルさんとの決闘に勝利するためだけに異能が欲しいと言った。だったら、あたしに攻撃したときに異能を失ったとしても、文句は言えないっすよね」

 親友をその手で殺したという罪悪感と、食事も睡眠もろくにできなかった代償の疲労。そして彼女への敗北感から緊張の糸が切れたのか、リヒトは大声で泣いた。

 赤いフードの少女はしばらくそれを見ていたが、だんだんと鬱陶しくなってきて、家の外へと引き摺って追い出した。

 異能売りの少女は、また自分の異能で人を傷つけてしまったことを少しだけ悲しく思い、パーカーを脱いだ。

 赤い髪の毛が舞う。

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