第5話 村の決闘

 ひとつ目の異能は、体から炎を出すというもの。縛りは体の末端からしか出せないということ。

 そしてふたつ目の異能は、体から水を出すというもの。縛りは、左手のひらからしか出せないということ。また、異能のバッティングが起きるため、左腕からは炎を出せなくなってしまった。

 でも大丈夫だ。右手、両足。それに頭。いくらでも炎の供給源はあった。

 この二つを使って、マギルとの決闘に勝つ。

 オレは唇を舐めて、いつものように山を登った。

 広場にはすでにマギルがいて、オレを見つけるなり大声で叫んだ。

「先週は何してたんだ? 街に降りてたって聞いたけど」

「ああ、ふとアツアツのピザが食べたくなってな」

「そんなもん家でも食えるだろう」

「食パンにキノコとハムとケチャップを乗せた食べ物をピザとは呼ばねえんだ」

 オレたちはゆっくりと向き合った。

「今日は勝つ」

「へえ、いつもと気迫が違うね。これは―」

 マギルが何かを呟いたようだったが、その声は空気中に霧散して、オレの耳には届かなかった。

 今日は勝つ。今日は勝つ。今日は勝つ。

 心の中で三回叫んで、言葉を飲み込む。

 再びオレとマギルの目があった時、どちらともなく前方へとダッシュをした。


 オレとマギルの最後の決闘に、具体的な作戦はほとんどなかった。マギルが奥の手を使った瞬間に左手の水の異能を使うだけだ。

 それまではひたすら猛攻だった。反撃の暇、息をつく暇すら与えない。

 そうしないと、実質左手を欠いた状態のオレは、マギルと対等に戦うことができない。

 両足から炎を噴出して高く飛び、両足をバタつかせながら連続キックを繰り出す。

 涼しい顔でよけられたが、オレは左手に握っていた石つぶてを投げつけ、一瞬の硬直を生み出す。

「はっ、珍しくなりふ―!」

 軽口を叩く暇すら与えない。

 着地した左足を起点に側頭部を狙ったハイキック。それはがっちりと防御されたが、次はその右足を起点にして、蹴上がるようにマギルの頭上を位置取る。左足の炎のブーストがなければ成し得ない人間離れした動きだ。

 そのまま両足で彼の首を締め付ける。

 ギリギリと内腿で頸動脈を締めるこの技には三角締めという名前がついている。

 通常の方法では脱出することが酷く困難な三角締めだが、異能同士の戦いに通常の方法など存在しない。

 ぶわ、と、太もも全体に痛みが広がっていく。

 焼けつくような痛み。反射的にオレは足を緩め、後ろ向きに頭から落ちた。

 マギルの異能に体の末端からしか出せないという縛りはない。首全体から炎を噴出させたのだろうと予想する。

 頭から落ちる瞬間、炎を使って衝撃を最大限カット。そのまま二回バク転して距離をとる。

 マギルが笑った。

「リヒト、君の気持ちは、君の本気はよく分かった!」

「……」

「だから僕も、本気で君の相手をするよ。見てて。これが僕の」

 奥の手だ。

 マギルの唇がそう動くと同時に、オレは半ば反射的に距離を詰めた。

 お互いの距離が限りなくゼロメートルに近づいた瞬間、マギルの体全部が、炎で包まれた。

 それはまるで、煙に身を包む妖怪のようで。

「『炎々羅』」

 マギルがそう言った瞬間。

 オレは彼の鳩尾めがけて左手から切り札を放った。

 オレの水が、マギルに触れた瞬間、彼の顔が驚愕と苦痛に歪むのがわかった。

 計画通り。あとは無防備になったマギルの体にこの右拳を。


 しかしその右拳は、振り下ろされることはなかった。


 オレの目の前には、誰もいなかった。


 そこから三日かけて、オレはマギルがもうこの世にいないことを理解した。

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