第4話 異能買いの少年

 異能売りの少女はインターホンの音で目が覚めた。

 大きな都市の中心部から三十分ほど歩いた通りに彼女の家はある。

「すいませーん。“あかずきん”ってここですよね?」

 訪問者はお客さんだった。

少女はインターネット上のホームページで住所を公開しているので、家に客が来たことには驚かなかったが、そもそも客が来たこと自体に驚いた。

「ふぇえ、まじすかー」

 彼女は大きな声で「少々お待ちくださーい」と叫び、姿見の前に立った。

 寝起きで乱れた赤毛を櫛で梳かし、寝癖のついた前髪はヘアアイロンで強引に収めた。

 洋服ダンスから、五着ある全く同一の赤いフードのついたパーカーを選択して着衣。

 洗面台で口をゆすぎ、顔を洗ってタオルで拭いた。

 客間を一目見て問題がないことを確認し、彼女はフードを装着する。

「いらっしゃいませー」

 ドアを開けるとそこには、郊外の大きなファッションセンターで買えそうな薄手の茶色いコートを羽織った、高校生くらいの見た目の少年が立っていた。

 少年はそんな小さな少女を見て戸惑ったのか、しゃがんで「あ、オレは……自分はここのお店に用があるんだけど、お父さんかお母さんを呼んでもらえるかな?」と言った。

 しかしその子ども扱いに対して少女は憤慨を覚えた。

「ぷんすかっすよ!」

「は?」

「あたしが! この店の! 唯一にして最強の店主っすよ!」

 っすよ! っすよ! っすよ! と声が玄関先にこだまする。

 こだまが消えてからの数秒間、お互いの間に沈黙が流れた。

 少年は、オレが年上なんだからなんとかしなきゃ、と思った。

 おそらくこの少女は親の手伝いをしたいただの娘さんで、きっと店主は今外出中なのだろう。

 それを正直に言ったら、お手伝いをしたいこの女の子の自尊心を傷つけてしまうかもしれない。臆病な自尊心は放っておくと後々面倒だ。この女の子に将来、虎になる異能などが芽生えてしまったら責任の取りようがない。

 しかし、それはそうとして、発言内容に関してはまた別の話だ。

 少年は声を張り上げた。

「いや、唯一ならそりゃ最強だろうよ!」

 ぴーん、と少女の背筋が伸びて目が輝く。

「いいっすね! 合格っす。どうぞ、こちらへお越しください」

「オレは今何かの試験を課されていたのか?」

 少女は強引に少年の腕を引っ張り、客間に通した。

「どうぞ、今粗茶を用意いたしまっす」

 少年は、その「ッス」の使い方は正しいのか? と思ったけれど、突っ込まずにいた。

 もう試験には合格しているのだ。

 なんのだよ。

 しばらく待つと、うっすい色の緑茶をなみなみ注いだ湯飲みが少年の前に置かれた。

「粗茶とはいえ粗すぎる!」

「お粗末!」

「それはオレが飲み終わった後に言う言葉なんだよ!」

 少女は久々の来客に心を躍らせていた。

「あ、今お茶請けも用意するっす。気が利かなくて悪いっすねー」

「待て、いや待ってください。オレはこの店に買い物をしにきただけで、ツッコミにきたわけじゃないんです」

 少年は自分の目的を思い出し、対面に座った少女の目をまっすぐ捉えた。

「オレは詩島理人と言います。ここでは異能を売ってくれると聞いたので、店主に取り次いでください」

「……」

「……」

「や、だからあたしが店主なんだって」

「……ん?」

「『あかず錦』の店主はこのあたし」

「……うーん」

 全くもって信じようとしないリヒトに、少女は痺れを切らしたかのように机をバンと叩いた。

「あたしの異能は『異能を作る』異能。厳密にいうと、好きな異能を相手に植え付ける異能っす。確かに普通異能の発現は十五歳くらいっすけど、あたしはやけに早くて十歳の時に発現しました」

 異能は、生まれた時から全員が持っているわけではない。

 全人類に備わる造異能器官“アイデント”は、その人間の行動や思想によってさまざまな変貌を遂げていく。そして、第二次性徴を終えたあたりで完成形となり、そこで異能が発現する。

 この世に同じ異能が存在しないのはそのためだ。

「じゃあ、本当に君が……」

「そうっす。もう少しきちんとあたしの異能について補足するとですね。まず、あたしの作る異能に限界はないっす。ただ、例えば想像するだけでなんでも思い通りになる能力とか、相手の心を操れる能力は強すぎるのでなしっす。そのあたりは要望を聞いたうえで、あとはあたしの裁量になりますね」

「ふむ」

「正しい効果には正しいリスクを。あたしから異能を買い取るお客様って、大抵悪事に手を染めてしまうので、能力には関係ないですが念のため何に使うかも聞きます」

「悪事じゃないから問題ない」

「ふむふむ。以上があたしの異能に関する説明っす。質問は受け付けないので、さっそく要件定義といくっすよ!」

 そこからは早かった。

 彼女は手際よく質問をして、リヒトがふわふわと思い描いていた異能を形作っていく。

 彼が求めていた異能は、炎を消し去る異能。すなわち、水を生成する異能だった。

 土を使用しても、空気をなくす手もあったのだが、彼は水を選択した。そこに深い意味はない。

 マギルの最大火力に合わせて水をぶつける。

 そう言えばマギルは奥の手を隠していると言っていた。彼が奥の手を使用した瞬間に、想像もしないであろう異能をぶつけて炎をかき消す。

 そこでできた隙に、死なない程度にオレの炎をぶち込む。

 リヒトは頭で作戦を思い描いた。卑怯ではない。リヒトたちの決闘に卑怯なことなどなに一つもない。

 今までは本気で勝とうとしていなかっただけ。

 でも、オレは次の決闘でマギルに勝って、ショーコも頂く。

 リヒトの中に黒い感情が沸き立った。

 リヒトはその感情を勝利への執念と呼んだ。

 あるいは、渇望と呼んだ。

 勝ちたい。

 勝つ。


「この異能だったら代金はこれくらいっすね」

「なるほど、思ったより良心的で安心した」

「ドルっすよ」

「ドルなの!?」

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