第3話 村の少女
「ふたりともーーーーー!」
そんなオレたちの青春を邪魔してきたのは同じ村に住むショーコ。
ショーコはオレたちの二個下の中学三年生だ。この村ではひとつふたつの学年差なんてあってないようなものなので、オレとマギルとショーコはよく三人でつるんでいた。
オレたちが高校生になり、朝早くから夜遅くまで村にいないことが増えたため最近は少し疎遠だが、それでも大切な幼馴染だ。
「そろそろ飯か?」
「そうだよ! バカやってないで帰るよ!」
「馬鹿だと? 男と男の真剣勝負ってやつだぞ」
「頭のいいことではないよね」
それは確かに。
さっきオレはショーコのことを大切な幼馴染だと言ったけれど、正確には語弊がある。
オレは、ショーコのことが好きだ。
いつ惹かれたかなんて覚えていないけど、彼女のズバズバいう性格に、周りを笑顔にするような元気さに。手入れの行き届いた綺麗なショートヘアと褐色の肌、整った顔立ちに。中身にも外見にもオレは惹かれていた。
年齢の近い異性というだけで惹かれているのかもしれない、という悩みは高校に入った時に解消された。
仲のいいクラスメイトの女の子はたくさんいるけれど、それでもやっぱりショーコのことが好きだった。
あと一年で決着を着けなければいけないことは、マギルとの決着だけではない。
ショーコに想いを告げなければならない。
その結果振られたとしても、その儀礼を済ませないと都会に出てもずっと、彼女のことを引きずってしまうと思う。
「じゃ、行くか」
オレはそう言って立ち上がり、マギルに向かって手を差し出した。
マギルは数秒俯いて、何かを決心したような顔でオレの手をとる。
「どうしたんだ?」
「僕、もうひとつ決めたよ」
マギルは立ち上がると同時にオレの体をぐっと引っ張り、耳元に口を持ってきた。
決闘後だというのにさらさらとした黒い髪の毛がオレの体にかかる。
吐息が耳元に掛かるくらいの距離感で、それでも油断すれば聞き逃してしまいそうな声量で、マギルは呟いた。
「僕。リヒトに勝ったらショーコに告白する」
それを聞いてオレは。
それを聞いてオレは。
それを聞いてオレは。
それを。
「リヒトー、どうしたの? 固まっちゃって、どこか痛いの?」
遠くからショーコの心配するような声が聞こえてきた。
その声自体も聞こえはしたが、内容は何一つ入ってこなかった。おおむね、今日の晩御飯のメニューの話でもしていたのだろう。
マギルがショーコに告白する。
不思議ではなかった。
オレとマギルはほとんど同じ境遇で育っている。閉鎖された村落で生まれ育ち、勉強も運動もずっと一緒にやってきた。高校も同じで異能も同じ。異能に対するスタンスも、お互いをライバル視しているのも同じ。
もちろんショーコと遊んできた回数もほとんど同じ。
だったら、オレがショーコに惹かれたように、マギルがショーコに惹かれるのも無理はないと思う。
ショーコは魅力的な女性だ。男のほとんどは彼女に惹かれるのではないかというくらい、可憐で接しやすい人だ。
そして、マギルもすごく魅力的な男だ。
さらさらの長髪に銀縁メガネをかけており、学年で一番格好いい男との呼び声も高い。
冷静沈着で、見た目も含めて自身の能力値が高いことをしっかりと自覚しながらも嫌味のない柔らかな物腰。友達想いだが、負けず嫌いなところもたまに覗かせる。
対するオレは、よく言えば勝ち気で前向きなだけの、ただの田舎の男だ。運動はややマギルより得意だが、それ以外に明確に勝っているポイントがひとつもない。
勝ち目がない。
「……」
その時、マギルのさっきの言葉がオレの脳裏にフラッシュバックした。
『リヒトに勝ったらショーコに告白するよ』
マギルは自分の言葉を曲げるような奴じゃない。
それは文字通り―
その時、オレの視界がぐわんぐわん揺れた。
「リヒトー!」
「おぼぼぼぼぼぼ」
揺れた脳みそを元に戻しながら震源地を確かめると、目の前にオレの両肩をがっちりと掴んだショーコがいた。
「なにをすおぼぼぼぼぼ」
ぐわんぐわん。
「晩御飯だって言っているでしょうが!」
「わおぼぼぼぼぼぼ」
「ぼぼぼってなによ!」
「そぼぼぼぼぼ」
「芥川龍之介の店員の女性が赤ちゃんをあやす作品は?」
「あばばばば」
「よろしい」
そう言ってショーコはオレの肩から手を外した。
「ほら、行くよ」
次回から、決闘はもう一つ別の意味を持つことになった。
オレがマギルに敗北すれば、ショーコとマギルがくっつく。
だったら。
「オレは……負けない!」
「何か言った?」
「ううん、マギルに負けたくねぇなって」
「ふぅん。男って本当にバカだね」
ショーコが妖艶に微笑んだ。
「やめろよ、今の時代男ってひとくくりにするのはよくないぞ」
「あっ、それはそうかも……ごめん」
「これだから女はよぉ」
「えっ!?」
ふと空を見上げて、真っ赤に輝くオリオン座のベテルギウスに想いを馳せる。
その真っ赤な光は、オレとマギルの決闘を想起させた。
「明日から筋トレの量を倍にするか……」
「えー、今くらいの細マッチョ感が一番ちょうどいいと思うよ」
「うぐっ」
最愛の人にそう言われると筋トレしにくいな……
オレはぶんぶんと首を振る。筋肉を落とすことは容易い。だったら優先順位はマギルに勝利することだ。
好きになってもらうのはそこからでもいい。
「そんなにマギルに勝ちたいならさー」
しかし、ショーコが何気なしに放った次の言葉が、オレの人生を劇的に変えることになった。
「異能、買ったら?」
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