地方公務員に就職したと思ったらオカルト調査員になってしまった
釈乃ひとみ
プロローグ
「ねぇ貴方。あーそびーましょ」
それは幼い童女の声色だった。
幼さを感じる舌足らずな発音はそれでいてどこか湿り気を帯びており、背筋をぞわりと氷で撫でられたかのような感覚を覚える。
スーツの上着と書類やら資料やらが入った鞄を片手に抱えて僕は振り返る。
「嗚呼…ああ。やっぱり貴方……『視』えているのね」
それは嬉しそうに僕の目を見て笑う。
影のような黒く長い髪に夜を思わせる色彩の瞳。
切り揃えられた前髪に赤い和服姿。
日本人形のようなその子の目を見て、僕は腰を落とし目線を合わせる。
「ごめんね。僕はここに遊びに来たわけじゃないんだ」
そう言うと少女は残念そうにしゅんと頭を下げる。
「そうなの……?」
「うん。それにここ、もう誰もいないことは君がよく知っているんじゃないかな」
そう言って僕は周囲をぐるりと見渡す。
高度経済成長期には富豪が土地を持っていたそうだがバブルの崩壊とともに価値は下落。
持ち主はその土地を売り払い市がその土地を買い上げ公営のアパートを建設するも、震災により耐震強度が見直されると住人は完全に去っていった。
そういう曰くのある土地だ。
そんなところに何故僕が居るかと言うと。
「ええと…まずは自己紹介だね。僕は紙白 式(かみしろ しき)。君は?」
「なまえ……?」
少女は口元に指を当てると少し困ったような顔をする。
「困ったわ。わたし、名前がないの。だって」
「『座敷童』だから?」
僕の言葉に今度は口を隠すように大きく手を開いて少女は驚く。
座敷童ーーー日本に伝わる妖怪の一種で家に居着いてその家に住み着く限り繁栄を、去ったならば衰退を招くとされる妖怪である。
「すごいわ。貴方霊媒師?お祓い屋さん?あ、でもそうだとしたらわたし退治されちゃうのかしら。それは困るわ」
あたふたと慌てふためく少女を見ながら僕は頬を掻きながら苦笑する。
「あはは。大丈夫。そんなつもりも力も僕には無いから。でも一つ、お願いがあって来たんだ」
「まあ。何かしら」
僕はネクタイを締めた首元をーーー緊張を少しでも緩める為に弄って唾を飲む。
そうして次の言霊を吐き出す。
「貴女にはーーーこの街での住人登録と引越しの手続きをお願いしたいと思いまして」
地方公務員に就職したと思ったらオカルト調査員になってしまった 釈乃ひとみ @jack43
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