第31話 カントリーロードー最終話
土曜の朝、ホームルームで鉄子はみんなに別れの挨拶をした。惜しがってくれる声の中で、鉄子はいつになく恐縮した面持ちで深々と頭を下げて礼を言った。ただ、ひとつだけ鉄子には残念だったことがあった。絹代がまだ欠席していたのだった。
放課後、職員室に行って、先生方に挨拶をして回った。
「由起子先生、本当に短い間だったども、えらく迷惑掛けただ。ありがとうございましただ」
「いいのよ。それにまだ挨拶は早いわ。あたしは駅まで見送りにいくんだから。他のみんなには挨拶したの?」
「ん。クラスのみんなには、今朝挨拶したし、生徒会と勉強会のみんなには、昨日の放課後挨拶しただ」
「じゃあ、あとは上杉先生の家に行くだけね」
「ん。荷物もまとめたし、と言っても、おら風呂敷ひとつだけだども」
「よかったら、寝袋持って帰ってもいいわよ」
「ほんとけ?」
「うん」
「おら、あれ気に入ってたんだ。ほんとにもらってもいいだか?」
「古くて申し訳ないけど、他にもまだ家にあるし。よかったら、もらって」
「あんりがとう。大事にするだ」
「あとは、お土産くらいね」
「ん。それは駅で買うだ」
「何時の電車だったかしら」
「ひばりが丘に三時ごろだ。それで、天応駅まで行って乗り換えて、松田駅から夜行に乗るだ」
「そう、じゃあ、二時半くらいに駅に行こうかしら」
「わざわざ、すまねえだ」
「西野さんや朝丘さんたちも行くって行ってたわよ」
「あんりがたいことだ。…んだども」
「絹ちゃんね…」
「こないだから、ずっと休んでるだ。今日も会ってくれるかな…」
「だめなら、手紙でも書きなさい。もうすぐ夏休みだし、そしたら絹ちゃんが遊びに行ってもいいじゃない」
「おらは歓迎するだ。んだども…」
「大丈夫よ。心配しなさんなって」
由起子は強く鉄子の背を叩いた。鉄子は驚きながらもにんまり笑って応えた。
ひばりが丘の駅に数人のクラスメイトと由起子先生、上杉先生が鉄子の見送りに集まった。しかし、鉄子はきょろきょろとして落ち着きがなかった。
結局、上杉家に挨拶に行っても絹代は姿を見せなかった。鉄子は絹代の部屋の前で挨拶をしたが返事もなかった。鉄子は残念でしかたなかった。きっと最後には理解してもらえると期待していた。それが叶わないまま去ることは、辛かった。
餞別だと言って、西野と古木がお菓子をくれた。朝丘は手紙セットをくれた。
「ほら、携帯がつながらないって言ってたから。きっと、お手紙ちょうだいね」
「ん。おら、あんまり、字ぃ上手くねえけど…きっと書くだ」
葵も駆けつけてくれた。しかし、大河内の姿はなかった。
「会長さんによろしく言ってくんろ」
「そんな…。昨日言ったばかりじゃない。それに…」
と言いかけた時、列車が到着するアナウンスが流れた。葵は由起子先生に肘で突かれて話をやめた。鉄子は、上杉先生と由起子先生の方に向き直ると姿勢を正して、深々と頭を下げた。
「本当に、お世話になりました」
「また、遊びにきてね」と由起子先生は言いながら、鉄子を抱きしめた。鉄子は照れくさそうに顔を赤らめた。上杉先生はそんな鉄子を微笑ましく見つめながら、
「テッちゃんには、いろいろと教えられたよ。楽しかった」と言った。
「そんただことねえ。おら、随分迷惑ばっかり掛けただ」
「いやいや、楽しかったよ。これからもよろしく頼むよ」
列車がホームに入ってきた。強い風に押されながら、鉄子は荷物を担いだ。
「そんじゃ、みんな、ありがとう。さよなら」
電車が走り出して、見送りのみんなの顔が流れていった。ホームも切れ、風景が流れ始めると、鉄子は急に淋しくなった。カタンカタンと規則正しく揺られて、次の駅に着いた。そして、また走り出した。カタンカタンと揺られていると、この町にいた時間が思い出されてきた。
「…キヌちゃん…」
絹代の名前がぽつりと口を衝いて出てきた。どうしても絹代のことだけが気掛かりだった。それでも、郷里のことも気になり、気持ちを奮い立たせて頭を振って、山のことだけを考えようとした。と、目の前に数人が立っている気配があった。顔を上げると、そこには、絹代と大河内と、太田と田口が、立っていた。驚く鉄子とは裏腹に楽しそうな表情で笑みを投げ掛けていた。
「ど、どしただ、みんな」
「どうしたと思う?」
絹代は満面の笑みを浮かべて言った。
「アタシたちさ、あんたについて行くことに決めたんだ」
太田は得意気に言った。
「僕と上杉さんは、向こうの学校に転校させてもらうんだ。こっちの二人は、遊びに行くだけなんだけど」
「いいじゃねえか、少しのあいだ、留学するだけだよ。山村留学。いいだろ、テツ?」
「こっちのガッコはおもしろくねえんだよ。テツもいなっちまうと、よけいな」
鉄子は嬉しくて目に涙が滲んできた。何より絹代がニコニコと笑顔を向けてくれているのが嬉しかった。
「なんだヨ、なんとか言えヨ」
太田に小突かれて、鉄子は涙を拭った。そして立ち上がると大きく手を広げて絹代に抱きついた。
「…おら、おら、おら…」
電車はカタンカタンと走り続けた。
グリーンスクール - カントリーロード 辻澤 あきら @AkiLaTsuJi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます