第30話 カントリーロード-30

 翌日絹代は学校に来なかった。

 昼休み、鉄子は職員室に呼び出されて直之と教頭に転校の手続き書類をもらった。おおよそ直之が書き上げてあったもので、もう一度見直してほしいと言われた。鉄子は丁重に礼を言うとその書類を持って教室に戻った。


 勉強会でも鉄子の転校の話題で持ちきりで、勉強どころではなかった。

「オマエ、ホントに帰っちまうのかよ」

「やめなよ。せっかくこっちに慣れてきたとこなのに」

 太田も田口も必死で引き止めていた。その熱心さにつられて、葵や大河内も鉄子の周りを取り巻いて鉄子の様子を伺っていた。鉄子はただ、すまねえ、と言うばかりだった。そんな鉄子を一層太田と田口は引き止めようとしていた。由起子先生は、ただ黙ってその光景を見ていただけだった。


 解散後、家庭科室に戻った鉄子は荷造りを始めた。借りていた炊事道具もまだ使いそうなものを除いてきれいに洗った。帰るまでの授業に必要なもの以外はまとめておいた。あらかた荷物をまとめると、人の気配に気づいた。はっとして振り返るとそこには大河内がいた。

「なんだ、会長さんか。キヌちゃんかと思っただ」」

「ここに住んでたのか」

「そんだ、知ってるのは、キヌちゃんとキヌちゃんの父ちゃんと由起子先生、家庭科の先生…くらいかな」

「前から、変なこと言ってるなと思ってたんだ」

「へへん。ばれちゃあしかたねえだ。んだども、ここにいるのもあさってまでだ」

「帰っちゃうんだね」

「ん、夜行で帰るだ。日曜の昼過ぎには山につけるだ、たぶん」

「……帰らないで欲しい」

「はい?」

「帰らないで」

「みんな、そう言ってくれるだ。それは嬉しいだ。んだども、おら、帰らなきゃなんねえだ。わかって欲しい…」

「わかってる…、でも、帰って欲しくないんだ」

「どして?」

「…好きだから」

「は?」

「君のことが好きなんだ」

「そ、そんなこと、おらをからかうんじゃねえだ。おらなんか、ただの山猿だ。会長さんみたいにカッコよくて頭のいい人が何を言うだ」

「鉄子さんは、充分魅力的だよ。太陽みたいな女性だ」

「なんか…照れくさいな、自分のこと褒められると…。……んだども、ここにいるとおらは不完全燃焼するだ。おらはお陽さんに力をもらわなきゃなんねえ。ここの太陽はだめだ。ここの土はおらに合わねえ。おらは…、おらの住むところは、田舎でなきゃなんねえだ」

「どうしても、帰るの?」

「仕方ねえだ」

「でも、わかって欲しい。僕は本当に君が、君の事が好きなんだ」

「……あんりがとう。おら、嬉しいだ。…これも本当だ。だけど……」

「だけど?」

「おら、キヌちゃんに嫌われただ…。そっちのことのほうが気になってる」

「けんかしたの?」

「んん、おらがずっとキヌちゃんに迷惑を掛け続けたんだ」

「大丈夫だよ。彼女はきっとそんなこと気にしないから」

「ん。きっとわかってくれるだ」

 鉄子は大河内の正面に立つと手を差し出した。

「色々世話になっただ。ありがとう」

「こっちこそ、楽しかったよ」

 大河内と握手を交わした手は、久しぶりに感じた温かさだった。


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