左目を追え!

大河かつみ

   

(1)

 今日、最初の依頼人が俺の探偵事務所の扉をノックしたのは昼過ぎの事だった。ロングヘアが長身に良く似合うクールビューティーで俺好みの魅力的な目をしてが、残念なことに左目には眼帯があててあり痛々しい。

ソファに座るとテーブルの上の灰皿に視線を向けて女は

「吸ってもいいかしら?」

と言った。ヘビースモーカーの俺には、ありがたい依頼人だ。

「どうぞ。」

とだけ言い俺も洋モク煙草に火をつけながら女の体面に座った。

美味そうに一服すると女は用件を語り出した。

「あなたに捜してもらいたいものがあるの。」

「何を?」

女は何も言わずに眼帯をずらして見せた。どの様な事態でもポーカーフェイズを通す俺だがこの時ばかりは表情がこわばったに違いない。あるべきはずの左目は無く、かといってただ平らに肌があるだけだったのだ。女は

「昨日の朝、起きて鏡を見て気づいたの。寝る前はあったのよ、左目。」

と言った。

「・・・つまり俺にその左目を捜せと?」

「そうよ。あなたの探偵としての評価が高い事はこれで知っているわ。」

そう言うとハンドバックからスマホを取り出し、画面を俺に見せた。

「・・・星四つ。こんなサイトがあるのか。」

俺は苦笑した。女は黙っている。

「まぁ、いい。で、その左目だが、どこに行ったか心当たりでも?」

「・・・さぁ。どこかにボーイフレンドでもできたンじゃないかしら。」

女はけだるそうにそう言っただけだった。


(2)

 俺はその依頼を引き受け、その夜、行きつけのバーに行った。そこでは情報屋のジョーがいつも、くだを巻いている。俺は奴を見つけ、今回の依頼について何か知っていることはないか尋ねた。ジョーは知らないと言ったが俺がくしゃくしゃになった紙幣を握らせると心当たりのシンジケートがあるからちょっと調べてみようと言い、その場から立ち去った。しかし、それが生きているジョーを見た最後となった。あの野郎、そのままどこかにトンズラしやがった。

仕方なく俺は独自に左目の行きそうな所、東京にある眼鏡屋や眼科医をしらみつぶしに当たった。極度の近視になりコンタクトレンズが必要になったのではないかと考えたのだ。しかし、これといった手がかりはなかった。


 捜査に行き詰っていた俺のところに一件のタレコミがあった。イカした左目が、とある高級クラブの秘密のパーティに最近よく出入りしているというのだ。俺は早速その店に出向いた。薄暗い店内に入るとざっと十数名の目がそれぞれに飲み物を手に談笑していた。店内の至る所に美しい花々が展示され、壁には有名絵画が幾つも掛けられていた。薄くクラシック音楽が流れていて心地良い。何か、もっといかがわしいパーティを想像していた俺は拍子抜けした。とりあえず空いているボックス席に座り様子を伺う。

隣にいた目同士の会話が自然と耳に入る。

「君は以前、モネ展に行かれたそうだね。」

「ええ。あの“睡蓮”を生で見られたのは感激でしたね。」

モネテン?どこかのキャバクラの名だろうか?スイレンとは女の子の源氏名か?

あちこちでかわされる会話を聞いている内にどうやらここは俺には高尚すぎる場所らしいことが判ってきた。早く用件を済ましてしまおう。そう思い俺は依頼人の左目を捜した。俺好みの目なのだ。訳ない事だった。俺は彼女の腕を掴む。

「帰るンだ。ベイビー。もう寝る時間だ。」

「あんな女のところに戻る気はないわ!」

そう言って俺の手を振り解く。そして言った。

「あの女、スマホばっかり見ているのよ。それもくだらない動画ばかり。」

それを受けて隣の目が言った。

「私の方もスマホでゴシップや嫌な事件の記事ばかり読んでいる。辟易とするよ。」

呼応するように目たちは一斉に騒ぎ立てた。

「スマホばかり見るな!もっと美しいもの、気持ちの良いものを見せろ!」

なるほど、そうか。感性を司る右脳に直結するのは確か左目だ。ここに居るのは皆、スマホばかり見させられている左目なのだ。俺は少し同情したが、こう言い放った。

「くだらないものや醜い事の中にも“美”や“気品”が隠れているもンだ。それが見えてない内は大人しく宿主の所に帰るンだな!」


 皆、素直にその場を去り、俺も左目を依頼人の所へ無事送り届けることが出来たのだから、口から出任せで言ったあの台詞は案外、的を射ていたのかもしれない。

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左目を追え! 大河かつみ @ohk0165

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