26枚目 己の尻は己が拭け
誇り高きタイチは、今日も粛々と己の生きる道を歩く。
飴が降ろうと槍が降ろうと御構い無しなのだ。
何がそこまで彼を突き動かすのか。
「しかしまぁ何とも、今日も忙しそうだな。」
彼は都会にあるオフィスの一角にポツンと佇み、バタバタとスーツ人間軍団が入り乱れる空間を今日も眺める。
窓の眺めから考えて、20階建て以上はあるビルだ。
このフロアだけで何十人といる。
全体でどれだけ収容しているのか、普遍的なただの紙では予想もつかない。
電話のコール音や話し声、プリンターから同紙が吐き出される音が飽きもせず
無秩序に混ざり、祭りの様な騒がしさがある。
これが早朝から深夜にかけて間断なく続く。
我以外の紙では死んでいたぞ。
「この広い建物にいる中で一番身分の高いお方の鼻管理ができれば、和紙に近づける。ふふふっ…やっと相応しい紙になれる。」
願えば天命がやってくる。
サッと、白く細い指に挟まれてタイチは自らの城から抜け出てしまう。
百戦錬磨の薄紙は、その瞬間に未来を察知する。
花粉なし、ハウスダストなし、引き抜いた女性の体調異常なし、
飲み物を零した形跡なし。
眼下のデスク、やや異常あり。
「おいっ!待て!ま、まさか…この我で机を拭こうというのか!?」
胸まで伸ばした茶髪のOLは扱い易いように、タイチを2回半分に折り曲げデスクに近づく。
「ぐっ…のゎぁぁぁああああああっっ!!!!」
灰色に銀を混ぜた様な色の机に付着している、埃や汚れを絡み取られるタイチ。
高くなっている身体の質量を肌で感じるとともに、苦虫を擦り潰して口に放り込まれた様な表情になる。
「こんなことで、我が終わるなんて…クソめっ!何という不条理…!
何という屈辱…!思い知らす。思い知らすぞぉぉおおぉおおおおおっっっ……!!!」
ペキョッと音が鳴った気がした。
誰かボールペンでも落としたのだろう。OLはタイチを丸め、デスク下のゴミ箱に入れる。息も絶え絶えに周りを見渡すと、力尽きた先客達がいた。
何度見たのだろう、この屍の景色を。
何度繰り返せば良いのだろう、こんな輪廻を。
ちらっと首を上に擡げる。
この角度からだと、丁度足を組んだ彼女のスカートの中を拝めるのでは。
「…ふっ…我は誇り高きティッシュ…いずれ大紙になる男。」
タイチはそっと目を閉じた。
命の期限を迎えたのか、欲望や興味を抑えて彼なりの騎士道を貫いたのか。
それを確かめられるほど、このゴミ箱は小さくなかった。
OLは駅ビルのカフェで購入した抹茶ラテを飲み、午後の業務に移るのだった。
・死因:圧死
・来世:トイレットペーパー
異世界ティッシュの来世としては ヅケ @Dzke
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