the HERO

アベリア

第1章 第1話 ウィッカン、ペルセウス・アルケー

コルクガシ、イナゴマメ、ゲッケイジュの硬葉樹林を駆け、ウサギ型の魔物を追う二人。君は走るが、青年には到底追いつかない。強情な赤毛が揺れる。そばかすの上からは汗が滴る。

「ペルセウス!今よ!」

「うぇぇ、待ってよぉ…さ、魚になーぁれ!」

窄めた手を開いて何かを目に見えないものを魔物に発すると、ビチビチ、その魔物はウナギの姿になった。魔法をかけた君は泣きながらウナギを掴もうとして逃げられている。中性的な男は臭いものでも見たような顔をしている。

「何よ…こんな気持ち悪いものにしなくても」

「でも」

「デモも仮撮りも無いわ。帰るわよ」

男はすみれ色のマントを翻して走ってきた方向へ戻ってゆく。

森をしばらくゆくと、見晴らしのいい草原の中に異様な風体の建物がある。苔むしていて、たくさんの蔦が這っている機械仕掛けのログハウス。足元は休んでいるネコのような金属塊、木の部分はクジラの形をしていて、何か柔らかいものでできた翼まで生えている。遠く見える山の上には街が見えるが、みるみるうちに厚い雲に覆われていった。深い緑色よ釉薬が塗られた陶器のポストは日によく照って手紙の影を映した。

「ピクトル、手紙が入ってる」

君はポストの口から重厚な装丁の手紙を取り出す。唇型の封蝋を開けようとすると、その唇が嗄れた女の声を発した。

「辺獄、ギリシャ共和国ミロス、セリーポス島101-7草原の丘ダディアフォレスト入口、紀元6067年8月14日13時10分 受領」

ひとしきり言い終わると封蝋は溶けて消えた。藁葺き屋根には伝書カラスが留まっている。カァーとひと鳴きすると街の方向へ飛び去って行った。手紙の内容は、まず初めに挨拶と、詳細、新入生が購入するべき物のリスト、それから入学に必要な書類だ。宛名はウィッカ・ウッチクラフト・スクールとなっている。

「コルドロン、ワンド、指定の教科書一覧、指定制服…」

「まずはお昼にして、それから読みましょう」


日を改めて。

-錫のコルドロンと錫杖、新入生に限り銀貨20-今年のスクールの教科書、魔法学概論入荷しました-何でも合成するよ、合成屋は今パチパチオキシキャンディ合成中-占星学で使える新星ケプラー式望遠鏡販売中占い学用シャルル6世のタロット複製はいかが?ミンキアーテ版も-

人が横並びに歩けないほど大勢が行き交い、店の呼び込みの少年達は声を張り上げる。雑踏の中に君とピクトルは人を避けながら、いや自然に道が開けていく。ピクトルの人避けの魔法の効果だ。君は今、エンドルの魔女通りを学用品を揃えるために歩いている。

「はぐれないようにね、ペルセウス。ワンドは大切な物だから最後に買いましょう」

ピクトルが言うと、君ははい、と答えた。

「まずはコルドロンから買いに行きましょうか」

「重くないかな?」

「大丈夫よ。ハイパーキャンバスがあるわ」

それが何なのか君は分かっていないようだが、大鍋屋に向かうことにした。新入生向けのコルドロンセットが山々と積まれている。その脇からひょっこりと小さなおじさんが現れる。続けてドワーフたちも。

「やあやあいらっしゃい、ここには大鍋から小鍋までどんな種類でも…」

小さな店主は言いかけて止めた。そのつぶらな瞳は君の頬を凝視している。君の頬には8つのS字状の模様が特徴的な円形の紋章。四方にA.M.O.Nとアルファベットが描かれている。それを見てた店主は急に青くなり、腰が退けてへらへらとし始めた。

「ええ、ええ、なんでもタダで貰っていってくださいまし…」

「いえ、お金はちゃんと払います」

「いいんです!錫のコルドロンセットですね、はい」

ピクトルは複雑な表情でそう言うならいただいていきましょう、と言い、手のひら大の袋の口を大きく開いてコルドロンを詰め込んだ。コルドロンなんて入っていないかのように袋は小さく、一体どこに行ったんだろうと君は考えた。

店主は早く出ていって欲しいとばかりにへつらうので、その場を後にした。

「やっぱりあなたをここに連れてくるんじゃなかった」

ピクトルのその言葉は君には届かなかった。

この小さな店構えの書店にどうやってこんなにも大量の本が詰め込まれているんだろう、君はそう考えながら夢中で本屋を見回った。レジスターの1番目立つ所には広々と幅を取り堆く積まれた教科書が見えた。各学年ごとにセットになって売られている。1年生用のセットを手にした。分厚い教科書たちはずしりと重く、運ぶのを店員に手伝ってもらい会計をした。

続けてジャン・バプティスタ・エテイヤ占堂でグランドエテイヤのタロットパックを購入。店の奥では年老いたシャーマンが砂をサラサラと皿の上に落とし、対峙する初老の男の相を占っている。シャーマンの無表情とは対照的に男は不安げに眉を寄せている。

「ペルセウス、あまり見るもんじゃないわよ」

「はぁい」

君は気だるげに返事をした。

次に天文学で使う望遠鏡を買いにテレスコピウム天文学専門店へ。ここでは新型のケプラー式望遠鏡を買ってもらった。同じく新入生だというラッパを首から提げたアンゲロスの少年に、天文学の先生は自分の目を望遠鏡に改造しているらしい、と聞いた。

制服を仕立てる前の休憩に、イチゴヤドクガエルの卵入りストロベリーミルクティーを二人で飲んだ。フードを被った君の頬を行き交う人が様々な表情で見つめる。美味しいはずのミルクティーは、味がしなかった。その姿を見てピクトルは君の頭をそっと撫で、飲み終わった容器を店員に返した。

少し休んで制服の採寸。必要なのは鍔のあるエナン、儀式用の黒いマント、冬外出用のコート、いずれも真鍮のボタンであること。マントの下はシャツとスカートあるいはスラックスならなんでもよいとのことだ。

台の上に立ち、両腕を採寸しやすいように少し上げて背筋を伸ばす。メジャーが勝手に全身を測って、目の前の羽根ペンがメモをとっていく。隣の小太りの少年の首を締めようとしているメジャーを、人差し指の動きで魔女が止めた。

「はい、できましたよ。制服は後日また送りますからね」

魔女が素っ気なく言い、あとは杖を買いに行くだけになった。

ウォンド、とだけ書かれたすす汚れた看板が杖を売っている所のようだ。外から覗き込んでも人の姿は見当たらない。静かな店内にチリンチリンとベルが鳴り響き、足を踏み入れた。

「ケンタウロスの心筋に竹を炭で炙った杖」

誰もいない空間から老婆の声で聞こえる。ピクトルはにこりとした。ガタン、と音がしたと思うと、老婆の手がオリーブの木を選りすぐっているのが見えた。オリーブの木を2つに割り、羽を詰めてまた1つにくっつけ、研磨すると火で炙った。

「あんたはオリーブの幹に天使の風切羽」

よろよろと老婆がこちらに寄ると、粗削りの杖を持たせる。君は試しに振ってみた。

部屋が暗くなり、きらきらと輝くと星図が浮かぶ。ペルセウス座が大きく天井に示された。

「88の星の子だね」

口数少ない老婆はそう言うと奥に行ったまま戻ってこなかった。

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