【幸運勇者】引退したい勇者は誰からも辞めさせてもらえません。
雨宮悠理
引退勇者は辞められない。
「……どうして、こんなことに」
討伐難易度最高級であるタイラントドラゴンの亡骸の前で、僕は一言ぼやいた。
左手に持った剣もぴかぴか。着込んだメタル製の装備にも殆ど傷はなく、戦いの痕跡が見当たらない。それもそのはずだ。だってそもそも戦ってないんだもの。
最近現れたドラゴンの影響によって近隣の街には危機が迫っていた。それぞれの街ではこぞってドラゴンに多額の懸賞金を掛けたため、多くの勇者たちがドラゴンに挑んだが、誰もがその圧倒的な力の前に屈してきた。
僕といえば、そもそもドラゴンとなんて戦う気なんて全く無かったのに、近隣住民、街の役員、しまいには市長たちまで揃いも揃って家までやってきた。盛大な出発式なんてものまで開かれて乗り気じゃ無い僕を勝手に『勇者王』とかなんとか持ち上げるだけ持ち上げて、ドラゴンの住処にぶち込んだ。とんでもない人達だなと思ったけれど、これで僕の地獄の勇者生活が終わるのなら、それもそれでアリなんじゃないかとも思った。
ここ最近、他の世界から新たな生を受け継いでこの世界へとやってきた、所謂『転生者』なるものの話を聞くことが増えていた。彼らは皆様々なユニークスキルを持っており、彼らは強力な力を持つことも珍しく無いという。
それに比べ僕は、この世界で生まれ育った生え抜きの人間。特別なスキルなんて一つもも持っていないし、他の勇者と比べて殆ど優っている能力など無かった。そんな僕は成り行きで『勇者王』と呼ばれるまでに至った。
「うわあぁぁぁ、やっぱし無理だあぁぁぁ!!」
前方から二人の勇者と思われる男達が悲鳴を上げながら逃げ出してきていた。
二人は僕の横をなりふり構わず通り過ぎていく。きっとこの先にドラゴンがいるに違いなかった。
そのまま先を歩いて行き森に入った僕は、ドラゴ大木と呼ばれるそれは大きな樹木を見つけた。
そんな木をなんとなく見つめていると、上空から巨大な翼を羽ばたかせたドラゴンが現れた。
深紅の目に銀色の巨大。鎧を着込んだような鱗は全ての魔法、物理による攻撃を全て跳ね返すといわれている。大きく開かれた口からは電撃、炎、さらには毒までありとあらゆる攻撃が可能と聞く。
元々覚悟はしていたが、ドラゴンを見た瞬間、これまで感じた事もないほどの強烈な威圧を感じた。
震える手で剣を引き抜いた僕を目掛け、大きく開かれた口からはマグマのように沸騰した炎が漏れ出す。あの獄炎が吐き出された瞬間、この森は荒野と化すに違いない。けれども勇者としての責務を投げ出す訳にはいかない。僕は剣を構え、そして駆け出す。
たとえ能力が無くたって、勇者としての誇りだけは捨ててはいけない。
「いくぞ、おらあぁぁぁ!!」
ドラゴンの口から獄炎が僕目掛けて吐き出される直前だった。空から隕石のようなものが降ってくると、それはそのままドラゴンの上顎に直撃した。衝撃で口が完全に閉まってしまい、獄炎は口内で激しい音を立てて爆発。ドラゴンはそのまま横倒れとなって息を引き取ってしまった。
「おい、みろよ!ドラゴンが討伐されてるぞっ!!」
「マジだ!しかも討伐者はやっぱり、あの『勇者王』だ!」
ドラゴンを前に呆然と立ち尽くしていると、先程逃げてきていた二人の勇者が引き返してきていた。二人の勇者は大喜びで、この朗報を伝え広げるために伝者を呼んでいた。
「……どうして、こんなことに」
こうして僕はまた勇者を辞められない。
【幸運勇者】引退したい勇者は誰からも辞めさせてもらえません。 雨宮悠理 @YuriAmemiya
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