MMORPGで知り合った女の子とデートした話していい?

@hebeemetal

【雑談】昼下がりに思い思いの話を語るスレ

1 :名無しのスレ主 :2021/07/31(土) 12:12:21.85 ID:tfeNPkRg

ここは皆さんが自由な書き込みをしていくスレです。

愚痴や自慢話、はたまた墓の中に持っていくつもりだった話まで、どうぞご自由に。



2 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:13:44.87 ID:1I9HkUGA

公衆トイレ入ったら紙がなくて困った話聞く?



3 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:14:62.25 ID:lKt6aFNO

>>2 オチ言っちゃってるし、そもそも大して聞きたくないな



4 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:15:57.94 ID:1I9HkUGA

そんなこと言うなよ、ちょっと語らせてくれ



5 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:17:17.78 ID:UWYUYiJ5

10年位前の話だけど、MMORPGで知り合った女の子とデートした話していい?



6 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:18:36.54 ID:xeOJxmYQ

>>5 いいぞ



7 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:19:41.66 ID:3wjUmyjc

>>5 パンツ爆発させていい?



8 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:20:40.58 ID:UWYUYiJ5

ありがとう

最近当時を思い出すことがあってさ、語るわ


>>7

悪いけどそういう内容ではないんだ、履いたままでいてくれ



9 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:22:51.69 ID:1I9HkUGA

嫌な予感にはずっと襲われていたんだが、家を出た直後にもう違和感を感じていたんだ。

玄関を背にした見慣れたはずの景色がどこか色を無くして、現実味が失われているような気がした。



10 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:24:11.01 ID:mcbt9O1k

おい、公衆トイレのやつも話し始めたぞ......



11 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:25:35.93 ID:UWYUYiJ5

公衆トイレの話も聞いてやろうぜ、自由なスレなんだし

俺も始めるぞ


大学生3年生の頃の話なんだけど、当時は真面目に勉強するわけでもなくバイトとサークルばっかりの毎日だった

暇なときにネットのMMORPGの広告を見てさ、なんとなく始めたらドはまりしちゃってほぼ毎日ログインするようになったんだ

そのゲームを遊んでいる奴が周りにいなかったのと、大人数でワイワイチャットするのが性に合わないと思ってさ

ギルドとかは入らずにずっと野良で遊んでた


大学の講義にはちゃんと出てたから昼間は時間ないし、夕方から夜の間もバイトしててログインは必然的に深夜帯になってたな

時間帯のせいもあってログインしている人自体が少ないからさ、良く会うプレイヤーの名前も覚えてくるのよ

いつも決まった人がパーティ募集をしてさ、そんでそこに参加するのも結構な確率で同じ人ばかり

固定パーティを組んでたわけじゃないん、なんか暗黙の了解で連帯感みたいなものも生まれてきて、正直かなり充実したゲームライフだった

大抵は最低限の挨拶だけなんだけど、たまに軽い雑談なんかもしてたんだ



12 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:29:34.34 ID:UWYUYiJ5

その中でも、俺ともう1人「h akari」って名前のユーザーがかなり遅くまで残ってたんだよね

この人は「アカリ」って呼ぶな


俺もアカリもMMORPG自体が初めてでさ、良く死ぬし、その度に慣れないチャットで「ごめんなさい~」って打ちまくってた

馴染みのプレイヤーたちにはかなり介護されてたけど全然文句も言ってこなくてさ、すごく良い人たちだったよ

アカリとは最後まで二人で残ることが多いから、自然と雑談するようになったんだよね

きっかけは確か、ボスの立ち回りでアドバイスしたことだったと思う

いつも同じギミックで死んでたからさ、ロールが同じこともあって対処法を教えてあげた記憶がある

それから装備の話とか色々するようになったんだ



13 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:33:19.20 ID:1I9HkUGA

違和感が確信に変わったのはガタガタと揺れる電車の中だった。

特定の乗車口で電車を待つ習慣がついていた俺の足は、自然とその場所に向かっていた。

家を出るのが早かったおかげで、普段は感じられない人の列が背に形成されていく感覚を楽しんでいた。

電車が到着し、窓から社内の空席を確認した俺は勝利を確信したんだ。

降車する人々の激流が緩流へと変わり、ドアと人波との間の僅かに生じた隙間を俺は見逃さなかった。

陸上選手にも引けを取らないであろうスタートダッシュを決め、誰より早く、人の流れに逆らうこと無く、座席を獲得した。

吊革に吊られるようにふらふらしながら眼前に立つくたびれたスーツ姿の会社員を見て、俺は内心ほくそ笑んでいたんだ。


そんな俺をあざ笑うかのように、奴は近づいてきていたんだよな。

座席から伝わるリズミカルな電車の揺れのせいで、俺は気付かなかったんだ。

いや、気付きながらもその不安に蓋をしていただけかもしれない。

電車の揺れに隠れた小さな波が、少しずつ俺の身体を蝕んでいたことを。



14 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:36:59.19 ID:UWYUYiJ5

アカリはタイピングが結構遅くてさ、俺が文字を落ち込んでから10秒くらい待って「わかりました」って送られてくるような感じ

でも、別にイラつくってこともなくてさ、これはアカリの人間性も手伝ってだけど、ゆっくりとした会話のやり取りがすごく落ち着くのよ


だから、やり取りが長文になってくるとなかなか返事が返ってこなくてさ

時間がかかるのは分かってるから、いつもボケーっとスクリーン眺めてるか本でも読んでるかして待ってたんだ

俺の返事が早過ぎるとアカリを急かしちゃいそうな気がしたから、こっちもゆっくりと返信してあげようとか気を使ったりしてあげてた

とにかく、何か面白いことを言うわけでもない、何気ない会話がすごく心地好かったのを覚えてる


いくらか仲良くなってからは、その日あったことお互い話したりしてた

アカリは隠し事を全然しなくって、ずっと入院しているってことも早くに教えてくれたんだよね

俺は大学で受けた講義だったりバイト先の話なんかをして、アカリは読んだ本とか、病院食とか、相部屋の人の話とかしてくれた

それまで講義は適当に聞いていたんだけど、アカリとの話のネタにするようになってからはしっかりと聞くようになったな


レポートのためにフィールドワークに出た話をしたときにさ、アカリも外に出てみたいって言ってきたんだ

出られないのかって聞いてみると、ついてきてくれる人がいないと無理なんだって

それまでのやり取りで家族は他界していて頼れる親戚もいない、天涯孤独な状態って聞いてたからさ

俺がついて行ってあげようかって提案したんだ



15 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:42:16.95 ID:xeOJxmYQ

MMOは人に恵まれるとめちゃ楽しいが、逆に恵まれないとな......

14とアカリさんは運がよかったな


ていうか、コテハンつけようぜ

脱糞野郎の話絶対続くぞ



16 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 12:44:18.51 ID:1I9HkUGA

>>15 おいおい誰が脱糞野郎だよ



17 :名無しさん :2021/07/31(土) 12:45:31.28 ID:3wjUmyjc

>>16 気に入ってんじゃねえか



18 :サトウ :2021/07/31(土) 12:46:47.67 ID:UWYUYiJ5

コテハン了解

サトウにしておく


提案には、正直女の子とデートできるかもっていう下心はあった

アカリの言葉遣いと普段のやり取りから多分同年代の女性だろうとは感じてた

勿論ネカマの可能性があることも分かってたけど、ネットリテラシーが危なっかしいくらいに薄かったんで、そのへんも加味してネカマの可能性はあまり考えていなかった

ネカマだったとしてもオフ会自体に魅力を感じていたから、それはそれでネタにしてやろうと思ってたな


アカリからの返信はいつもより時間が掛かったのを覚えてる。俺もドキドキしながら待ってたからな

顔も知らない相手に突然そんな提案されたら困るよな、でも「お願いします」ってだけの返事が来た

正直かなりうれしかったよ


今までは意識して話題にしていなかったんだけど、このとき初めてお互いがどんな人間か踏み込んだ質問をしたな

実年齢とか、住んでいるところとか、顔は誰に似ているとかな

あまりテレビは見ないらしくて、誰に似ているか分からないって答えられてかえって気になったんだよな。俺の容姿は中の中だと伝えておいた

アカリの外出許可は簡単にとれるらしくて、付き添いの話をした日の翌々日に動物園に行く約束をしたんだ

前日には服屋を回って普段あまり着ないようなキレイ目な服を買ってきてさ、伸び散らかってた髪も美容院で整えてきた



19 :サトウ :2021/07/31(土) 12:52:48.27 ID:UWYUYiJ5

当日はめちゃくちゃ緊張したよ

約束した時間の30分前には病院に着いたんだけど、ロビーとかで待っているのを偶然見られたら恥ずかしい気がしてずっとトイレに隠れてた

5分前になってから病室に行ってさ、緊張と期待でドアを開ける手がめちゃくちゃ震えてた気がする

ベッドが4つある病室で、右手奥のベッドのカーテンの前に立って「サトウです」って伝えたんだ


少し待ってたらどうぞって言われたんでカーテンを開けてみたんだけど、めちゃくちゃな美人さんがそこにいた

それまでも緊張してたけど、このときは正直帰りたくなってたよ

病院生活しているせいかアカリの身体はすごく華奢でさ、肌も真っ白で光を反射してるんじゃないかってくらい透き通ってた

いや、反射するのと透き通るのって矛盾してるけど、そんな感じで頭がバグるくらい容姿はきれいだった

髪は長いストレートで全然痛みもなくって、本当にどこかのお嬢様って感じだったよ



20 :サトウ :2021/07/31(土) 12:56:47.06 ID:UWYUYiJ5

思わず立ち尽くしちゃった俺を見てアカリが笑いながら言ったんだ

「確かに、中の中くらいですね」って

ただでさえ脳みそフリーズしてたのに、物理的に殴られたくらいの衝撃を受けたよ、マジで

自分の容姿自信があるわけじゃないけど、中の上くらいだろうとは思ってた

「中の中」って伝えていたのは自分だけど、凹んだよ


たださ、笑った顔も別に馬鹿にする雰囲気とかは無くて、屈託のない笑顔ってやつなのかな

ほんと自然な、きれいな笑顔で、邪気なんて微塵も感じなかった

だから俺にも怒りの感情なんてわかなくてさ、つい

「アカリさんは、思っていたより美人ですね......」

ってボソッと言ってしまった


言ってから少し恥ずかしくなったんだけど

アカリの方は

「ふふふ、そうでしたか?」

ってすごく余裕そうなんだよね

出掛ける相手として全く釣り合う気がしなかったんだけど、もっと喋っていたいって気持ちの方が断然でかかったな



21 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 13:03:52.33 ID:1I9HkUGA

あれ、アカリさんって実は失礼な子?



22 :名無しさん :2021/07/31(土) 13:04:51.69 ID:3wjUmyjc

>>21 おい、脱糞話はどうした?



23 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 13:06:16.32 ID:1I9HkUGA

>>22 焦るなよ、俺は逃げねえから

今もトイレで苦しんでるんだから多めに見てくれ



24 :サトウ :2021/07/31(土) 13:07:36.88 ID:UWYUYiJ5

>>21 そんな子じゃないよ、安心してくれ

ていうか、あんたずっとトイレにいるのかよ......


立ったままの俺にアカリがベッド脇の棚から椅子を出そうとしてくれてさ、腕で体を支えながら、うーん、って感じで頑張って腕を伸ばしてさ

話には聞いていたんだけど、アカリは足が動かせないんだよ。生まれつきって言ってたな

実際に足が動かせないでいる様子を見て何だか怒りみたいなものが湧いてきてさ

何でこんな子がそんな理不尽な目に合わないといけないんだ、って

アカリが達観していて、自分の境遇をしょうがないものとして受け入れていたせいもあるかもしれないな

だから、アカリが求めることならできる限り叶えてやりたいって思ったんだ


アカリが頑張って椅子に手を伸ばしているけど、なかなか手が届かないようでさ

慌てて自分で椅子を引っ張り出したんだ。

そのあと、ちょっと話をしてだいぶ緊張も解れてきてさ

そろそろ出掛けようか、ってなってナースコールで看護師さんを呼んだんだ


看護婦さんが来て外出することを伝えると

着替えるっていうんで俺はロビーで待つことになった



25 :サトウ :2021/07/31(土) 13:13:29.70 ID:UWYUYiJ5

結構待っていると看護師さんが車椅子を押してやって来た

ここで気付いたんだけどさ、病室で会ったアカリは化粧してなかったんだ

それでも美人だって思えたくらい整った顔つきをしてたんだけど

化粧したら当然それ以上の美人が出来上がってたよ


せっかく薄れていた緊張感がまた出てきちゃってさ、それを隠すのに必死になっていたせいかどんな話をしていたのか全然思い出せない

最寄り駅から都内の動物園に直行して、動物園を一通り回って園内で食事、そんで暗くなってきたんで病院に帰る、って一日だったはず

マジでどんな話をしたのか覚えてないんだよな

ただ、別れ際に「良い日になりました、また外に連れて言って下さいね」って言われたのだけはちゃんと覚えてる

もう、すごく嬉しかった


俺は一日中緊張感を相手にするのでいっぱいになっていて、アカリの相手がちゃんとできていたかというとそんなこともなかったと思う

それでもアカリは楽しめたようで、また一緒に外出してもいいって言ってもらえたのが本当に嬉しかった

その日の夜もお互いゲームにログインしてチャットしたけど、俺がめちゃくちゃ緊張していたことはバレていたみたい

車椅子を通して緊張感が伝わって来て少し怖かったから次はどうにかしてくれって怒られたよ

あ、もちろん怒られたなんて冗談でだよ



26 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 13:18:46.23 ID:1I9HkUGA

その時にやっと気が付いたのか、言い加減目を逸らせなくなったのかは、今の俺には分からない。

ただ、このままではまずいっていう直感だけは強く感じた。

身体は正直なもので、知らぬ間に全身に冷や汗をかいていた。


意識してしまってからは、それはもう悲惨だった。

腹痛という名の悪魔の囁きが耳に響くんだ。

「出しちまえよ」 ってさ。

苦痛から解放されることを考えれば、あれは天使だったのかもしれない。


俺は叫びたくなった。叫ぶことで苦痛を少しでも和らげたかった。

でも、甘さを見せた瞬間、俺は負けるって思った。

歯を食い縛って、寄せては返すあの荒波をどうにか乗りこなそうとしていた。

「抗っちゃだめだ、波に逆らうな、支配しろ」

って自分に言い聞かせてな。



27 :サトウ :2021/07/31(土) 13:23:27.53 ID:UWYUYiJ5

ゲームの中ではお互いすごく自然な会話ができていて、不思議だねって笑い合ってた

で、もうその日のうちに次の外出予定も決めたんだ

それからは大学の講義中もアカリをどんなところに連れて行こうかってことしか考えていなかったな

水族館とか遊園地とか美術館とかに行くこともあれば、街をぶらぶらして終わることもあった

遠出は許可されなかったんで、電車で片道2時間の範囲がぎりぎりだったけどな


そんな感じで3カ月くらい経った頃なんだけどさ

チャットしていたらいきなり遠出がしてみたいって言われたの

場所を聞いてみたら片道4時間の距離があるところだった

そこに両親の墓があるから墓参りしたいって


アカリとの外出にも慣れてきていたから遠出すること自体に不安はなかったんだけど、許可されるとは思えなかったんだよね

それまでに主治医さんから外出の許可をもらうときに何度か遠くてNGを出されたことがあったからさ

だから今回も駄目だと言われるんじゃないかって聞いたら、もう許可は貰っているって言われた

それでその日は外出日の予定を決めてさよならしたんだ

遠出だったから俺の予定も少し先にならないと空けられなくてさ、2週間くらい先の日程になちゃったんだ


その翌日なんだけど、アカリがゲームにログインしなかった。

その次の日も。



28 :名無しさん :2021/07/31(土) 13:29:58.30 ID:lKt6aFNO

あっ......



29 :名無しさん :2021/07/31(土) 13:31:11.68 ID:xeOJxmYQ

そういう話だと思っていたけど、やっぱりそうか......



30 :名無しさん :2021/07/31(土) 13:32:16.43 ID:u6El12h5

今北産業



31 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 13:33:37.10 ID:1I9HkUGA

>>30 

違和感を覚えて

電車に乗ったら

腹痛に襲われた



32 :名無しさん :2021/07/31(土) 13:35:29.13 ID:xeOJxmYQ

>>30 脱糞野郎のことは忘れてくれ


ゲーム仲間の女の子(ずっと入院中)と仲良くなって

リアルで会うようになったら

女の子がゲームにインしなくなった



33 :サトウ :2021/07/31(土) 13:38:10.67 ID:UWYUYiJ5

アカリがゲームにログインしないのって本当に珍しくて、それも2日連続なんてなかったはずなんだ

いつもは決まって日曜日に外出したりお見舞いに行っていたんだけどさ、すごく不安になって平日にお見舞いに行ってみた

アカリの病室のネームプレートが外されててさ、受付で聞いてみたら容体が急変して今朝方、まだ深夜に亡くなったって言われた


唐突すぎたけど、結構あっさりと現実は受け止められたよ

話に出したことはないけど、アカリがどんどん弱っていっているのは気が付いていたからさ

外出を始めた頃は両腕で身体を浮かせて車椅子に座る姿勢を治したりとか、段差とかで車椅子が揺れたときでも自分の力で姿勢を保ったりできていたんだけど

どんどんそういう力が出なくなってきていたみたいで、車椅子の背もたれに身体を預けて首の向きを変えるだけで精一杯ってな感じになってた

そんな状態でも外には出たいみたいでさ、病院に戻って来てからはいつも「次はあそこに行きましょう」って楽しそうに話してたんだ


俺が初めてアカリの死を覚悟したときの話なんだけど、病院近くの公園で芝生に寝そべりたいって言われたことがあってさ

ベッドから車椅子に乗せたり、その反対の介助の仕方は看護師さんの動きを見てたから知ってたんだけど

そのときはどう動こうかって少し悩んでたらお姫様抱っこを所望されたんだ

ドキドキしながら身体を持ち上げてみたらゾッとしたよ

人の身体ってここまで軽くなれのか、ってさ

腕とか背中とか、体を触っているっていうか骨を触っているような感触に思えて、本当にゾッとした

アカリが人じゃない生き物のように思えたよ

そのまま芝生に横たえてあげたら寝ちゃってさ

寝息も全然立てないで、死んでしまったんじゃないかってすごく不安になった



34 :サトウ :2021/07/31(土) 13:44:36.36 ID:UWYUYiJ5

そんなこともあったから、遠くないうちにアカリは死んでしまうんだろうなって思ってた

当然アカリも分かっていただろうけど、不安だったり病気の事だったり、アカリが自分から口にしたことは一度もなかったんだ

だから、俺から話に出すこともなかった

アカリが死ぬことを受け入れているのなら俺から言うべきことは何も思いつかなかった

ただアカリがやりたがっていることを手伝ってやるだけでいいんだって思ってたんだ


そんなわけで心構えみたいなものが出来てたから、突然アカリがいなくなってもただ「そっか」っていう感じだった。

もちろん、少しは衝撃を受けてたからさ、しばらく病院のロビーでボーっとしていたらアカリの主治医が俺を見つけてくれてさ

時間があったら話がしたいって言われたもんだから応じた


主治医からはアカリの病気のこととか両親の事とか教えてもらったよ

アカリはもともと身体が弱くて、本当にずーっと病院で生活していたみたい

ご両親はよくアカリを色々なところに連れ出して行ってあげていたらしい

だけど、外出をしているときに交通事故に遭って

それでご両親は亡くなってしまって、アカリの足もその後遺症で、って話だった

アカリからは足のことも生まれつきって言ってたけど、そうじゃなかったんだよ

親戚もいたけど、みんな高齢で地方に住んでいるらしくってアカリの世話ができる人はいなかったんだ


アカリの入院費用は両親の生命保険含め遺産で賄えていたんだけど、それだけで誰も見舞いが来ない入院生活を送っていたんだって

アカリの病気は年を重ねるうちにどんどん悪化していくものだったみたいで、いよいよ余命半年ってくらいになって終末期医療に切り替えたらしい

それでアカリはオンラインゲームを始めるようになって、俺と知り合ったんだ



35 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 13:51:28.50 ID:1I9HkUGA

現実逃避を始めていた俺は、気付けばサーファーが波を乗りこなす方法を検索していた。

そんな情報が役に立つわけもなく、たまらず電車を降りたんだ。


「どんな駅にもトイレはある」

それは木の枝を離れたリンゴが地に落ちるが如く、宇宙の真理だ。

少なくとも俺はそういった認識を持っていた。

勿論、秘境駅なんかはその限りではないだろうが、そこは都内だ。

だからその可能性が頭を過ることなんて起こりえないんだ。


幸いなことに短めだった階段を降りて改札を抜け、トイレを探し回る俺を絶望が叩きのめした。

「トイレがない駅が都内に存在する」

その事実を俺が受け入れるのには長い時間が必要だった。

小さな駅の構内でトイレを探してとフラフラとうろつく俺はさぞかし滑稽だったろう。


だが、俺の心の中ではそれはそれは白熱した、括約筋部門のボディビル選手権が行われていたんだ。

選手は俺のみ、いや「俺達」のみ。客席から浴びせられる声援に俺達は全力で応える。

声援を送るのも当然「俺達」だ。鳴り止まぬ声援を俺達は送り続けた。

全身の筋肉は意識せずとも緊張と弛緩を繰り返し、オイルを必要としないほどに冷や汗で強く照っている。

しかし、集中すべきは括約筋のみ。

括約筋と言っても、内肛門括約筋と外肛門括約筋があることを後から知った。

内肛門括約筋は意識的に絞めることもできない筋肉とのことだが、この時の俺は人の意識というものを超越していたらしい。

俺の知らない括約筋の存在を確かに感じ、そいつが俺の呼びかけに応えてくれた気がした。

身体の内に確かな希望を感じた俺は公衆トイレを探すことにしたんだ。

限界の先で湧き上がる余力に頼もしさを覚える一方で、俺の貧弱な括約筋賛美ボキャブラリーが尽きた瞬間、決壊は免れないという確信もあった。



36 :名無しさん :2021/07/31(土) 13:59:10.88 ID:xeOJxmYQ

脱糞野郎の空気の読まなさ本当にすごいんだが



37 :サトウ :2021/07/31(土) 13:59:60.72 ID:UWYUYiJ5

>>36 俺は俺で続けていくぞ


アカリの話を一通り聞いた後、主治医が日記帳を渡してくれたんだ

アカリが毎日書いていたもので、死んだら俺に渡してくれって頼まれていたらしい

日記帳を受け取った後、死体安置室に通してもらってアカリとの別れを済ませてきた

人の死体を見るのは初めてじゃなかったんだけど、死化粧をしていない死体は初めてだった

元々白かった肌はひたすら無機質で蝋って感じになってた。体も冷たくて弾力が無くって、本当に蝋を固めた人形って印象だった

表情は安らかと言っていいのか分からないような無表情だったから、医者にどんな最後だったんですか?って聞いたら

夜中、誰も見ていないときに心肺機能が停止したんだってさ

終末期医療に入るときに心肺停止時の蘇生は試みないってことにしていたらしく、そのまま死亡が確認されたみたい



38 :サトウ :2021/07/31(土) 14:04:32.05 ID:UWYUYiJ5

それまでは不思議と悲しみって感情が無かったのに、その話を聞いたらいきなり涙が溢れ出してきてさ

生まれつき身体が弱くて、両親も歩く自由も事故で失って、最後は誰にも看取られずに死んでしまうって悲しすぎるだろ


俺さ、なんとなく最後は自分がアカリを看取ってやるんだろうなって思ってたんだ

アカリが本当に最後を迎えそうになったら大学の授業も全部休んでバイトも辞めて、ずっと病院で寝泊まりしてやるって決めてた

アカリには反対される気がしていたけど、そんなものは無視してやるって思ってた

アカリとの外出を始めたころにさ、人と一緒にいるのは楽しいですねってアカリがぽろっと零したことがあるんだよ

何だか悲しそうな顔で、独り言くらいの声量で

普段のアカリの言動から少し外れている気がしたから、俺は聞こえなかったフリして「なに?」って聞いてみたら

アカリは「なんでもないですよ」ってさ


多分そのときからだろうな、できる限りアカリに尽くそうって本気で思ったのは

絶対に最後まで一緒にいてやるって決めてたんだ

自分でも驚くくらいの固い決心だったと思う

だからさ、アカリを一人で死なせてしまった自分がほんとに許せなくて、すごく悔しくて

もう何処にも行けなくなってしまったアカリの手を握ってしばらく泣いてたんだ

ずっとアカリに謝っていたと思う


主治医も不憫にでも思ってくれたのか、いつの間にかいなくなってたよ

どれくらいそうしていたのかは分からない

俺の体温で暖められたアカリの手から冷たさを感じなくなっていたから、このまま握っていれば生き返るんじゃないか?とか馬鹿なことを考えていた記憶もあるな


しばらくして俺も落ち着いて、受付に急いで戻ってから安置室の施錠を頼んで帰宅した

家でも少しぼんやりとしながら過ごしてから、アカリの日記を読む決心をしたんだ

なかなかその決心がつかなかったんだけど、どうにかなった

日記を読まずにいれば、まだアカリと対話できる余地が残っているというか、俺にとってまだアカリを知る余地が残っているというか

とにかくまだ新鮮な気持ちでアカリと向き会える機会が残せる気がしていたんだ



39 :サトウ :2021/07/31(土) 14:13:15.40 ID:UWYUYiJ5

でも、死んだら俺に渡してくれっていう遺言には当然俺に読んでほしいっていう想いもあるだろうって考えたら、やっぱり読まなきゃって気持ちになったんだ

日記には俺と出掛けた日が毎日記録されていた


「日記を用意するのが遅れてしまったので、動物園と美術館に連れて行ってもらった日は省きます」

「思い出して書くこともできますけれど、また連れて行ってもらえば良いのでその時にまとめて書くことにします」

最初のページにはそれだけ書かれていた


「今日は水族館に連れて行ってもらいました。館内は暗く涼しく、車椅子の移動も他の方々の迷惑になることもあまりなく、とても落ち着けました」

「水の中を泳ぐ感覚とはどの様なものなのでしょうか?歩く感覚すらも忘れてしまった私には浮遊感というものが全く想像できません」

「介助されて入るお風呂では浮くことなんてできませんし、サトウさんにはいつかプールにでも連れて行ってもらいましょう」


「今日はショッピングモールに連れて行ってもらいました。私が子供の頃にはああいった施設は無かったので、まず大きさ自体に驚きました」

「通路沿いには服屋が多くて、年甲斐もなくはしゃいでしまいました。試着を手伝ってくれた店員さんにも、両腕いっぱいに紙袋をぶら下げながら車椅子を押してくれたサトウさんにも感謝が絶えません」

「思えばお店で買い物をするという行為自体、いったい何年振りでしょうか」

「フードコートで食事したり、ペットショップで犬を撫でたり、映画館で映画を見たり、できることがまだまだ沢山ありそうなのでまた連れて行ってもらいましょう」


「今日は食べ歩きというものに挑戦してみました。私はそんなに食べられなかったし、歩いてもいませんが、特に目的もなく街並みを眺めているだけなのに不思議と充実感のある一日でした」

「2人いるのに買うのは1人分で私が少し食べた後はサトウさんにお任せ、というのはお店にもサトウさんにも失礼な気がしましたが、ワガママを言わせていただきました」

「小さい頃、外食先で私が一人前を食べきれないので母親がそうしてくれていたことを思い出します」

「今はもう食事を制限する必要などないのですが、身体に不調をきたすのでは?とつい考えてしまうのが残念です」

「許されるのであれば、京都や奈良などにも行ってみたいものです」


こんな感じで、外出した日には日記がつけられてるんだ

後半になると書かれている内容も多くなって、1日に3行のスペースがある日記帳なんだけど日の区切りなんて無視するようになってる

どんどん筆圧が弱くなっていって、消しゴムをかけるのが辛くなったのか、ある日から誤字が黒く塗り潰されるようになっているのが悲しいな



40 :サトウ :2021/07/31(土) 14:20:29.80 ID:UWYUYiJ5

ある日を最後に日記帳は続きが無くなっていてさ、日記の代わりにURLが書いてあったんだ

あと、グーグルアカウントのメールアドレスとパスワードも

ログインしてドライブを見たらドキュメントが一つだけあったから読んでみた


ところどころ端折って、大体こんな感じっていうのを書くから少し時間を貰うぞ



41 :名無しさん :2021/07/31(土) 14:22:46.37 ID:xeOJxmYQ

おい、脱糞野郎、出番だぞ



42 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 14:24:19.99 ID:1I9HkUGA

>>41 なんだよ、ツンデレか?

仕方ねーから書いてやるよ。


腸が発する危険信号に身も心も支配されかけていた俺だったが、頭の片隅に残った僅かな冷静な部分が行動の最適解を導き出してくれた。

まずは現在地の確認だ。

織田信長が日本の半分ほどを手にできたのは尾張という恵まれた地盤があってこそだろう?

すなわち足元を固めることこそが第一歩であるべきだ。

それは直感であり、計算でもあった。

スマホの地図アプリを起動した俺は付近に公園を見つけた。

公園と同等の距離にコンビニも見つけることが出来た。


当然悩む、公園にはトイレがあるとは限ず、コンビニはトイレを開放しているかどうか不明だ。

尚も押し寄せる大波に苦しむ俺の心臓は鼓動を早め、脳に大量の血を送り続けていた。

クロックアップされた俺の脳回路は、それこそあみだくじを端から一つ一つ巡るかのように、繊細で確実な可能性の検証を行った。


大学で土木工学を専攻している俺は当然都市計画も学んでいる。

そのため、公園の付近にある施設や人口、人流、公園自体の規模などを一つ一つ判断材料に上げ、フェルミ推定を実行することが出来た。

流石の俺でも自治体が定めるトイレ設置基準を調べる余裕がないことが分かっていたので、可能な限り現実的な数値を割り出すだけに努めた。

結果、目標の公園にトイレが設置されている可能性は80%と割り出されたんだ。

この時点で目的地は定まった、公園だ。



43 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 14:31:18.59 ID:1I9HkUGA

心の中のボディビル大会も、この時点で佳境を迎えていた。

ステージに立つ俺は残り5人、舞台袖には力尽き地に伏した俺達が転がっている。

声援を送り続ける俺達もそろそろ限界が近いことは分かっていた。


声援がただの罵声へと移り変わっていく中で、心の弱い部分が少しずつ姿を現す。

「諦めろ」と囁きかける弱い心を削ぎ落とすたびに、ステージ上の俺が一人ずつ膝を折っていくのが分かった。

最早思考すらも儘ならない中で、ふと思ったんだ。

最後に残った俺は何を思うのだろうかと。

自分を削ぎ落とし続けた先には何が残るのだろうかと。


揺るぎない決意が残るのか、身を削がれ続けた空っぽの俺が残るのか。

決意以外の何かが残るのであれば、その時こそが終わりだ。


俺は間違っていた。

俺という戦友を失った俺がその絶望に耐えられるかは予想ができない。

何しろ、頭の中で俺が分裂したことなんてなかった。

最後の1人がいるから大丈夫なのではない、最後の1人になってしまうことこそ恐ろしいのだ。


気付けば審査員席にもいた俺達は全員が果てていた。

声援もいつの間にか聞こえなくなっている。

ステージ上立つ俺も、残すところ2人となった。


そして、片方の俺が崩れ落ちる。



44 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 14:38:24.03 ID:1I9HkUGA

その瞬間、俺は解放された。

脳内で分泌される快楽物質は俺を楽園へと誘った。

心の中のボディビル会場もいつの間にか消え失せていた。

あるのは遠い地平線と平坦な大地のみだ。

俺は何かに突き動かされて歩みだした。

呼ばれている気がしたんだ。


しばらくしてそれが視界に入ってくる。

俺はそのまま歩み続け、ついには触れることが出来た。

俺を呼んでいたそれは、白く輝き優雅な曲線美と重厚感が安堵をもたらしてくれる、あれだ。

それに座ると、確かな安心感を感じた。

まるで大地に根を張る大樹に身を預けているかのように思えた。


そんな多幸感に包まれた俺は、同時に敗北も悟っていた。

だって、俺が辿りついた記憶はなかったんだから。


しかし、おかしい。

待てども待てども、下半身を侵略するはずの不快感がやってこないのだ。

俺はいつの間にか瞑ってしまっていた両目を恐る恐る開いた。

そこは、俺の記憶にない場所だった。

狭く、暗く、どこか重苦しい空気感が漂うそこは、そこは...



45 :サトウ :2021/07/31(土) 14:45:20.07 ID:UWYUYiJ5

悪いな、遅くなった

アカリからの言葉はこんな感じだ


「文字を描くのが辛くなってきてしまったので、こちらで残します」

「最初に、サトウさんにはとても感謝をしています」

「文字にすると薄っぺらく感じてしまいますが、本当に感謝をしています」

「これを読んでいただくのは私が死んでしまった後ですので、面と向かって言えないようことも色々書いていきます」


「サトウさんは、私たちが初めてお話しした時のことを覚えていますか?」

「病院でじゃないですよ、ゲームの方でですよ」

「私はよく覚えています」

「何度かパーティを組んだ後だったのでお互い名前くらいは憶えていた頃かと思いますが、ボス戦の立ち回りでアドバイスをしてくれましたね」

「個人チャットが飛んでくるのは初めてだったので、この時の私はかなりびくびくしていました」

「看護師さんやお医者さん以外の方と言葉を交わしたのが何年振りか分からないほどだったので、ちょっとやそっとの緊張ではありません」

「足を引っ張っているのは自分でもわかっていたので怒られるのかと思ったのですが、とても丁寧な言葉でやり取りをしていただきましたね」

「久々の他人との交流に、画面を通してチャットしているだけなのにとても気分が高揚していました」

「返事をお返しするときも、誤字はないか、失礼な物言いになっていないかと何度も見直していたので、すごく時間がかかってしまいました」

「それでも、サトウさんは文句も言わずに私のペースに合わせてくれて、いい人だなあと感激しました」

「MMORPGのチャットは暴言も多いということは知っていたので、そのギャップもあって余計にそんな風に感じていたんだと思います」


「その時から、ゲームがすごく楽しくなりました」

「サトウさんは大体決まった時間にログインされていたので、その時間にはロビーで待っていたり、一緒にゲームが楽しめるように下手に武器素材を集めたり、レベリングしないようにしていました」

「生産職にハマりだしたって言ったことがありましたけど、あれは嘘ですよ」

「時間を潰していたらいつの間にかレベルがカンストしていただけです」

「ダンジョン攻略後に何をするでもなく雑談しているときが何よりも楽しい時間でした」

「病院から出られない私は当然大学に通うこともバイトをすることもできないので、サトウさんの日常を共有していただくのが毎日の楽しみでした」

「そんな時に、サトウさんから外に連れ出してやると言っていただいたんです」

「元々、主治医とは終末期医療の相談をしていました」

「ただ、特にやりたいこともなかったので病院で時間を潰すだけの毎日でした」

「ですが、サトウさんと外出することを考えたら、行きたい場所ややりたいことが色々と湧いて出てきました」


「初めてお会いする日には頑張ってお化粧しようとしたんですが、慣れていないもので上手くいかず、サトウさんがいらっしゃったときは急いで下手な化粧を落としているときでした」

「結局、着替えを手伝ってくれた看護師さんにお化粧もしていただいてしまいました」

「2回目の外出からは自分でできるように頑張って練習しましたよ」

「サトウさんは想像通りの優しそうなお顔をしていらっしゃったので安心しました」

「お化粧が上手くいかず慌てていたこともあって失礼なことを言ってしまった気もしますが、あの時はそれだけ混乱してしまうくらいには私もあたふたしていたんですよ」

「その日に病室や動物園でお話しした内容は、申し訳ありませんがほとんど覚えていません」

「同世代の男性との会話、肌を刺す太陽の光や体を撫でていく風、動物園の獣臭さも、街中を行き交う車の排気ガスの臭いでさえ、私にとっては全てが新鮮で、感じたものを処理するので手いっぱいでした」

「病院に帰ってベッドに身体を預けると、自分の家に帰ってきたような安心感と一日の充実感でいっぱいになりました」

「長年、ベッドには縛り付けられているような嫌な感覚しか抱けませんでしたが、慣れない外出で得た刺激は病院のベッドこそが自分の居場所だと感じさせるほど強烈なものでした」

「それからはベッドの上でも行きたい場所を調べたりお化粧の練習をしたりと、ただ寝そべって無為に時間を浪費するだけの生活とはおさらばできました」


「以前、病院近くの公園に連れて行っていただいた際、車椅子から降ろしていただいたことがありましたね」

「暖かく柔らかな芝生が優しく身体を支えてくれて、とても気持ちがよかったです」

「あの時は、こんな感覚の中で死んでしまえたらと、ふと思ってしまいました」

「その頃は体の衰弱が進んでいたこともあり、サトウさんにも私がいつ死ぬか分からないということをお伝えしなければと思っていました」

「それからは毎回お会いする度に伝えようとはしていたのですが、結局言いだすことが出来ませんでした」

「会っていただけなくなるかもと考えてしまい怖かったのです」

「会っていただけたとしても、それまでと同じ空気感でいられなくなるのが怖かったのです」

「死というものを真面目に考えるようになり、そこから逃げたくて仕方がなかったのです」


「ここ最近は体力の低下が著しく、本当にいつ死んでしまうか分からない状態になってしまいました」

「ですので、こんなものを書いて残しています」

「いつもいつも我儘を言ってばかりで申し訳ありませんでした」

「以前、互いの我儘を許容できる関係性を作ることが上手くいく恋愛の秘訣であると、本で読んだことがあります」

「当然、私は恋愛などとは無縁の人生を送ってきました」

「ごっこ遊びでも構わなかったので、そんな関係性を楽しみたかったのです」

「なので、サトウさんからも我儘をぶつけてほしかったのですが、自分を恋人のように思ってくれなどとは恥ずかしくて言えたものではなかったので、そこは早々に諦めました」

「サトウさんは何を言っても受け入れてくれたので、どうせならと思い好きなだけ自由にさせていただきました。本当にありがとうございます」

「まだまだ行きたい場所もやりたいことも沢山ありますが、神様は私の我儘を聞いてくれないみたいです」

「何もしてあげられない、何もお返しができない、こんな女を相手にしてくれてありがとうございました」


「最後になりますが、主治医が私の後見人をしてくれています」

「私の貯蓄、貯蓄と言っても両親の遺産なのですが、葬儀費用など諸々を差し引いた残りの何割かを主治医に、そこからの残りはサトウさんにお渡しするようにお願いをしました」

「今まで色々なところを連れ歩いていただいてきっと出費も多かったでしょうし、私がお返しできるものはこれくらいしかありません」

「味気も色気も何もなくお恥ずかしい限りですが、受け取っていただけると嬉しいです」


「本当にお世話になりました」

「サトウさんのこれからの毎日が素晴らしいものになるよう、祈ります」


46 :サトウ :2021/07/31(土) 15:06:11.88 ID:UWYUYiJ5

こんな感じの文章が残されてた


アカリはいつも凛としていて、傍目から見たら本当にいいところのお嬢様って感じだったんだけどさ

これ読んで自分が思っていた以上に女の子だったんだなって思った

いつも余裕たっぷりって感じの雰囲気をまとっていたのに、実はいっぱいいっぱいだったなんて可愛いよな

そういう姿を見せるのが恥ずかしかったんだろうか?


俺としては十分に仲良くなったつもりだったんだけど、アカリの上っ面しか見られていなかったってのが悔やまれる

恋人のふりでもなんでも、ていうか恋人になってくださいなんて言われたら二つ返事を返したんだけどな

結局は俺の方から壁を作っちゃってたんだろうな

書いてあった通り、アカリは普通に人と出掛けたり話したりすることすらも、何年振りかってレベルだったんだ。そりゃ緊張もするよ

本当は俺の方がもっと余裕をもって、アカリが安心できる状態にしてやるべきだったんだけど、俺自身がガキ過ぎた

無駄に緊張して、必要以上に使命感みたいなものを感じちゃったりしてさ

アカリもそれを感じて、身を引いちゃったんだろうな


俺はアカリの願いはできるだけ叶えてやりたいって思っていたのに、アカリ自身も我儘言おうって思ってくれていたのに、それでも我慢をさせていた部分があったのが悔しいよ

文章の最後を事務的な内容で括っている辺りは、俺が感じていた通りの生真面目なアカリの性格そのままって感じで少しほっこりした



47 :サトウ :2021/07/31(土) 15:11:32.64 ID:UWYUYiJ5

翌日にはまた主治医と連絡を取ってさ、葬儀の話とか、遺産の話とか色々した

お金が貰えるから嬉しいみたいな感情はもちろん無かったんだけどさ、アカリが俺に渡すっていうんだから貰うべきだと思ったんだ

いざ額を確認してみると結構な大金で少し躊躇したけどね

使い道は考えてあったんで主治医と会ったときにもその話をしたよ

無駄遣いは絶対にしたくなかったし、意味のある使い方をしたかった

もう死んでしまっているけれど、アカリのためになるような使い方にしたかった


で、何に使ったかというと俺が医師免許を取るために使った

医者になりたいわけじゃなくて医学の研究がしたかったんだ、だから臨床医じゃなくて研究医志望な


アカリが言っていたんだ、自分の病気は先天性のもので、現代医学では治せないって

だから、そんな病気も治せるよう医学を発展させてやりたいって思ったんだ

アカリは病気のことを詳しく教えてくれなかったからさ、主治医にアカリの病気のことを色々聞いたんだ


で先日、医師免許が取れて、大学病院での研修が決まったんだ

長かったな

元々勉強は苦手ではなかったけど、やっぱり医学部に入るのは話が違ってさ

大学を辞めてから3年間勉強してやっと医学部に入れたよ


俺の話はこんなもんだ

色々頑張って来て一区切りついたもんで、話したくなったんだ

質問あればどうぞ


48 :名無しさん :2021/07/31(土) 15:18:10.65 ID:lKt6aFNO

アカリさんの一番かわいいエピソード教えて



49 :サトウ :2021/07/31(土) 15:19:13.13 ID:UWYUYiJ5

>>48 猫カフェ行った時かな

動物園に行った時もそうだったんだけど、アカリは動物には好かれる質みたいでね

車椅子に座った膝の上で丸まった子猫を撫でながらすごく幸せそうな顔しててさ

見ているこっちも幸せな気分になったよ

俺には全然猫が近づいてこなかったのは悲しかったけど



50 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 15:21:13.23 ID:1I9HkUGA

>>47 俺の話も締めていい?



51 :サトウ :2021/07/31(土) 15:22:20.26 ID:UWYUYiJ5

>>50 しっかりと締めてくれ



52 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 15:23:33.66 ID:1I9HkUGA

良く見ると、そこは公衆トイレの一室だった。

俺は朦朧とする意識の中で、ちゃんとゴールに辿り着いていたらしい。


心の中で分裂し、もう消えてしまっていた俺達に礼を言ったよ。

ステージでギラギラと黒光りしていた俺達や、そんな俺たちに声援を送り続けていた俺達にさ。

あと、忘れちゃいけないのが審査委員席にいた俺達だ。

後から気付いたんだが、俺の中の冷静な部分は多分あの俺達だったんだよ。

ステージ上の俺も、ギャラリーの俺も、みんな自分の役割で精一杯だった。

熱気に満ちた会場の中で冷静さを保っていたのなんて、鋭い眼光で最後まで俺達を審査し続けていたあの俺達しかいないからさ。

思わぬ俺に助けられたんだなって、俺に感謝したよ。


様々な俺の頑張りを噛み締めた俺は、やっと現実の俺に向き直ったんだ。

いつまでもこうしてはいられない、ってな。

なんせ結構時間が経ってしまっているから、そろそろ清めてやらないと、ってな。


で、気が付いたんだ。

紙がない、ってな。


一難去ってまた一難だ。

想定していなかった事態に相当慌てた。

でもさ、やっぱり俺を助けてくれるのは俺なんだよ。


思い出したんだ、朦朧とする意識の中、駅で配られていたティッシュをほぼ無意識に貰っていたのを。

ああいうのって、何か他のことに集中しているとついつい受け取っちゃうらしいな。

上着のポケットを漁ると、やっぱり出てきた。

神の存在を感じたよ。いや、この場合は「紙」かな。

握りしめられてぐしゃぐしゃになっていたし、やっぱり「紙」だな。

ただ、そいつで俺は事なきを得たんだ。



53 :名無しさん :2021/07/31(土) 15:32:25.15 ID:3wjUmyjc

>>52 13時過ぎくらいにはまたトイレに入ってなかった?



54 :脱糞野郎 :2021/07/31(土) 15:33:36.19 ID:1I9HkUGA

>>53 よく覚えているじゃないか。


そうだ。

奴は波なんだ。

波とは寄せては返すもの。

すなわち、一度は過ぎ去った波がもう一度俺を襲いに戻って来たんだ。


こいつもまた手が付けられないビッグウェーブでな。

俺はその時近くにあった公園のトイレに駆け込んだわけだ。


で、気が付いたんだ。

紙がない、ってな。


XXX町の〇〇〇公園で、俺は待っている。

お前たちの協力に期待するぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

MMORPGで知り合った女の子とデートした話していい? @hebeemetal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ