くだらない話と、星と砂
「知ってる、サハラの砂がアマゾンを豊かにしてるんだ」
「へえ」
「へえ、て。驚かないのかい?」
「驚いたよ、へえ、と。僕の最大の驚きの表現だよ」
水平に近い日差しが教室にさしていた。机も椅子も赤く染まるその景色をあと何度見ることができるのだろう、などという感傷を抱くわけもなく、少年たちはたわいない会話を続ける。
背は高く、ニキビの目立つその顔は存外整っているが、なにせその度のきつい眼鏡によれよれの学ランではどうも格好がつかない。極め付けは声だ。揺れる。少年の心の揺れを体現したら、まさにそのように揺れるのだろうと思えるほどな共振で、物理の授業で使った音叉をいつも思い出した。
一方で、もう一人はどうにも特長に欠けた見た目をしている。背が高いわけでもなく、特に端正な顔立ちでもなければ醜男というほどでもない、筋肉質ではないが、太ってはいないし、細身というのも少し違う。世界を平均したらきっと彼がそこから生まれる、そういう見た目をしていた。
ニキビが言う。
「サハラ砂漠とアマゾンってどこにあるかわかってる?」
「わかってるよ。地球だろ」
「間違いではないけどそういう話ではない」
「だって、地球だろ。僕らが今いるのだって地球だし、宇宙だし、時々はタクラマカン砂漠やゴビ砂漠から黄砂だって飛んでくるんだからさ、サハラ砂漠の砂がアマゾンを豊かにしたって、悪くはないと思うよ」
「良し悪しの話なんてしてないよ。たださ、そういうダイナミズムがわくわくするなって話だよ」
ニキビはうっとりと微笑み、赤くなった窓の外の街を見下ろす。
平均顔が、その様子を見てふーんと唸る。
放課後の教室という青春の舞台にはふさわしくない二人が、なんとも退屈な会話で
劇を彩る。黒板には六限の授業の板書がそのまま残されていた。
『地球の大気の酸素濃度は、約24.5億年前から徐々に増加してきた。しかし、それ以前の大気は酸素がほとんどなく、メタンや一酸化炭素などの還元ガスが主成分であった。この頃の地球の大気は、土星の衛星タイタンの大気に似ていたと考えられている。タイタンの大気は、メタンやエタンなどの炭化水素が主成分で、濃いスモッグ状の雲に覆われている。研究者たちは、南アフリカの2.65億〜2.5億年前の堆積物から、地球の大気中に有機性スモッグが存在していたことを示す証拠を見つけた。このスモッグは、微生物によって生成されたメタンや一酸化炭素が太陽光によって分解されてできたと考えられている。研究者たちはまた、光化学モデルを使用して、地球の大気がスモッグ状態とスモッグのない状態の間で遷移していたことをシミュレートした。この遷移は、原生代に生息する微生物の活動によって支配されていたと考えられている。これらの研究結果は、地球の大気が24.5億年前以前は、タイタンの大気に似たスモッグ状の雲に覆われていた可能性を示唆している。』
「時間と空間が混在しているのが好きなんだよ。地学って、案外面白いと思うけどな」
「僕は取らないよ。砂も星も好きだけど、本当に好きなものを顕微鏡や望遠鏡で観察したくはないんだ」
「それだけが地学じゃないっしょ」
「それは、そうだろうけど」
がらがら、と聞き慣れた音が鳴る。何十年も前に校舎が建てられた時から変わらない教室の引き戸の音だった。
「おーい、そろそろ帰れよー」
「あーい」
がらがら、と戸が閉まる。
「帰るか」
「ああ、うん。帰ろうか」
星が出てると良いね、とニキビは言葉に出さずに思う。平均顔も同じことを思う。けど、二人ともそれを言葉にはしない。
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