出鱈目な歌

 夜が深まる。星が輝く中、子供たちは出鱈目な歌を口ずさんでいた。歌詞には罪の意味を問う言葉が散りばめられていたが、当の彼らはただ星空を眺めながら楽しんでいた。

 夏祭りで人々は踊った。揺れていた提灯が一つ落ちた。重力に縛られることに疲れ、光が思い出に変わってしまう瞬間だった。

 彼らは恋をした。想いは彗星のように美しく、同じ光景を見ている大人たちも、少しさみしくなってしまう。記憶が呼び覚まされる。あったはずの過去。実際にはありもしない過去。不確かさの中に確かさを探す愚かさを自覚しながら、何度でも繰り返し同じ過ちをおかした。彼らもきっと同じ轍を踏む。それでも、美しいと思った。


「川の方まで歩こうよ」

「うん」


 暗闇の中では互いの表情すら曖昧で、捉え難かった。声に目一杯の感情を含ませた。喜び。微かな不安。緊張。単なる言葉ではないと信じた。子供たちの出鱈目な歌が遠ざかっていく。犬の遠吠えが聞こえる。山犬が里の近くまで降りてきた。新しい一族が形成されたらしいと、婆がいっていた。

 空気が湿っている。皮が近い。声が曇って聞こえた。

 右手を伸ばした。左手を握った。息を吐く。体温は冷たい。

 恋をするのは、空っぽな思想に吸い込まれていくような感覚だった。自分の中に空白を生み出すこと。アルキメデスがゲロンのために、砂の数をかぞえてみせたように。

 ぽっと、淡い光が照った。水音が聞こえた。


「蛍だね。今年は少し早い」

「いつまで見られるかな」


 星が落ちた小さな丘を越え、川が見えた。片割れを求め、無数の蛍が淡い光を明滅させていた。長いまつ毛をすべるように月の光が散る。少年は、少女の手を強く握った。



 祭りの時にすくった金魚が死んだ。すくった意味など、少しもないのかもしれない。憂鬱な気持ちが実体を持たずに漂っていく。線、線、面、面と面、白い世界が広がっている。本を出し、必然の海を泳いだ。言葉だけが確かな証だった。短くても、意味があったと信じたかった。泣いてしまいたい気持ちを抑え、あらためて言葉を継いだ。

 プリンターのインク切れの表示は、少年の言葉を、その意思を拒むようだった。心を蝕み、魂を深い闇へと誘っている弱い光。夏の日差しを忘れてしまった。どこかで何かが光っていた。でも、その光はもう届かない。

 窓を開けた。

 空には無数の星が瞬いていた。どこからか子供たちが口ずさむ出鱈目な歌が聞こえてきた。歌詞には罪の意味を問う言葉が散りばめられていた。少年ははじめて、その意味をはっきりと理解した。

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