あたしが見つけてあげる
「まあ、噂では聞いてたよ。ニュースでもやってたし」
「あのね、あたしのクラスメートだったの。そこまでは、ニュースで言ってはくれないでしょう?」
裾をつかんで歩いた。彼の歩くのが速すぎて、置いていかれるような気がした。少女はもう、置いていかれるのは嫌だった。立ち止まった。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
川辺でたたずむ鷺と目があった気がした。なんとなく、それが彼女だと思った。一足早く、自由になる。意味から。制約から。自由は空っぽで、どこにもつながらない。だが、鷺はかろうじて大地と繋がっている。完全ではなかった。
「俺もさ、中学の時の同級生が病気で。なんかさ、すっげえ簡単なんだよなあ」
——簡単って、なにが?
川の水は冷たい。空はどこまでも青い。だとしたら、この水はどこから流れてくるのだろうか。死んだ。彼女が死ななかった世界が、いまだにどこかにある気がする。パラレルワールド? そんなSFみたいな話じゃない。
クラス全体が、誰も、口にしないこと。
「もしかしたら、彼女はまだ、死んでいないのではないか」
「は?」
声に出ていた。少年の肩が緊張して高くなる。
「なにその口調、っていうか、なに言ってんの?」
「彼女ってさ、そう思わせる人だったの。静かな人だったから。それなのに、すごく存在感があって、だからまだどこかにいるって思っちゃうの。というより、いなくなってからの方が彼女の存在が際立つっていうかさ、みんな、という集団の中心に大きな穴が空いてさ、全体がドーナツみたいになっちゃったってこと。いないことでかえって境界線がくっきり浮かび上がってるんだよね。それって、あたしたちとの関係性の中では彼女は決して死ぬことができないってことじゃないかな」
「ふーん。よくわかんないな」
——別に、わかってなんかもらいたくなんてないよ。
裾から手を離した。
「ん、どうしたの?」
「なんでもない。ちょっと用事思い出したから帰るね。ごめんね」
普通の家庭で育ちました。両親がいます。弟がいます。祖父母は別々に暮らしています。でも時々、彼らの家に行ったり、彼らがこちらを訪れます。両親と祖父母は、どちらも良好な関係を築いているようです。家族には細々とした不満はありますが、一般的なレベルで見ればなにも不足はないと思います。父は少し頑固で、母は少し口煩くて、弟は生意気ですが、それも普通のことかと思います。平凡なあたしは、彼女のなかにもときどき平凡さを見出したのです。その瞬間が、彼女が一番輝いて見えました、そして、あたしの生活が唐突に幸福感で満ちたのです。平坦で、安穏としていて、春の晴れた日にピクニックにでも行って、サンドウィッチをむしゃむしゃ食べるみたいに、お腹いっぱいに幸せだって気持ちが溢れてきたんです。
「こんなふうに最高に幸せな時って、この幸せ終わらないで! って思うのかな。それとも、最高に幸せなまま死にたい、誰か殺して! って思うのかな? ねえ、どっちかな」
鷺は答えることなく、高く飛んだ。
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