いろんなことあった
「なら、ゆるしてあげる」
「うん」
差し出された手を、女は握りしめた。久しぶりに友人に触れ、相変わらず冷たい手をしているな、と思った。女の手はいつも不思議と熱を帯びている。だから、そうして触れ合うことで、ちょうどいい温度になった。
「声、かけてみようよ」
「え、まじで?」
駅のホームのベンチに座るふたりの青年。眼鏡の方はひょろりと背が高く少し猫背で、端整な顔立ちをしている。周囲の女は無視できないだろう。その相方は中肉中背、いかにも平凡を詰め込みましたという平均顔、誰からも嫌われないような容姿、という意味では完璧さを備えていた。
一度はそのまえをふたりで喋りながら通り過ぎたが、友人が女の袖をつかみ、ひきよせ、耳打ちしたのだ。
「でもさ、どうやって?」
「アハハ、わかんない!」
声をかけた友人の目的は長身猫背だった。何度かダブルデートするうち、いつしか女は平均平凡と意気投合し、あっさりと付き合うことになった。友人の方もいくらかうまくいっているようだった。容姿でいえば、女と平均平凡、友人と長身猫背、両方とも釣り合いがとれている、四人ともがそう思っていた。
「どうしてこうなった?」
「アハハ……、わかんない」
半年後にはそれぞれが付き合っていた。その半年後に友人と平均平凡が関係を持った。それぞれの友情は崩れ、友人と平均平凡があらたに付き合うでもなく、そこにあったはずの、美しいはずの、澄んだ、冴えた、透き通った水晶のような輝きが、どこかへと消えた。
六年経った。女のラインにはまだ友人の名が残っていた。駅のホームでベンチに座る学生のまえを通った時に、ふと昔馴染みの顔が頭に浮かんで、ラインの六年前から変わらないプロフィール画像を探し、見ていた。
ブブッとバイブ、画面上部から通知がおりてきた。友人からのライン。「向かいのホーム」の一言。スマホから顔をあげ、向かいのホームに目をやる。友人がそこに立っている。
――ああ、大人になったんだね。
目頭が熱くなる。忘れていたことが一瞬にして蘇り、ホームとホームの間から覗く青い空を見上げる。女は、それがいつのまにか結晶のような無垢な輝きを放っていることを知った。時の経過が不純物を削ぎ落し、純然たる透明度で女のまえにあらわれた。
今日が日曜日であることをほとんど忘れるくらいに、美しかった。
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