ふるえる君の手
「じゃ、またな!」
声を張り上げ、自転車で走り去る後ろ姿に向かって叫んだ。マフラーからはみ出した長い髪が風になびいていた。少女は振り返らなかった。
――付き合いたい理由なんて、そんなのひとつだけだろ! がり勉バカが!
少年は隣の自転車を蹴り上げた。すると、倒れた自転車が隣の自転車を倒し、またその隣を倒し、ドミノ倒しの要領で十台ほどガシャンガシャンと鈍い音を立てて倒れた。
数秒ほど呆然とその様子を見ていた。秋風が吹いた。
少年は我に返ると、一台一台、元通りに起こした。すべて直し、空を見上げると、東の空に、いくらか欠けた月がのぼっていた。もうすぐ満月だろうか。あるいは、これからもっと欠けていくのだろうか。
「模試の結果、出ましたよー」
夏休み最後の模試。高校受験はまだこれから巻き返せる。少年はそのことを理解しつつも、焦りがあった。県大会のベストエイトまで進んだことで引退が遅くなった。勝利は常に喜ばしいが、終わってしまえば輝かしい記憶がただ眩いばかりで、それ以外にはなにも残らない。特に、受験を控えた三年にとっては。
列に並ぶ。前に並ぶのは同じ中学の学年トップの女子。彼女の水準に至れば、県内有数の公立進学校も通るはずだ。少女は結果を受けとる、その内容を少年は覗き見る。B判定。
――こいつ、志望校どこにしたんだよ。
少女の成績から考えれば、ほとんどの高校がA判定だ。少年にもそのくらいわかる。少年が志望する高校ですら、おそらくはA判定だ。
「なあ、お前、志望校どこなんだよ」
「あなたには関係ないでしょ」
「……そうだな」
「そっちはどこなの?」
「A高校」
「なら同じ」
「え?」
少年もB判定。少女はそれとなく少年の手元を覗き見た。判定欄のBの字が、自分の判定欄に記載されているBの字とはまるで異なるアルファベットで綴られているかのように、歪んで見えた。
少女の模試結果が机にかげを落とす。机に書かれた犬だか猫だかわからないキャラクターの上で、光と影が交互に現れている。最後に、その絵は影に飲まれ、よく見えなくなった。
合格。発表の掲示板の前に彼女の姿はなかった。秋の終わりごろに別の塾に移った。受験寸前に志望校を変えたという噂は聞いた。都内の有名私立。少年の合格した公立進学校と学力は大差ないが、進学先の大学一覧を見ると、その学力は格段に上だった。
大学受験を目的とするような高校で、高校生活を楽しむことを前提とはしていない。彼女がその学校に合格したかどうかすら、少年は知らなかった。
中学三年で体育を除けばすべて五を取った彼女だ、推薦でとうに合格しているかもしれない。
学校で会っても、話すこともなかった。
卒業式、少年はちらとその後ろ姿を見た。長い髪がばっさり切られ、短くなっていた。
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