きょうはちょっとだけ
「何回が限界かな?」
「うーん。好きなら限界なんてないんじゃない?」
「でも、飽きってものがあると思うんだけど」
「それは、もしかしたら好きが足りないのかもね」
映画館で映画を見るのは楽しいが、何回も見に行く暇と金と体力を持ち合わせていなかった。だが、家で見るとなると話は別だ。ソファに座り、部屋を少し暗くして、映画館の気分を味わいながら楽しめる。しかも、何度でも。
男にとって最高の休日の過ごし方だった。
「それほどまでになにかを好きになったことって、あたし一度もないな」
「そういうもんか。ただ、それは少なくとも付き合っている男のまえで言うべき言葉じゃない気がするけどな」
「ううん。あなたは、そんなもののなかで一番好きだから、きっとそれでいいの」
「ああ、そうか、まあいいか。……うん、ありがとう」
取り込んだばかりの洗濯物を顔にあてて、においを嗅いだ。日曜の朝に母が干した洗濯物を取り込むのだけ手伝うのは、この瞬間のにおいが目当てだった。たった数年しか生きていないというのに、そのにおいをかぐたびに、懐かしいと思った。棘のある冬の空気が肌を刺しても、ベランダの窓を閉じ、バスタオルに顔をあてると、ぼろぼろと肌にささった棘が抜け落ちた。夏は、柔軟剤の香りがいっそう甘く感じられ、とけるような暑さが、かえって快い気がした。
ついでに母に褒められた。母は朝早く洗濯物を干し、すぐにコンビニのパートに出かけ、帰ってくるのはいつも夕方だ。その頃に取り込む洗濯物は萎びたせんべいのように物悲しい。少年は、午後の日のまだ高い頃、太陽の匂いそのままの洗濯物を、タンスに閉じ込めたいのだ。そしてそれはきっと、母も同じだ。無趣味な母の数少ない楽しみは、客がどの煙草を吸っているかを覚えることだった
「ポップコーン。もう一袋、開ける?」
暗い部屋で、コンビニの袋からがさごそとポップコーンを取り出し、背から開いた。男はその開きかたを見ると、いつも蝉の抜け殻を思い出し、夏のアスファルトを焦がすような熱を感じる。
バターの香りがひろがった。熱があまい香りを一層と際立てたのだと思った。
手と手が触れた。
女も飽きずに何度も男と同じ映画を見た。これで六度目だ。
手と手を重ねた。
ポップコーンを食べようとしているのか、手を触れようとしているのかわからない。同じ映画に、そろそろ飽き始めているのかもしれない。だが、男はそうは思いたくなかった。終わりなど、信じていない。
「うちらってさ、ホントにこれ、見てんのかな?」
「どういう意味?」
「うちらが見てるのってさ、ホントはもっと、別の映画なんじゃない? なんか時々、そんな気がするんだよね、あたし」
真昼の締め切った暗い部屋のなか、テレビが煌々と光を放っている。たしかに、繰り返しのようで、毎回違うものを見ているような気がした。
「全く同じものを見てるんならさ、一回も百回も結局は同じじゃん」
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