れきしとほしとし

「百三十七億年前なんて遠すぎるよ」

「そうかな。でも、人はもうそこまで手が届いちゃったんだよ」

「そこが世界の始まった場所?」

「じゃあ、その前は?」

「それ、永遠に続くやつじゃん。その前は? その前は? その前は?」

「どうだろ。やっぱ終わりはあるんじゃん?」

「そっか。そうかも。いつかはね」


 永遠への憧れなんて、なんて子供っぽいのだろう、と青年は思った。女が自分の年齢に引け目を感じているのと同様、青年もまた、自分の幼さに嫌気がさす。互いにその点を魅力に思っているにもかかわらず。


 カウンターに本を借りに来た学生に自分を重ねた。青年からすれば女よりも目の前の学生の方が年齢は近い。古代ギリシャの旅行記。真善、普遍性、永遠、そんなものばかりに憧れていた思想に感化されて現実をうちやり、ふわふわとした夢物語に乗って空を行く、宙を行く、闇を行く、そうしてたどりつくのは百三十七億光年果ての宇宙だ。と夢想してしばし迷子になる。自分の場所がわからない。横でディスプレイと睨み合う女を、青年は見やった。

 十二年。その距離が埋まることはない。いや、と青年は思い直す。


「相対性理論によると、速く動くものの時間は引き延ばされる。だからさ、ずっと走っててよ、僕は少しも動かないから」

「動かない人が、走ってる人に追いつこうだなんて。フフフ、おかしな話ね」


 女は小声で笑った。


「動かないことだって簡単じゃないんだから」

「そうね。走り続けるよりもずっと難しいかもしれないね」


 宇宙史は物理の世界。原子や分子がからみあえば化学の世界。複雑かつ大きな分子がからみあえば生物の世界。複雑な生物がからみあえば歴史の世界。複雑な歴史がからみあうと、最後に必ず図書館になる。

 青年は返却処理された本の山を図書分類ごとにカートに載せ、カウンターから出て書棚に向かった。振り返って女を見た。

 自然の摂理が最後にたどり着くその場所で、女は相変わらずディスプレイと睨み合っていた。そこには、本の貸出記録が時系列に並んでいる。貸出期限を過ぎた本を借りる利用者に対し、一斉にを送る。あなたはのだ、と。


「あなたが三十で、あたしが四十二よ。もっとよく考えた方がいい」


 脱出速度、そこに至るか否かが、不死を得られるか否かを決める。一番上の本を開くと、そんなことが書いてあった。長く一緒にいるためには、そういう方法もあるのか、青年は感心した。

 女に目配せするが、届かない。十二メートルの時差。だが、それならばいつでも埋められる。

 動かず追うのは、走って待つより難しい。言う通りだ、と青年は思った。

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