あかい葉かぞえて
「そろそろ冬かな」
「そんなに寒い?」
「ううん、じゃなくってさ」
女が手を差し出した。男はなるほど、と思う。手を握ると、ポケットにしまった。
街はどことなく浮足立っている。ハローウィーンの翌日には、クリスマスの準備が始まり、一週間もすれば煌びやかな電飾に覆われた緑の塔がすっくと立つ。ツリーというにはあまりに無機質で、金属的で、冷たい。なのに不思議と人の気持ちを温かくするらしい。電飾が灯ると、普段は夜空を仰ぐこともない人々も足を止め、頂点で光る星を見上げた。その人々の間を縫うように、ふたりは歩いた。
昔見た映画のこと。通った学校のこと。好きだったアニメのこと。家族のこと、友達のこと。たくさん話をした。いくらでも交わす言葉は尽きることがなく、絶えず互いに言葉が生まれていく。意識するより前に言葉が吐かれた。無思考のまま、たくさんの情報が飛び交っては吸収されてひとつになる。そうして差異が最小になったころに、手を強く握った。
「なんかね、言葉がなくても良いかもって時々思う。気持ちが通じ合えばさ」
「言葉なしでどうやってその気持ちを確認するの?」
「……むしろ、言葉だけでどうやって確認するの?」
女は男の顔を見た。男も見返す。ふと、遠い記憶が蘇った。
友人とふたりでマンションの屋上に忍び込むのはそれが初めてだった。親しくなったのは、ひょんなことがきっかけだ。体育祭の練習で、市立図書館の裏手にある公園にクラスで集まった時のこと。
中学生は飽きやすい、三十分で練習は終わり、方々で小さなかたまりになって喋り始めた。体育委員が三十分後に練習を再開すると宣言していたが、その三十分が過ぎても誰一人として動こうとはしなかった。
少年ふたりは池のそばの岩に座り、皆から少し離れた場所にいた。
「やっぱ、素朴な人が好きだな」
「わかる。なんか作ってるやつって興醒めする」
「だけど、ホントに作ってるかなんて見破れんのかな?」
「見破れるべ、嘘ってやっぱわかるじゃん」
「ああうん、わかるわかる。特に女子のは」
「うんうん。あざといのは嫌だよな」
池に斜めに張り出した枝から、葉が落ちて水に流れていく。
「ちょうどあのあかい葉みたいに、自然に、流れるように生きている人って魅力的」
「わかる。流されると流れるの微妙なところにいる人ね。あまりに上手に流れてる人ってのは、ちょっとね」
「そう、それ。星が輝くのと似ているかな。ただ、そうでしかありえない」
「え、ああ、もしかして星好き?」
「好きだよ」
「なら今度うちに泊まりに来なよ。マンションの屋上に忍び込めるんだ」
「一晩に、最大いくつの流れ星をみたことある?」
川べりまで歩くと人が減った。夜のせせらぎは音が澄んではるか遠くまで届く。清い流れに誘われるように、ふらふらとふたりは歩く。手前の支流にたどりつくと、女がおもむろに暗闇を指さした。
「あそこ、枝が流れに張り出してるの、わかる?」
黒い影が川面に伸びていた。血が滴るようにあかい葉がゆらゆらと落ち、水に流れていた。
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