かみさまのきまぐれ

「どうして?」


 友人は青年に尋ねた。閉鎖された岩屋洞窟の手前で折り返して、さっき歩いたのとは違う神社のある道からおりていった。こっちの道のほうがずっと人が多い。奥津宮のあたりで小学生がしゃがんで猫を取り囲んでいた。展望灯台付近には老若男女、国籍問わず様々な人が入り乱れていた。

 上まではエスカレーターがあるためどんな人でも行けるが、岩屋となると足を使う必要があり、人を選ぶ。急な階段とその高低差は年寄りには辛い。

 そんな場所から戻ったせいか、随分と賑やかに感じられた。

 そこからさらに二人は中津宮までおりた。とどまる人は少なく、参道をのぼった先の辺津宮や展望灯台にばかり人が集まる。中腹にある中津宮は他の場所より少し暗い気がした。


「わからないけど、ああやって祈るんだから、それだけの理由があるってもんじゃない?」


 中津宮で祈願する女の後ろ姿にひかれたのは、青年の友人だった。二拝二拍手一拝。ゆっくりとした動作は、一つひとつに祈願成就の成否が掛かっているといわんばかりの丁寧さだった。願いの強さ、思いの真剣さを物語っている。と友人はいう。

 青年が脇道から社の前へゆっくりと歩きだそうとすると、友人が腕を差し出し、彼の動きを制した。


「もうちょっとだけ、待って」


 女はしばらく首を垂らし、手を合わせていた。そのうちおもむろに振り返ると、参道の端を音も立てずおりていった。二人は社の前に立ち、神様に背を向け、階段をおりる女の後ろ姿を見送った。


「知らない人だけど、そういう誰かの願いのために祈るって、ちょっと素敵じゃない?」

「うーん。まあよくわかんないけど、良いよ、祈るくらい」


 賽銭箱の前で二人は並んで立った。申し合わせた訳でもなく、ぴったりのタイミングで二人は二回、おじぎした。乾いた音が、パン、パン、と響き渡った。そして手を合わせたまま、知りもしない女のために祈った。

 目をつむると、海の香りと音を感じる。水族館でタコクラゲと一緒に回転している。ぐるぐる、ぐるぐる。よるべなくただ回る。根無し草のように頼りない。無意味な妄想の波が心地良いから、青年はそれに身を委ねるのも良いと思った。クラゲのように、流されるように、水になったかのように。


 中津宮から辺津宮までおりるとさすがに人が多かった。観光地というだけあり、飛び交う言葉も様々だ。とりわけ、アジア系が多い。


「こっから遠いか?」


 中年の気さくそうな男が、唐突に話しかけてきた。


「どこまでですか?」


 友人が訪ねた。


「頂上までだよ。遠いか?」

「すぐですよ」

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