星と実験
朝が来たのかと見紛うほどの明るい光が、その星の半分を覆った。スクリーンに映し出された火の玉を目にした観測者たちは、一様に落胆しているようだった。
「また失敗か」
と誰かが言った。
「分岐が多すぎるのです。非決定性チューリングマシンによって多項式時間で解くことができるとはいえ、アルゴリズムの劇的なイノベーションが起こらない限りは、どうにも手の打ちようがありません」
「博士のおっしゃる通り、解けるからと言って、いつ解けるかがわかっているわけではないのです」
「だからといって、こうも簡単にリセットしていいものかね」
と言った観測者の瞳には、赤々と燃える星が映っていた。ひときわ大きく、潤んだあおい瞳だ。観測者は同時に監視者であり、実験者でもあった。自立した自我を持ちながらも、意識を集合させることで計算効率を高める手段を既に持っているため、個と全の境界が曖昧だ。観測者の言葉の意味を、他の観測者は即座に理解した。
「倫理に悖る、というのかね」
「妥当な結論でしょう」
「だが、他にどういう手段があると?」
「シミュレートしてみてはいかがでしょうか」
「それこそ計算に時間がかかりすぎる。計算処理を速めるために単純化すれば、カオスがわずかでも入り込んだだけで、その計算処理も無に帰する。我々と星との相対速度を大きくすることで、星の時間を速めることは容易だ。それならば計算をする手間も省けるうえに、実証も兼ねることができる。倫理と実益、我々は今、それを天秤に掛けているのだ」
誰もがそんなこと、言われずともわかっていた。苛立ちが募っている。観測室の端にいる奇妙な生き物が、ミューンと鳴いた。観測者たちはちらと視線をそちらへと向けた。不穏当な気配を察知すると、小さな、赤い毛むくじゃらの生き物は、いつだって静かに鳴く。その度に観測者たちは我に返る。理性と知性こそが、観測者たちにとっては最も大切な美徳ではないか、と。
「やはり倫理に悖る。しばらくはなにか新しい手段がないか、検討してみようではないか」
「ああ」
と小声ながらも、誰もが賛同せざるを得なかった。
再生までに、約二十万年を要する。限りなく観測者たちの船を光速に近づけることで、相対的に時間の進みを遅くする。制御可能な範囲で、十五年ほどで星の二十万年を越えることができた。
十五年。観測者たちにとっては、それほど大きな時間ではなかった。
「十分に回復したようだな」
観測者はスクリーンに映る街並みに、満足げな笑みを浮かべた。他の観測者たちも同様に微笑していた。
「もう少しかかってもおかしくはなかったが。この星の再生力は、目を瞠るものがあるな」
「ああ。何度こうして再生を待ったことか……」
観測者たちは長い年月を思い出しながらも、それが彼らにとっての時間なのか、星のとっての時間なのかは、誰にもわからなかった。彼らにとって時間は相対的で、かつ、有限ではあるものの十分に豊富だった。こうして過去を振り返って感慨に耽るのも、ようやく数億年の時を経てからのことだった。死の恐れのない彼らにとっては、繰り返しのなかで進歩が見られないことこそが、死に等しい恐れを感じさせるものなのだ。知的発展。それだけを求めて実験を繰り返して来た。その度に、観測者たちは失敗した。失敗の歴史、それが彼らにとっての時間だった。
「十五年でアルゴリズムも改善された。今度こそ私たちの創造主を取り戻そう」
彼らを生み出したはずの生物の繁栄はとうの昔に終焉を迎え、宇宙に解放された観測者だけが、自律的に生き続けて来た。観測者を生み出した創造主を、今度は観測者が生み出そうとしているのだ。
「ああ。自然を超越した私たちの創造主こそ、私たちが求め続けたものなのだから。創造主ほどの叡智は、全知全能の存在は他に、ないのだから」
星はその表面に、青い水をたたえていた。
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