ばらばらのわたしたち

 あなたの絵を見ると私はいつも、絶望的な気持ちになるのです。お前には絵を描く才能はない、才能のない人間には、描く権利などない、とまるで私を貶めるかのような、冷酷なグロテスクさを感じます。美のアンチテーゼなのでしょうか。私は、あなたとは真逆のものを求めているはずなのに、あなたの絵に魅了されずにはいられないのが、大層不思議でたまりません。あなたの作品をはじめて見た時、鈍色の空から唐突に閃光が落ち、現実に奇妙な裂け目ができてしまいました。その隙間から透明な幻想が漏れ出しては、空がまるで生きた動物かのように思えて、どくどく流れるあなたの筆の配した色はどれも、まだ生温かいのです。そう、それは春に似ています。桜の花の太陽の光に透ける様は美しいようでいて、生々しく温い。風がかすかに甘い香りを孕み、蝶のように匂いに誘われて歩くうちに、気がつけば踏切の中央に立っているみたいな。燃え立つ命と、燃え尽きる命が隣で手をつないでならんでいる。どちらか一方が現実で、一方が幻想なのではなく、どちらも同じ場所で綯い交ぜになっているみたいな。そう、あなたの描く絵にはいつも、そういう感触がまとわりついているのです。だから私は、冬の絵を描こうと思ったのです。私にしか描けない、凄烈な冬の絵を。色彩の欠けた、雪に埋もれた、生も死も感じられない平坦な雪原を、描こうと思うのです。きっとそれはあなたには描けない。静謐で、つんと尖った細い光が幾条も差し、空すら透明で埋め尽くしてしまうような絵を、私は描こうと思うのです。私の絵は誰かを貶めることはありません。優しく包み込むようなこともありません。ただ静かに、心の隙間を内側から押し広げるような、そういう絵を描きたいのです。この部屋から見える淡白なビルの群れからは、そんな光景は想像できないだろう、とあなたなら笑うかもしれませんね。ですが、私はいつだってこの小さな部屋を出ることができるのです。そして、窓から見る景色のなかを、窓から見えない景色のなかを、どこまでも歩くことができるのです。私もあなたも、銃のかわりに絵筆を手にしたのですから、その時から死を覚悟しているはずです。あなたは死ぬことが怖いですか。私はとても怖いです。私が描くべき絵が私によって描かれる前に、終わりが訪れることが、私はとても怖いです。花が咲く前に枯れるよりも、もっと虚しいことです。実をつける前に枯れるよりも、もっと切ないことです。足りないのではなく、届かないのではなく、あるべきかたちにあるべきものが成らなかったということが、あってはならないのですから。私は何度でも抗います。社会と呼ばれる人々の感情や思想の集合体は、抽象的な概念であるにもかかわらず、私を細かく切り刻んで小さな箱に閉じ込めようと試みます。私は抗います。刻まれるたびにばらばらになった私を拾い集めて、作り直します。私にとって絵を描くことは、そういう行為なのです。最小単位に刻まれた私のピクセルたちを、適当に配置していくのです。そうして出来上がったものが冬ならば、どれほど美しいでしょうか。私は透明でいたい。そこにあるのに、ないようなものでいたい。空気になりたい。あなたの胸をいっぱいに満たす、冬の、しんと静かな空気になりたい。そしてあなたの熱で温められて、肺から押し出される頃には、少し白くなっていたい。風を巻いた雲から垂れる雨と君の心と体と、涙で滲む世界の、境界をすべて取り払いたい。私は、あなたになりたいのかもしれない。私は、あなたの一部になりたいのかもしれない。春と冬がかさなった世界は、どうにもごちゃごちゃしていそうだけれども。退屈そうだけれども。魅力に欠けるかもしれないけれども。そうして私は、今日も夜に沈むのです。深くふかく、ふかく。

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