日常、切り取り

明日 友郎(あしたともろう)

電車


 運動不足が気になる私は電車に乗るとき、エスカレーターではなく階段を使うようにしている。

たかが数十歩だが、運動した気にはなれるからだ。


階段を上りきったあと少し息が上がった私を女がつまらなそうに見ていた。

そんな疲れるならエスカレーター使えばいいじゃない?

と言いたげだった。

全くその通りだ!

もちろん私の身体は愛すべきムチムチボディであるが故、運動しない訳にはいかない!


改札の向こうを見ると、人の群れがちょうど電車に入り込むところであった。

ちらりと上を見れば、発車時刻を映しだす電光掲示板が見える。もう電車が出発するようだ。今から走っても間に合うまい。


仕方がない。

ボーっとするのは私の得意分野なので、無心で暇を潰すとしようか。


 駅のホームを見渡すと、断続的に人が集まっている。

だが、前の電車に乗れた人が多かったのか人はそう多くない。


 人が少ない所を見つけ、体を落ち着けた。電車を待つ傍らに、私はまた考えにふけり始める。


 電車に乗って、人はどこに行くのだろう。

不思議に思った。


学生、社会人、フリーター、高齢者、など、あらゆる人が電車を利用する。


エスカレーターでみた、華やなかな服の女は、どこにゆくのだろうか。大学か、職場か、男の家か、はたまた、女友達と遊びに行くのか。


駅に集まる人の共通点は、行くところがあること。つまり、目的があるということだ。


自分は何故ここにいるのだろう。

目的などあっただろうか。


 ああ、今日は平日で、仕事だった。


 慣れ親しんだ音が聞こえ始めた。どうやら電車が到着したようだ。


 電車の扉は並ぶ印にピッタリだった。

運転手かもしくは機械を制御するエンジニアには拍手を送るしかあるまい。


そして、ぷしゅーという気の抜けた音と同時に扉が開く。降りていく人を見て彼らはどこに行くのかとまた、想像する。


みんな疲れた顔をしている。

私はどうだろうか。


 降りる人がいなくなってから、そそくさと車内に入る。

 長椅子の端をすかさず発見しては、取りにかかる。これは、戦争である。席をとった者は目的地まで寝る権利が得られる。もはや譲る事はできない!


 扉が閉まり電車が出発する。発車時に流れる音楽は軽快なメロディをしている。



 揺れる吊革や移り替わる窓の景色から、自分が移動していることを実感する。眠気はまだ来ない。


 頭の位置を変えずに目だけで周囲を見てみると。ほとんどの者が手に持つデバイスを眺めていた。

だから、私が誰を見たって気づく人は少ない。


 そう、みんな下を向いてるのだから。

おじいちゃんも、おばあちゃんも下を向いている。小さな子供でさえも。


 体は近いが、心はどこか遠くにある。

不思議な空間だ。

 友達や彼氏彼女、家族であれば、体は遠かったとしても、心は近いはずだろう。


 電車の中という空間には、孤独の群れが集まっているようだ。家族や、友達、距離の近い男女らがいると目についてしまうのは、異物に見えるからなんだろうか。


 電車は暗いトンネルに入った。耳が遠くなって聞こえにくくなる。水の中にいる時のようなあの感覚だ。


 こういう時にはあくびでもして、耳の違和感を減らす。常識だよね。


 トンネルが続くと眠くなってきた。

 向かいのサラリーマンは、首を揺らしている。


 どん!


サラリーマンは後頭部をさすり苦い顔をしている。

あれはとても痛い。


 死を覚悟して目を覚ましたサラリーマンの席の端には制服の女達が会話に花を咲かせていた。

 平和だ。


 各駅停車であるこの電車は、駅という駅に止まるため遅い。


しかし、移動時間の長さに悪態をついてもワープするわけではない。

気長に待つとする。


次の駅についた電車は揺れを止め、扉を開閉する。熱風と同時に大学生風の男が入ってきた。


 なんと彼の耳からはうどんがはみ出ていた!失礼、リンゴ社の製品だ。


 男は、北の顔というロゴの入ったリュックを背負っており、私の前に立つ。

他にも空いている場所があるのに、だ!


 私を圧迫する男のイヤフォンからは、シャカシャカと調子の良い音が聞き取れる。


 その音に私は少し苛立ち、再び襲ってきた心地の良い眠気が覚めてしまった。

 気にしだしたら、空調もうるさい。ブォーンと、定期的にうるさい。


体が揺れる。


 主張の激しい宣伝。

 汗と香水の交じった香り。

 隣で髪をずっといじっている女。

それをチラチラ見る大学生風の男。

その男の耳から漏れ出る元気なリズム。

 全く落ち着けない。


 視線を別に逃がすと、揺れに立ち向かう仁王のような男たちがいた。それも複数だ。

私は驚いた。


彼らは流れる景色を眺めている。

面白いから見るのか、他にすることが無いから見るのか。さて。


そう、あの人たちはきっと何かと戦っている。そんな気がする。だいたい腕を組んでいて、つり革や握り棒を持たないあの人たち。だいたい男だ。(私調べ)

一体何を考えているのか、頭の中を覗いてみたい。



 孤独を運ぶ電車に揺られ思う。

 

みんなに前を向いて欲しい。

 みんなに周りを見て欲しい。

 窓の外の景色を見て欲しい。


 なんで、見ないんだ。

 日常はこんなに美しいのに。


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日常、切り取り 明日 友郎(あしたともろう) @tomotomotomorrow

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