夏、めぐりくる夏
穂積優
夏、めぐりくる夏
今年の夏の初め、地元の男子高校生が死んだ。
うだるような暑さ、気持ちよく晴れた日。最初は、朝の授業が始まる前に友達から聞いた。
「僕の友達が死んじゃったんだよね。」
悲しそうな声で彼はそう言った。普段はひょうきんな性格をしていたので最初は信じなかった。けれど、もう少し話していくとそれが本当のことだと分かった。亡くなったのは近くの高校に通う同い年の男子高校生だった。
夏休み。男子高校生の溺死。遊泳禁止区域で友達数人と遊んでいたところ、姿が見えなくなって通報。翌日に遺体が水中で沈んでいるのを発見。
ネットで出回っていた地元のニュース記事でそう書かれていた。一ページ分の文量、事務的な記事だった。翌日、講習から帰ってきて昼ご飯を食べている最中、同じ内容をテレビのニュースで見た。別の日には教室でクラスの男子と女子が彼のことを小声で話していた。同じ中学校に通っていた男子が亡くなったこと、今日の夜に葬式が開かれること。彼らはなんだか、落ち着いて同窓の死を受け入れているように見えた。
SNSをのぞいてみると、ある投稿を見た。少しやんちゃそうな男子の写真を背景に、短いメッセージが添えられていた。『またあそぼーね』。投稿したのは亡くなった男子生徒と同じ高校に通う生徒だと気づいた。
男子高校生の夏の溺死事故。よくある話だと思う。毎年のようにニュースで聞く。残念なことに当たり前に起こりえる事だ。いつもは「若いのにかわいそうだ」と思っては、脳の片隅に消えてゆく。でも、今回はそれを簡単に日常のどこかへ置いていくことを僕はできないでいた。
まだうだるような暑さは続いている。それどころかより一層酷くなっている気さえする。そんな昼に僕は自転車をこぎながら考える。もし僕の友達が死んだら?
何人か友達の顔を思い浮かべる。みんな若さから湧き出てくる活力に満ち溢れ、死に顔なんて全く想像できない。死の気配は感じられない。これからのそれぞれの人生に向かって一人は前向きに、一人は悩み、一人は無気力に生きている。だれも自分が死ぬことなんて全く、考えていない。
僕にしたってそうだ。もちろん悩みなんてたくさんあるし、うまくいかないことばっかりだ。でもそれはこれからの展望が見えなかったり、将来の自分が想像できなかったりとあくまで先を見据えている。今日、または今この瞬間、僕の人生が幕を閉じるだなんて微塵たりとも考えていないのだ。
人生100年といわれている時代。50歳が折り返し地点。でももし18歳で死んでしまったら?折り返しは9歳の時点ということになってしまう。あまりにも早すぎる。
夏の暮れ、友達と集まって遊んだ。ふとした時に、亡くなった男子生徒の話になった。僕らのほとんどは彼に面識も何もなかった。でも、同じ学校に通っていて、話したことはないが、顔ぐらいは知っているという奴がいた。亡くなった翌日、彼の教室、その机には花が差してあったという。クラスには泣いている人がたくさんいて、特に一緒に海に行ったという生徒は泣き叫んでいた。雰囲気は深く沈んでいたと。集まった友達の誰かが「まるで漫画みたいだ」と呟いた。
しかし、今となっては机は撤去され、雰囲気は事件の以前と変わらないという。泣き叫んでいた生徒も、何もなかったように別の友達と遊んだりしているらしい。不謹慎だと一瞬感じたが、その生徒の心中を察すると何も言えなくなる。もしかしたら内心では深く激しく後悔していて、その気持ちを隠し紛らわすために遊んでいるのかもしれない。それを誰が責められるだろうか。一生このまま罪の意識に苛まれ、楽しく生きていけないなんてあまりに辛いことだし、そうしていかなければ、誰も死がありふれたこの世の中を生きていくなんてことはできないだろう。
いつまでも下を向いているわけにもいかないし、忘れることだって必要だと思う。結局のところ、それは自分のことではないし、自分の人生は泣いたって沈んだって勝手に進んでいくのだから。生きている僕らが実際に死を感じることはできないのだから。
どこかで僕らは自分たちが『死』が遠く自分たちとは縁がないものと思っている。いつか世界を一周してみたい。老後には田舎で静かに暮らしたい。おじさんになったら新しいスポーツに挑戦しよう。子供が生まれたら何て名前にしよう。大人になったら好きなことを仕事にしたい。大学に入ったら目いっぱい遊びたい。今年こそは楽器を始めよう。来月までにお金をためなきゃ。来週には、明日には、今日には、今日には、今日には。そんな次の一瞬は保証されているのだろうか?本当にその時は訪れるのだろうか?
僕らは、僕らが無敵であるとどこか信じている。今を生きている。明日はきっと来る。恐れるものなんて何もない。無敵で不死身で未来があるんだって。そう信じてそのまま老いていくのかもしれない。そして、そのまま、死ぬまで、自分が死ぬことに気付かないのだろう。
卒業アルバムの写真に、死んでしまった人物からその顔写真に大きくバツを描いていく。自分たちが年を経るにつれてだんだんそのバツの数は増えていくだろう。そしていつしかそのページがバツの黒色で埋め尽くされる。一体、僕は何番目にバツがつけられるのだろう?
夏、めぐりくる夏 穂積優 @hozumi_you
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます