後編:私に出来ること
ある日。姉から話があると部屋に呼ばれた。
「……歩……あのね……お姉ちゃんね……」
姉の不安そうなその表情が、私にカミングアウトしてくれた時の彼と重なった。勇気の要る話をしようとしているのだとすぐに察した。もしかしたら、彼と同じような話なのかも知れないと思い「間違っていたらごめんね」と前置きをして、姉の言葉を待たずに私から切り出す。
「姉さん、好きな女の子が居るの?」
すると姉は酷く動揺した。図星なんだと確信し、震える姉の手を握る。
「あのね、私の友達が……同性愛者だったんです。……私、その人と約束したの。LGBTって呼ばれる人達の味方になるって。……異性愛が当たり前だと思わないって」
「その友達って……」
元カレのことだとは言わない方がいいだろう。彼のことは姉も知っている。人のセクシャリティというものを勝手に話すのはアウティングといって、するべきではないとされている。それが原因で自殺してしまった人もいるらしい。
「……鈴木さんのこと……?」
「……え?」
鈴木という苗字はありふれていて、私の学年にも何人かいたが、姉と私の共通の知り合いの鈴木さんはいない気がする。いや、そもそもそこまで仲のいい鈴木さんが身近にいない。
「えっと……違う?」
「う、うん……そもそもどの鈴木さんかわかんないです……鈴木さんたくさんいたので……」
「うちの学校の一年生の……背が高くて、王子様みたいなカッコいい女の子」
「王子様みたいな……カッコいい女の子……」
「身長、180㎝もあるんだって」
私の同い年の知り合いにそんな目立つ女子はいなかった。いたら絶対忘れないはずだ。
「うん。その鈴木さんは知らないですね。そもそも私の同性愛者の友達は男の子なんです」
「あ、そ、そうなんだ……じゃあ違うね」
「うん。ごめんなさい。先に言えばよかったですね。……好きな人って、もしかしてその鈴木さんのこと……?」
「ううん。えっと……その……好きな人……というか……向こうから告白してくれて……今、付き合ってる……」
「えっ!?姉さん、恋人が出来たの!?やだ!おめでとう!」
私が喜ぶと姉は一瞬驚いたように目を見開き「ありがとう」とどこか泣きそうな顔で笑った。てっきり片想いだと思った。
「どういう感じの人ですか?年上?年下?」
「歩と同い年の子。……ちょっと彼女に連絡してもいい?」
「えっ。はい」
カミングアウトが無事に済んだことの報告だろうか。姉がスマホを少し弄ると、すぐにピロンと音が鳴った。スマホを見て姉が柔らかく笑う。
「……この子、私の彼女」
そう言って姉が見せてくれた彼女の写真は、私と中学が同じだった
「……えっ、松原さん?」
「……うん。咲ちゃん」
よく似ている人ではなく本人のようだ。ちょっと複雑だが、悪い人でないことは分かっている。
三年間で直接関わることはあまりなかったが、明るくて優しい子だ。クラスの学級委員なんかもやったりして、みんなから好かれていた。ムードメーカー的存在だった。
しかし意外だ。姉は物静か——というか人見知りで、彼女のようなおしゃべりな子は苦手だと思っていた。部活の先輩後輩だった関係でよく彼女から話しかけられているのは見かけたが、正直迷惑しているのではないかと思っていた。
「……流されて付き合ったわけじゃないですよね?」
彼のように、断り辛い状況だったのではないかと少々疑ってしまう。すると姉は首を横に振って意思を示した。
「す、好きだよ……ちゃんと」
ぽそっとそう呟いた後、姉の顔が赤く染まっていく。そして顔を隠し「嘘じゃないよ」と、指の隙間から小さく呟いた。その真っ赤な顔を見れば嘘ではないことは一目瞭然だ。
「疑ってごめんなさい。私の友達が……断り辛い状況で告白されて、流されて付き合ったことを後悔していたので……」
「そうなんだ……け、けど、私はちゃんと、自分の意思で咲ちゃんと付き合うことを決めたよ。最初は、女の子から告白されてびっくりして……ドッキリなのかなって思っちゃったけど……でも、あの子のあんな真っ直ぐな顔初めて見て……あ、あの……て、手をね……こう、ぎゅって握られて……」
私の手をぎゅっと握り、姉は続ける。
「嘘じゃないよって……ちょっと不安そうな顔で言われて……本気なんだなって思ったら……なんか……ドキドキ……して……」
再び真っ赤な顔を隠す姉。松原さんは姉のこういう可愛いところに惹かれたのだろうか。逆に姉は彼女のどこに惹かれたのか気になって仕方ない。聞くと姉は「優しいところ」と答えた。ありきたりな答えだ。
「……私……声小さいし……会話のテンポについていけなくて……イライラさせちゃうことあるでしょう?咲ちゃんはイライラせずに待ってくれるし……私の声を一生懸命聞こうとしてくれる。…そういうところが……す……好き……です」
「……なるほど」
なんだか自分が告白されている気分だ。
しかし、松原さんは今まで姉に対して一方的に話しかけていたと思っていたが、そうではなかったようだ。私は彼女のことを少々誤解していたのかも知れない。
「……姉さん」
「……は、はい」
「……今度、改めて紹介してくださいね。彼女のこと」
「え……知ってるでしょう?」
「知ってますけど……ただの同級生でしかなくて、あんまり交流はなかったですから。連絡先さえ知らないんです」
と言って何気なくLINKを開くと、彼女の名前のアカウントから通知が来ていた。『松原咲です』と名乗った後に『
「……前言撤回です。たった今、松原さんとLINK友達になりました」
「今?」
「『未来さんとの関係を受け入れてくれてありがとう』と」
『姉さんを泣かせたら許しませんよ』と追記し、アプリを閉じる。するとすぐに『未来さんのことは私が一生幸せにします』と返ってきた。苦笑いしながらそのメッセージを姉に見せると、姉は顔を真っ赤にして声にならない声って叫びながら私をぽこぽこと叩いた。
「ちなみに、付き合って何週間ですか?」
「……い、一週間くらい」
「それでよく一生なんて軽く言えますね。恥ずかしい人」
少し呆れてしまう。
「……でも、軽い人じゃないよ」
「……分かりました。姉さんが言うなら信じます」
「うん。ありがとう。歩。……大好き」
そう言って姉は私を抱きしめてきた。なんだか、松原さんに妬いてしまう。
「……彼女とどっちが好き?」
「むぅ……意地悪なこと聞かないでくれぇ……」
「あはは。ごめんなさい。私も大好きですよ。姉さん」
「ん。えへへ……ありがとー……」
可愛い。松原さんが好きになるのもわかる。そう思ってしまう私はシスコンなのだろうか。いやしかし、こんな可愛い姉が居たらシスコンにもなる。
「……と、ところで、どうして私にカミングアウトしようと思ったんですか?否定されるかもって、思わなかった?」
思わなかったらあんなに怯えた顔はしなかったはずだ。きっと半信半疑で、それでも勇気を出して告白してくれたのだろう。
「さっき話した鈴木さんも恋人が居るの。同性の恋人。……その子はそのことを隠さずに堂々としていて……彼女が、勇気をくれたの」
ふと、泉くんが言っていたことを思い出す。彼も同じだった。自分が同性愛者であることを隠さず堂々としている女の子から勇気を貰ったのだと言っていた。彼は姉と同じ高校に通っている。
「……カミングアウトしても受け入れてくれる人を沢山紹介してくれて……歩の元カレも受け入れてくれる人だって言ってた。仲良いんだって。その彼から歩の評判は聞いているから……歩もきっと受け入れてくれる人だって。……だから……頑張った」
泉くんに勇気を与えたのはその鈴木さんで間違いないだろう。
「……私の友達も、自分が同性愛者だと堂々としている子から勇気をもらったって言ってました。……名前は聞いていないけれど、姉さんに勇気を与えてくれた人と同じ人かもしれません」
「……そっか」
「はい。……それと、友達の件が無かったらきっと、私は姉さんのこと、こんなにすんなり受け入れられなかったかも知れません」
「じゃあ、鈴木さんは知ってたのかもしれないね。その友達と歩が友達だってこと」
「……そうかもしれないですね。……私の代わりに鈴木さんにお礼を言っておいてください」
「会ってみる?……鈴木さんは歩に会ってみたいって言ってたから……」
「……そうですね。私も会いたいです。会って、お礼を言いたい」
「うん。じゃあ、鈴木さんの連絡先送るね」
姉からLINKのトーク画面に送られてきた"鈴木海菜"という名前のアカウントを友達に追加し『笹原未来の妹です』と自己紹介と共に姉のこと、そして泉くんのことについてのお礼を述べる。既読がつき自己紹介と共に『こちらこそありがとう』と返ってきた。首を傾げてしまう。私はお礼を言われるようなことはしていない。すると彼女はこう続けた。『私達の味方になってくれてありがとう』と。その一言が、大好きだった元カレの声で再生される。涙が溢れて止まらなくなってしまった私を、姉は急に泣き出した私に戸惑いながらも、何も言わずに抱きしめてくれた。
私は多分、まだ彼のことが好きなんだ。もしかしたら、一生好きなのかもしれない。だけど彼は一生私に振り向いてはくれない。どれだけ頑張ったって、私を恋愛的な意味で愛してはくれない。だからせめて、私はこれからも彼との約束を守り続けよう。それが、大好きな彼を異性愛者だと決めつけて深く傷つけてしまった愚かな私に出来る唯一の罪滅ぼしだ。
もう自分に嘘はつかない 三郎 @sabu_saburou
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