国を出ましょう

国境を越えましょう

 

 屋敷から逃げ出して2日目。今は2度ほど乗り継いだ乗合馬車に揺られています。


 乗合馬車は今まで乗っていた馬車に比べて振動が大きく、その所為で乗り始めて1時間もしない内から腰とお尻が痛くなりました。


 クッションなどの緩衝材を持っていればもう少しましになるでしょうけれど、あいにくそんな物は持っていないので、我慢するしかありません。


 今まで乗ったことのある馬車は、進行方向に対して水平の座席になっていたけれど、この馬車は座席の構造が進行方向に対して平行になっています。その違いに最初は戸惑いましたけれど、こちらの方が確かに多くの人が乗れるから、乗せた分だけ運賃が取れる乗合馬車にはこちらの構造の方が向いているでしょう。


 それで、この馬車に乗っているのは御者を除けば、私を含めて7人。座席に座れる人数が10人くらいだと考えると、まあまあ乗っている方かしら。


 同乗している人たちの見た目は、小さい子供を2人連れた家族と思われる4人組と、どこかに働きへ行くのか私よりも少しだけ年が上に見える女性。それから私と同じようにフードを被って顔が見えない少し太めのおそらく男性。


 私はなるべく顔や身なりがわからないように全身を覆うようなフード付きのコートを羽織っています。

 これは、屋敷を逃げ出した後に購入した物。逃げ出した時間帯が夜だったため、私が把握している範囲で営業していたお店はなく、近くで開いているお店を探している時間的な余裕もなかったので、そのまま街の外へ行こうとしていたところ、街の外縁付近でたまたま開いていた旅道具屋に売っていた物です。


 他にも携帯食料なども買いましたが、さすがに服は売っていませんでした。早く買いたいところですが、それよりも先にこの国を出た方が良いでしょう。




 さらに乗合馬車は進み、荒れ地を進みます。そろそろ国境付近に近付いていると思うのですが、すんなり通れるのでしょうか。


 国境を通ること自体、何の制約もないのですが、もし捜索願などが出されていたら、連れ戻される可能性があります。

 ここに来るまでにかかった時間的に連絡が届いているかどうか、というところでしょうか。


 確か、国境警備の管轄は軍部でしたから、私が逃げ出して直ぐに捜索願が出されていれば、既に連絡がついている可能性は高いですね。ですが、普段から何事も大事にはしたくないと言っているお父様の行動を考えれば、連絡は翌日の昼以降になっているはずです。そうなっていれば、まだ時間に余裕はあるでしょう。リーシャが口を出していなければ、ですけれど。



 この道は過去に何度か通った道です。当時は乗合馬車ではなく家の馬車でしたが、進む速度は同じくらいなので、後1時間もすれば国境に着くでしょう。


 連絡があったかどうかもわかりませんので、なるべく国境の警備をしている者に、私がオグラン侯爵家の者だと気付かれないようにしなければなりませんね。


「うわっ!?」


 気を引き締めなければ、と思った矢先、不意に馬車が揺れて御者の焦ったような声が聞こえてきました。


 突然の揺れと御者の声に、何事だ!? と同乗していた人たちが声を上げています。


 私も同じように驚いては居るのですが、声を上げるよりも状況の確認に努めます。こういった時こそ、慌てることなく行動出来ることが貴族の令嬢としての価値を高める、そう言われて育ってきた故の判断です。


「な、なんだお前たちは!?」


 まあ、確認する程ではないですね。御者の反応からして何者かがこの馬車を襲っているのでしょう。そうでなければ、突然馬車が揺れたり、御者からお前たちという言葉が出たりしませんからね。


 それと、先ほどから同乗者の中に私と同じようにフードを被って顔を隠している人の反応が薄いのですよね。

 気になりますが、馬車を引いていた馬が突然のことで驚き暴れているらしく、馬車の揺れが激しくそれどころではありません。何かに捕まっていなければ外に放りだされそうなほど揺れているのです。

 一人だった女性は既に椅子から転げ落ちてしまっています。幸い馬車から放り出されることはなさそうですが、おそらくすでに打ち身などの怪我をしてしまっているでしょう。


 揺れ自体は10数秒程でしたが、馬が倒れたような音がした後、揺れは完全に収まりました。幸い馬車が横転することはありませんでしたが、馬車の動きが止まったという事は、この馬車を襲っていた者たちがこちらに来る、という事です。


 すでに御者の声は聞こえていません。これは最悪の状況を想定して行動をしないといけませんね。


 ああ、先に椅子から投げ出されてしまった女性の手当てをしなければなりませんね。これからどうするか、によりますが、怪我をしている方を庇いながら行動するのは難しいですから。


「動くな!」


 揺れの中、身体を打ち付けた痛みで蹲っている女性を介抱しようと腰を上げようとしたところ、いきなりフードを被っていた人が声を上げ、私の動きを止めました。


 何故、と思うと同時にその人は被っていたフードを脱ぎ、中から厳つい男性の顔を顕にしました。


「てめぇらは、俺たちデレス盗賊団の獲物だ! 何もするんじゃねぇぞ? 商品を傷つける訳にはいかねぇからな」


 ああ、そういう事ですか。先ほど驚いた様子が無かったのは、こういう事が起こるのを事前に知っていたからなのですね。


 動くなと脅してきた男が腰からナイフを抜き、こちらに向けてきました。動いたらナイフで攻撃する。そういった意思表示でしょうか。


 どうしましょう? 私1人なら、この男を無力化して抜け出すことも可能なのですけれど、そうした場合、残された方たちはどうなるのかがわかりません。

 それに、盗賊団、と言っていたので複数人居るでしょうし、さすがに私でも複数人を同時に相手に出来ません。


 これは少し様子を見る必要がありそうですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る