盗賊団ですか

 

「おら、出てこい! 選別してやるからよ」


 馬車の外から怒鳴り声が聞こえてきました。選別という事は、これは人身売買を目的とした行為なのでしょうか。いえ、乗合馬車を襲っている以上、それ以外の目的は考えられませんね。


 デレス盗賊団という名に聞き覚えはありませんので、あまり目立った行為をしていないのか、新しく出来た組織なのかもしれません。可能性としては、国境を警備している騎士団とグルと言うのもありますが、あまり考えたくはありません。


「おら、お前らここから出ろ」


 馬車の中に居た盗賊団の一員が馬車の外に出るように促してきます。


 このまま指示に従い続けるのはあまりよろしくないですね。最悪、そのままこの盗賊団の拠点に移動させられてしまえば逃げることも難しくなります。


 とは言え、ナイフを出しているので下手に抵抗すれば殺されてしまうかもしれません。多少の怪我程度でしたら、どうにか出来るのですが、周りの方の事を考えても今は従っていた方が良いかもしれません。


 男の指示に従って、馬車に乗っていた人たちが外に出て行きます。私は馬車の一番奥に座っていたので、出るのは最後ですね。


 馬車から降りた後に男も馬車から降りました。そして、馬車に乗っていた人たちを仲間の元へ移動させます。


「って、おい! 何で馬を殺してんだよ! 後処理が面倒になるじゃねぇか!」

「いいじゃねぇか、別に。ここから見えない位置まで移動させとけば誰も気付かねぇだろ?」

「そうだが、その手間がかかるって言ってんだよ!」


 男が仲間へ馬車を引いていた馬を殺してしまったことを責めています。確かに、殺してしまえば動かすのは困難ですし、見つかれば何かがあったことは明確です。それに、馬が生きていればそのまま拠点まで引き入れられるので、スムーズに事が運べますね。


 死んでしまった馬には申し訳ありませんが、これは少しだけこちらにとって良い事でしょう。手間取るという事は、それだけ時間が掛かるという事ですから、その間に誰かがここへ来れば助かる可能性が上がります。


「まあ、馬の事はしょうがねぇ。おい、お前ら、さっさとその馬を捨ててこい」

「うぇ。マジかよ」

「てめぇらがやったんだから、処理もお前らがやるのが道理だろうが!」

「へいへい、わーったよ」


 男の仲間である4人組の内の2人が、地面に横たわっている馬を、ここまで乗ってきたと思われる馬を使って引き摺って行きます。


 視線だけを動かして周囲を探ると馬車の近くに御者の姿がありました。御者は手足を縛られ口に布を回されて口を利けなくされているようですが、どうやらまだ生きているようですね。


「さて、選別の時間だ」


 男はそう言って、最初に一人で馬車に乗っていた女性の顎を掴みました。女性は恐怖からか、体を震わせ小さく悲鳴を上げています。


 その間に他に残っている2人も他の人を見て回っています。


「おい、お前。そのフードを取れ」


 盗賊の内の1人に今まで被っていたフードを取るように指示されました。


「早くしろ!」


 出来れば取りたくはないのですけれど、どの道取らざるを得なくなるでしょうから、遅いか早いかの違いでしょう。仕方がありません。

 

「うお!? マジかよ。上玉じゃなねぇか!」


 フードを取るとすぐに盗賊たちが騒ぎ出しました。上玉、と言われても意味は分かりませんが、あまり気分の良い物ではありませんね。


「ほうほう。いや、いい拾い物をしたなぁ。まさかこんないい物が手に入るとは思っていなかった」

「なあ、こいつを売りに出すのは止めねぇ? 俺たちで使ってもいいだろ」


 使う、という事は慰め者にでもするのでしょうか。さすがにそれは嫌です。


「売りに出すのは確かに惜しいが、駄目だ」

「何でだよ!?」

「ここで商売が出来ているのは契約に乗っ取っているからだ。それを反故にしてしまえば俺たちの命がない」

「ちっ、そうかよ!」


 慰め者にされることはなさそうですが、契約となると何やら嫌な予感がしますね。まさか、この国の貴族が関わっている、という事なのでしょうか。


 確か、このエリアを治めているのはサイネス伯爵家でしたか。今まで黒い噂を聞いたことのない方でしたが、どうなのでしょうか? これだけでは断定することは出来ませんね。


「数は少ねぇのは仕方がねぇが、物はいい。だが男は要らねぇ」

「ガキもいらねぇだろ?」

「女は確保しておけ。男の方は要らないが、売り物にはなるから一応は連れて行く」


 盗賊の男たちにそう言われ、男性が妻と子供を守るために盗賊たちに抵抗していますが、3対1の状況で勝てる訳もなくすぐに組み敷かれてしまいました。


「変に抵抗するんじゃねぇぞ。こいつみたいにするからな」


 盗賊はそう言うと男性を蹴り、男性が「うぐっ」と声を漏らしました。それを見た女性が小さく悲鳴を上げます。


 男性はまだ殺されることは無いでしょうが、移動の準備が整いしだい、殺されてしまう可能性が高いです。さすがにそれを見過ごすことは出来ないので、どうにかしなければなりません。


「ああ、戻ってきたな。おい! 戻って来たなら馬をば……あ?」


 死んでしまった馬を隠しに行っていた2人組が戻ってきたようですが、何やら様子がおかしいですね。何でしょうか?


 盗賊の視線の先を辿るとそこには先ほどの2人ではなく、騎士の鎧を纏った方たちが見えました。


 鎧の見た目からこの国の騎士ではなく、隣国であるアレンシア王国に所属する騎士であることがわかります。しかし、何故ここに隣国の騎士が居るのでしょう?


 よく見ると、騎士の中に何かを引き摺っている人もいます。中には馬に乗りながら誰も載っていない馬を引き連れている人もいますね。もしかして、この盗賊団を捕まえに来たのかもしれません。


「私たちはアレンシア王国所属、グレシア辺境伯軍だ。この辺りでデレス盗賊団と名乗る無法者が居ると聞き、討伐に来た。しかし、抵抗しなければ殺すことはしない」


 騎士の1人が盗賊たちに向かって降伏するよう呼びかけます。


「捕まるくらいなら死んだ方がマシだろうが!」

「逃げるぞ!」


 しかし、盗賊たちは降伏する気が無いようで、すぐさま走り出し逃げ出しました。ですがすでに騎士たちに周囲を包囲されていたようで、盗賊たちの逃げ出した先に次々と騎士が現れました。


「ちっ、クソが!」


 待ち伏せされていたため、逃げ出した盗賊の内1人を残して騎士団に捕らえられました。そして、最後の1人は人質でも取ろうとしているのか、こちらに戻ってきています。


 狙いは私……ではなく、一人状況を呑み込めていない女性のようですね。このままでは、女性が危険です。


「こっちに来い!」


 こちらに向かって来ていた盗賊が女性に手を伸ばします。私は女性を庇うように前に立ち、女性を掴もうと伸ばされた腕をつかむと、迫って来る勢いを利用して盗賊の体を地面に叩きつけました。


「ぐぁっ!?」


 こういったことは学校で習う訳ではありませんが、貴族の令嬢として生まれた以上、ある程度は自力で身を守れなければならない。そう教えられてきましたので、これくらいは出来るようになりました。


 まあ、騎士団に懇意にしていたお母さまの教えなので、これが正しい、と言いますか一般的な貴族の教えなのかはわかりませんけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る