手洗い

尾八原ジュージ

手洗い

 すず姉の父親は博打打ちで、ふたりはぼろぼろの家に住んでいた。外壁には、子どもの手なら入るくらいの隙間があった。

「ここに手を入れてみて」

 ある日、すず姉が言った。セーラー服のスカートが夏風に揺れていた。

 隙間の向こうは暗かった。

「やだよ、気味悪いもん」

 僕が言うと、すず姉は嬉しそうにニヤついた。彼女は僕を怖がらせるのが好きだった。

「入れてみてよ……後でおしっこするとこ見せたげるからさ」

 すず姉が僕の耳元で囁いた。

 僕は渋々という顔を作りながら、右手を壁の隙間に入れた。

「もっと」

 すでに壁の向こうに突き抜けた右腕を、二の腕の半ばまで穴に突っ込むと、指先に何かが触れた。

「何かあるよ」

「触って、何か当ててみて」

 僕はそれを撫で回した。冷たくて、硬いようで妙な弾力がある。宙にぶら下がっているのか、押すとゆらゆらと動いた。

 そっと形をなぞる。先の方に何か小さなものが五つ並んでいる。

「なーんだ?」

 耳元にすず姉の吐息がかかる。

「わかんない」

「足よ」

 途端に僕は、自分が触っていたものが人間の足だということを知覚した。慌てて腕を抜くと、すず姉は笑った。

「うちの親父。とうとう首吊ってさ」

 ヒステリックな声を上げて、すず姉は笑い続けた。

 僕は走って自分の家に帰ると、皮がふやけるまで延々と手を洗った。

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手洗い 尾八原ジュージ @zi-yon

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