第35話 はい、推しが増えました



「――それで、君達はここに来たというわけなんだね」


 社長が座ってそうな机の上で手を組んでいるヴァルフリートはそう話をして、目の前に並んでいる五人を端から目を向けた。


 まずは、左端。

 淡い金髪藍瞳の少年。体に似合わない剣を背中に提げて、童子らしさが抜けきっていない彼は今代の勇者だ。


「はい。これから旅に出ようと思いまして、それで最後のお別れといいますか……」


「挨拶な」


「わ、わかってるって。いちいち言わないでよ」


 恥ずかしそうにその部屋にいる人達をチラチラと見ながら、喉を鳴らす。


「ん、んんっ! レイナートの言う通り、挨拶をしにこさせていただきました」


「ふふ」


「ヴァルフリートさんも笑わないでくださいよ!」


「へへ、騎士王さんにも馬鹿にされてる勇者ねぇ?」


「やめてって、もーーー!」


 隣で乾いた笑いを浮かべているのは、龍のひげのような透明感のある金髪が鼻まで落ちてきている青年。司祭の神官衣の中からでもわかるほど引き締まった体は、彼が聖者だというのに武闘派でもあることを隠しきれていない。

 

「ま。オレはレイドの付き添いですわ。言っても、挨拶にきたかったのはそうなんだが……。チカを助けれたのもヴァルフリートさんが手を貸してくれたおかげですし」


「あまりのその件については、この部屋で話すのは止めようか」


 ヴァルフリートは傍に立っている副騎士団長に目を向け、しぃー、と人さし指を口の前に立てた。奴隷商への摘発はヴァルフリートが独断で行ったこと。騎士団は何も絡んではいないのだ。


「あ。すんません」


「何も聞いていないことにする」


「迷惑をかけてすまないね、ガリバー」


「いえ」


 ふわ、と笑う丸眼鏡の副騎士団長ガリバーから目を外し、レイナートは肩を竦めた。


「まぁ、それでも感謝は伝えたかったんすわ。俺からも、コイツからも」


 そう言って、レイナートは隣に立っていた女性に目を流すと、意図を受け取ったのか、ぺこりと頭を下げた。


「感謝をしている」


 語気から強気な色が伺える彼女は、褐色肌で白髪のゴリゴリの戦争屋のような雰囲気を醸し出している。それもそのはず、アマゾネスの母を持つ彼女は戦争孤児で、奴隷の中でも戦闘奴隷として扱われていたのだ。


 しかし、左腕がない。それのせいで主人を転々としていて、こんな離れた辺境国家まで誰にも買われずに流れ着いたのだった。


「こら、チカ。もっと丁寧な言葉遣いで」


「といってもな、よくわからんのだ。……悪いな」


「いやいいよ。あんまり堅苦しくされても困ってしまうからね。ボクとキミの立場に上下なんてない。対等に話そう」


「なら、そうしよう。ソッチのほうが助かる」 


 許可が出たと、チカは来客用のソファにどかっと座って茶を啜りだした。レイドとレイナートから心配そうな目配せを受け、ヴァルフリートは手をヒラとさせた。構わないよ、というジェスチャーだ。


 しかし、同じ部屋にいるちょび髭の副騎士団長は睨みを効かす。ここは騎士団の団長の部屋。その場でそのような態度はいかがなものか、と。


「……ふふっ。なんだ、その目は――やるのか?」


 喧嘩なら乗るぞと目を細めるチカ。副騎士団長はため息を殺しながら瞳を閉じて後ろの壁にもたれかかった。


 相手をしない。武器にも手をかけない。反応としては正解に最も近い。だが、相手側としてはとてもつまらないものに違いはない。

 

「なんだ、腰抜け。戦わないのならば口を挟むな」


「チカ!」


「売ってきた喧嘩だ。買わずにどうする」


「そうだけど……」


「いや、そうだけどじゃないだろ。負けるなレイド」


 チカ、もといゼーレチカはどこ吹く風。その場の誰よりも強い存在感を放つ彼女は、今この部屋で戦闘が起こったとしても、なぎ倒せれると自負をしているのだろう。


「……」


 一通り、勇者のパーティーを眺めて笑っていたヴァルフリートは、同じく三人をずっとニヤニヤしながら見つめていた男に声をかける。

 

「で。また会ったね、ミタ」


「あぁ! 久しぶりな気がするな、オズ」


「と、エルフさん」


「おひさしぶりです。ごはんおいしかったです」


「そりゃあ良かった。他種族の舌にも合う食事だったと、お詫びの手紙に認めておくよ」


「あ。この世界で今までで食った料理で、一番美味かったとも書いててくれ」


「分かった」


 楽しそうな笑顔を浮かべるヴァルフリート。そして、二つのグループを交互に見つめた。


「?」「?」


 レイドとレイナートはその視線の意図を勘ぐっていたが、唯一、ミタだけは分かったらしく。


「あぁ! 俺らは後で良い。個人的に、勇者さんたちのお話も聞きたいしな」


「それならそうしよう」


 す、と手を出された。そこでようやく分かった。


「あ、俺達から話をするんですね」


 こうして勇者一行は、知らない男とエルフがいる中、お別れの挨拶をすることになったのだった。




      ◆◇◆




 あの後すぐ「オズのところに行くんだったら、一緒に行こうぜ」と急なコミュ力を発揮し、目的地付近まで行く馬車に乗せてもらった。道中はなんとも無言な地獄だったのだが、ついてしまえばこっちのもんだ。


(それにしても……ただの子どもにしか見えないな)

 

 勇者という名前が大きすぎたのか、レイドは他作品の勇者と比べてただの子どもにしか見えない。レイナートという兄貴分である聖者の方が、どちらかというと強そうだ。


 いや、強そうという尺度で話をするならば、彼女の方が強そうか。


「あれが、噂の褐色女……デカイ (確信)だな」


 眼福と言いますか。エリルちゃんとはまた違った魅力がありますな。うんうん。最高に、デカイ。


「……褐色辛口女さん……ですか?」


「褐色辛口毒舌女さん、ね」


 『ねぎねぎ』によると、彼女はそう言われているらしい。どうも、口がお悪いらしい。一部の層には受けそうだが、残念ながらミタはそういう趣味はないのである。例え、服装が際どくても、だ。


 引き締まった身体を惜しげもなく外へ露出させるのは、ほとんど水着のような装備と、その上から申し訳程度に羽織っている蘭の模様が背中に刻まれている軽装の軍服。うん、これは、もはや歩くR指定だろう。


「なぁに見てんだよ、ぼさぼさ」


「なんでもないです。どうぞ、すみません。あ、ごめんなさ、ん? えー、まぁ、そういうことで」


「あ? あぁ、あぁ? オマエなんか言葉が変だな」


「同じく奴隷の身だったので」


「あ。あーーー! オマエいたなぁ! ミタオマエエリルオマエ! ハイエルフだ、魔法使いだって。すげぇなぁ、アレ!」


 急に笑顔になって、ソファから乗り出すように顔を近づけてきた。意外と長い睫毛に、ぱっちり開いた金色の瞳。


 それよりも、オレは男だ。瞳とかまつげよりも気になったのは――弾んだ二つの双丘だ。


 お、お、お? おぱい、ごつ……! 


 視界の外で、エリルちゃんも自分の胸に目を落として、拗ねるように口をひん曲げている。


「あの魔法も初めて見るしよぉ。エルフっつーのも初めてみたよ。いやぁー、また会えるとはなぁ?」

 

「ははは……」


「なんで顔引き攣ってんだ? 気持ちわりぃな」


 急な陽キャオーラに中てられ、陰キャのオレがビビり散らかしてしまったのだ。悪気はない。


「オタクさんは変なこと言いますし、たまに独り言が凄いですけど、気持ちは悪くないです!」


「エリルちゃんナイスフォロー!」


「……二人そろってきめぇな」


「それはフォローになっているのか?」


「う、うーん」


 オレの中で「チカちゃん」と呼ばせていただくことが決まった彼女は、話にも出ていたように奴隷商襲撃の作戦の対象だ。


 数年前に捕まった彼女を助けるために、レイドたちはオズに援助を求めたのだ。三人は孤児院出身で強い絆に結ばれている。それはそれは『ねぎさん』お気に入りのお涙頂戴エピソードなのだと。


「まぁ、いっか。で、ハナシ、しないのか?」


 チカちゃんはソファの後ろで立っているレイドとレイナートに顔を向けた。ついでに、オレはこの部屋全体を見渡せるように一歩引いた。


「話はするよ。するけど……」


 レイドが話し出した。何回かは聞いたが、改めて思う。


「チッ!」


「……?」


「レイド、早く話せ」


「あ、うん。分かった」

  

 勇者の癖にショタボとは何様だコイツ。金髪で、藍瞳で? は、勝ち組か? 応援したくなる主人公一位か? それで、暗い過去を持ってるって?


「オタクさん、怖い顔してます」


 同じく部屋の隅まで引いたエリルちゃんが耳をピコピコと動かしながらそう言ってきた。


「いつもが仏だからそう見えるだけで、オレっちのスタンダートはこれなの」


「うわ」


「うわ、は止めて。傷つくから」


 ふぅ、とりあえずレイドの話を聞こう。適当な理由で旅に出て、オズを見殺しにするんだったらそのちっさな尻を蹴り上げてやるからな、覚悟しろ。


「とりあえず、チカを助けれたし、同郷の三人が揃ったので旅にでようと思ってます。……ふふ」


 なにわろてんねん。しばくぞ。ほら見ろ、オズも不思議がってるじゃないか。笑うな。


「あ、すみません。孤児院あそこでみんなで遊んでた時を思い出して。あ、騎士団ここに来る前も孤児院に寄って来たんです。こうして揃うのは、何年振りか分からないんで……。でも、子どもの時に話をしてた三人で一緒に旅に出れるのは……夢が叶って、本当に嬉しいんです」


「そんなことを話に来た訳ではないだろ?」


「あぁ、昔話を人前でするな。恥ずかしい」


 レイナートとチカがニヤつきながら茶々を入れる。


「へへ。でも、そうだ。うん……さっきも言ったんですけど、三人が揃ったので旅に出ようと思います。15歳になるまで王国側には待ってもらっていたので」


「旅ねぇ……。どこに行くんだい?」


 はい! と姿勢を正すと、背中に背負っていた剣がカチャンッと鳴る。それでもレイドの体幹は揺るがない。


「最終目的は邪竜の討伐です! ですが、とりあえずはドワーフがいる鉱山の街に行こうかと思ってます。武器の調達、チカに義手を装着けるために。そこから、アクマを倒して敵の勢力を削ります」


「ほぅ。そうか。では、仲間はその鉱山の街で集めるのかい?」


「……仲間の募集はしない方向でいきます」


 安穏と聞いていたオズの眉が、最後の一言でピクリと跳ねる。


「どういうことかな?」


「気心知れた仲で、旅がしたいっていうのが一番です。レイナートもチカとも話をして決めました。勇者に選ばれた……のはたしかにそうなんですけど、先日の件ではっきりわかりました。ボクはまだ弱い。こんなボクについてきてくれる人はいない……」


「いたとして、勇者という『称号』だけに目が眩んだ者だろうなぁって。オレが言ったんだ」


 レイナートが少し体を傾けながら補足説明を。しかし、オズはそちらには目をくれず、一点を射抜くように瞳に影をかけた。


「……本来なら仲間を集めるよ。現状、前衛がゼーレチカ君とレイド。補助職がレイナート。となれば、探索に向いている斥候、指揮をする後衛、弓使いや術使いが必要だと思うんだが」


 オズの指摘。それはとても鋭かった。邪竜の討伐だとレイドは言った。最終目的がそこならば、現状三人で挑むのは無謀だと言の葉の裏に隠しているのだろう。


「――――はい。だから、ボクが頑張ります」


 素っ頓狂な声が聞こえて、オズは思わずレイドの顔を凝視する。その不安や不信感を払拭するように胸を高々と張って。


「勇者に選ばれたのはボクです。この旅っていうのは、ボクが邪竜を倒す旅になります。だから、一番頑張らないといけないのはボクです。魔法にも心得があります。冒険者の索敵役シーカーに話を聞いて、学びを得ました!」


「それでも必要だと思うがね」


「五歳の時に神託を受けました。勇者となりて、龍を打ち滅ぼしなさい、と。そこから十年間、一日も努力を怠ったことはありません。旅に必要な準備は十二分に整えた、と思います」


 視線が重なる。冗談を言っている様ではない。レイドは準備期間にオズを目の前にして「大丈夫」と言い放つだけの自信と能力を蓄えたのだろう。


 しばし、獣がにらみ合うような間が空く。先に声を上げたのは当然、レイドだった。


「ボクの知名度が高まれば、その時に仲間を募集します」


「……その道中に死なないことを祈るばかりだよ」


 場を圧していた赤髪の獅子の緊張が弛緩をするのが見えた。溜息にも似たそれは、肩の力が抜けると同時に流れ出た「心配」という感情なのだろう。


 同時、オレからも流れ出たモノがあった。


「オマエ……若いのに苦労してるんだなぁ……」


 涙だ。


「見くびってゴメンよ。レイド」


 感動をした!! こいつは良い奴だ!! 


 バシバシとレイドの肩を叩きに行きたいんだが、なぜかエリルちゃんはオレを羽交い絞めにして放してくれない。よく見たら、犬が人に飛びつきそうなのを止める主人のような顔をしている。


 だが、そんなの関係ないよなァ!? 声なら届くんだから!


「応援をするよ、レイド! 幸せになれよオマエ! オレがお前くらいの年齢の時はなぁ……15だろう!? もう、鼻くそほじって飛ばしてたり、学校のチョークを使わないのに持ち帰ったりしかしてなかった! なのに、オマエは邪竜退治だって? 最高だ!」


「あぁ、はい……?」


 もう、コイツは主人公だ! 強くなる系の主人公だ。応援をしよう! 


 そうしていると、ひときわ大きな笑い声が二つ聞こえた。その笑い声は最奥の机と、ソファからだった。


「やはり、ミタはオモシロイなぁ。思ったことを素直に言う人間はそうそういないよ」


「オマエ面白くて気持ちわりぃな!」


 我慢をしたけど笑ってしまったオズ。ゲラゲラと笑うチカちゃん。そしてどや顔をするオレ。


「だろ? 俺の長所でもあり、短所です。で。どうすんだよオズ。オマエはこんないい子たちを応援をしないのか?」


「ボクは元より、勇者の活動を応援させてもらっている身さ。……少し不安に思うところはあったんだが」


 一度瞳を閉じて、開けた。たったそれだけの動作だというのに、盛り上がっていた場を鎮めた。みんながオズの話を聞こうと傾注をしたのだ。


「いいかい、レイド。夢を語って死ぬ者は多い。霞みを食って生きていけれる訳がない。冒険というのは得てして、現実と夢の天秤を見間違う者がいるんだ。レイドはそういった人間ではないと期待をしているよ」


 組んでいた手を解くと微笑んだ。色々と言いたいことはあるが、それらを笑みで覆った気がした。


「旅、頑張ってね」


 それは、ある意味で優しさでもあり、厳しさでもある。オズはレイドが言わずとも、それらに自分で気づくと期待をしたということ。

 

「はい……! ありがとうございます!」


 いやぁ、良いモノを見聞きさせていただきました。勇者の卵の旅立ちシーンとは大変貴重です。オズとレイドの関係性もこれまたいいですな。お互いにお互いを尊敬する師弟のような。う~ん。


「レイド。頑張れよ! 応援してるからな!」


「は、はい!」


「レイナートも頑張れな!」


「あ、あぁ」


「チカちゃんも」


「ははっ、気持ちわりぃ!」


 部屋から出ていく勇者パーティーを見届け、扉の音が聞こえるとオレはオズに向きなおす。


「さぁ、オズ。大事な話をしよう」


「おぉ、切り替えが早いね。で、なんの話かな?」


 興味津々と言った様子で食いつくオズを見て――オレはエリルちゃんと互いに頷き合い、この部屋の中にいる一人に指をさした。


「とりあえずは、オレとエリルちゃんとオズの三人で話をしたいんだ。……副団長、アンタは出て行ってくれないか?」


 

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