第四部 騎士団へ殴り込み

第34話 ここでようやく


「長い拘束もやっと終わりだぁぁぁぁ」


「ああああーー」


 二人して大きな声をあげて、体をグググと伸ばした。


 あの後『壁の外で何をしていたのか』という質問攻めを憲兵から永遠とされて、ようやく解放されたところだ。


 どうやら魔法の使用は指定された場所以外は許可が必要だとかなんとかって。旅人なのでわかりませんでした! と強気に出たら『今後気をつけるように』という指導だけで済んだ。儲けものだ。


「はあああー、空気が美味しい。多分、あの部屋は換気をしていないな? どうも埃っぽいニオイってのは好ましくないんだ。フンッ!」


 鼻から息を吐き出し、凝り固まった体をほぐすためにポキポキゴリゴリと。そして、上体を仰け反らせてすっかり明るくなった空に目を上げた。


「んー、いい天気だぁ」


 こっちの世界にやってきてからこうして空を見上げることが多くなった気がする。なんでかは分からないが……。


「あ」


「え?」

 

「いや、小説のキャラは天井や空をよく見上げるからその影響か……!?」


 と言うことはオレは今、小説の影響を受けている?

 あの、時間を間延びさせて文字数を稼いだり、読者を世界観に入り込んでもらうための『天井見上げ』を自然としているのか!? 


「わぁ! これは大発見だ! エリルちゃん、一緒に空を見上げよう!」


「は、はい!」


「……」


「……」


「わ、見て、あの鳥。でかくね」


「あれは怪鳥ですね。危害は加えてこない鳥で」


「ん、生徒会長って言った今?」


「え?」


「ん? あ、違う。おけ」


 二人して城門の近くで空を見上げ、深呼吸を繰り返す。


 周りの人間が腫れものを扱うように避けて通るのを感じながら、三度それを繰り返すと、エリルちゃんの声が聞こえてきた。


「そういえばどうしてあの時、助けてくれたんですか……?」


「んーー? え。今さら、ですか?」


「いや、気になっていた、と言いますか……。教えてくれると、ありがたいなぁって。私から誘っても返事してもらえなかった、ですし?」


「まぁ、そうだけどさ……」


 エリルちゃんの誘いをオレは保留していた。

 というのも、自分に自信がなかったのだ。こんな可愛い子と一緒に旅をする。その勇気が、自信が、自分でいいのかという思いで答えを渋っていた。


「あれは、あれだよ。あー、そうした方がいいと思ったから?」


「なんですかそれぇ」


「いや、考えてみてほしい。目の前で人が不幸になりそうなんだよ? 助けるくない? オレ、そこまで落ちぶれていないと思う。いや、うん、そうだよ。そういうことさ」


「そういう?」


「うんうん。そういう、こと、で……」


 口の中にモゴモゴとした違和感。


「……」 


 なんで、今更本音で話そうとしないのか、という思いが口の中で留まっていた言葉を強調させてきた。


 少し前までリヒトに本音でぶつかっていたのに今はなぜか言葉を選んで適当に言葉を並べている。その違和感は、エリルちゃんの質問以上に「今更そんなことをするのか?」と主張をしてくる。

 

「あー……悪い」


 だめだ。やめよう。

 本音を話そう。隠してもいいことはない。


「今の忘れて、本音はこっちだ」


 だったら、正直に話したほうがいい。


「オレはオズを助けたいと思ってたんだ。あいつ、死ぬらしいからさ。どうしても助けたいんだ」


 正直に、目を合わせて。


「その前にエリルちゃんが連れ去られたから救った。そんな感じだよ。本当にそれだけ。エリルちゃんが期待をしているような大きい思いもない。ただ、オレはおせっかい焼きなんだ。オズも、エリルちゃんも助けたかった。その点、不幸になりそうだったから助けたっていうのは、そうなんだけど」


 目の前のエリルちゃんを助けたのはオズのついでだった。そう言っている。オレはいま、そう言っているのだ。

 自分で言っていて、なんだか笑えてきた。


「ぶっちゃけ、エリルちゃんにはオズを助けるのを手伝ってほしかったんだ。オレ、弱いし、何もできないから。で、エリルちゃんが連れ去られたから……」


 都合のいい人がいたから助けた。ただの善意だけの行為ではない。本人の目の前でそれを言っている。


「なるほど、そういうことなんですね」


「うん。そう、なんだ。ごめんね」


 得体の知れない善意で助けられたのは怖い。でも、助けてくれた人が『お前を助けたのは次いでだ』と言ってきたとき、オレならどうするだろうか。多分、ありがとうと言いながら距離を取るだろう。


「……」


 話さなかったほうが良かっただろうか。いやそれでも。

 頭の中がぐるぐると回る。得意なせせら笑いも出てこない。


 表情が固まったまま、オレはエリルちゃんの答えをまった。拒否、拒絶、離れていく。そうなった場合もオレは引き止めることはしない。推しの幸せは自分の幸せなのだ。


 しかし、返ってきた言葉は、予想をしていたものとは違ったものだった。


「謝る必要はないです! 助けてもらって、助かりました! ん、なんか、すごく、変な感じに聞こえますけど……いや! それでも……」


 ぐっと言葉に詰まり、身体をせわしなく動かして、空を指さしたり、空気を支えるように手を出したりして。


「私も、こんなに空気が美味しいって思ったことがないんです。空を見上げてみたり、地面の割れ目が少し汚いこととか、オタクさんに髭が少し生えて来てることとか……」


 確認するように顎に手を当てると、エリルちゃんは鼻の下にチョンチョンと手を当てた。そっちだったらしい。


「変なことを言ってるかもしれないんですけど……。なんだか、なんでも楽しいんです。これは、オタクさんのおかげ……かなって、思いまして」


 今までの暮らしから変われば、普段気がつかないところに目が止まる。それがなんとも愛おしく、今までそこに気がつかないほど余裕がなかったのだと気付かされる。エリルちゃんはそう言いたいのだろう。


「オレ、ひどいこと言ったんだよ?」


「? そういう風には聞こえなかったですけど」


「オズを助けたいから、エリルちゃんを助けたって。そう言って」


「それ、最高じゃないですか! だって、全員が幸せになるんですよね! それの何がイケナイんですか?」


 キラキラと光る目を向けられ、思わず言葉が詰まった。


「オタクさんは私を助けてくれました。それは、事実です! その理由がどうであれ、私はやっと自由になれたんです! だから、謝らなくてもいいんです!」


 助けた理由はどうであれ、助けた結果には変わりない。


 やばい、なきそう。

 

「いいんですか……?」


「いいのです! ありがとうございました!」


 このとき、オレはとても情けない顔をしていただろう。本音で話すのってこんなに怖いことで、拒絶されないのがこれだけ嬉しいことだなんて知らなかったんだ。


 もはやエリルちゃんの可愛さが相まって心臓発作起きそう。心臓強くて良かった。お母さん、心臓強い子に産んでくれてありがとう。


「……へっ。へへへっ。そうなら、頑張ってよかった」


「いや、ホントですよ! リヒトさん、怖いですよね。あの、何を言っても……」


「うん。分かる。全部、切り伏せてくる感じね。めちゃめちゃ怖かった」


「いい人ではあるんですけど」


「いい人であってもね。思うところがあるな。いや、でも……会話をして悪い人ではないことはわかったから」


 エリルちゃんは少し誇らしげに、そしてどこか安心したように笑った。流石に何年と一緒に旅をしてきていたのだ。悪いところばかりではないことは理解をしていたのだろう。


 リヒトは、彼の人生から導き出された結果を元にエリルちゃんに道を指示していただけだった。


『そっちの途は不幸になるぞ』と。


 でも、エリルちゃんは只人の道を選んだ。そうしたら、リヒトは消えた。

 すっかり消えた。跡形もなく消えた。何で消えたかは分からないけれど。


「で、オタクさん。まだ聞けてない話がありますよ?」


「え?」


 ずい、と詰め寄られて思わず聞き返した。


「なーんで、私の誘いに返事してくれなかったんですか?」


「えっ、あ、だって、オレ、かっこよくはないし? 自信がなくて。だって、一緒に旅をするのにふさわしくないって思って……思いました」


「ふさわしいかふさわしくないかはこっちが決めるんですよ!」


 藍色の瞳を力強く染まり、近づいてきた。

 

「私が誘ったんですから、私がいいと思ったんですから!」


「わかった、わかったから! ごめん!」


「また謝った! 謝らなくてもいいんですって!」


「じゃあ謝らない!」


「おっ、それはそれで、なんだか変な感じですね」


 ジトと見てくるエリルちゃんと目があい、へへへ、とどこぞの漫才師のように仰け反って笑った。


 言われてみたらそうだ。昔やっていた『ポケット怪物』というゲームがある。そこでは気に入った怪物を所持できるのだが、自分が気に入って仲間にするのだ。その際に「僕なんかが」と駄々をこねられたら顔をしかめるだろう。


 オレが、選んでるんだから別にいいだろうって。

 

 もちろんオレは怪物ではない。

 ではないが、そうか、そういういことだったんだな。


 自分が思っているより、自分は少しだけ魅力があるらしい。だって、こんなに可愛く笑う彼女に選ばれたんだから。


 ……あれ、何の話をしてたっけ。



      ◆◇◆



「あー、なんか多分、こういうのはもういいとは思うんだけど」

 

 色々落ち着いて話すべきことを思い出したから、ふぅ、と息を吐いた。


 両手を前にしてウキウキをしているエリルちゃんに改めて話をするためのリセットだ。大きく深呼吸をしたら向こうも真似をしてきて、すぅ、はぁ、と二回。


「はい! 改めて言います! いいですか!」


「はい!」


「オレはオズを助けたいと思ってます」


「はい!」


「でも、ご存じの通りオレは弱い。……めっちゃ、よわい。びっくりするくらい」


 だから――とオレはエリルちゃんに手を差し伸べた。頭も下げ、昔に見た男女を島に放り込んで「俺と付き合ってください!」と叫ぶ男のように。


「協力してほしいと思ってます!」


「はい、喜んで!」


 腕を伸ばして『オー!』としたエリルちゃん。オレは自分の手を見つめて、少し遊ばせてみた。


「……んーーー」


 個人的には手を握って、やるぞー! という意気込みをしたかった。だから、もう一回繰り返した。


「えーっと、お願いします!!」


「ええっ!? さっきも、やって……ええっと……ぉ。お願いされました? はい、うん、え?」


 おろおろとするエリルちゃんに手をヒラヒラと動かして見せた。そうしたらピーンと求められていることが分かったようで。


「あ。そっか、この手を、うん……えいっ」


 差し伸べていた手を、エリルちゃんは握ってきた。

 

「えっ」


 そう、握ってきたのだ。

 五指を絡み合わせるように、わざわざオレの手を立たせて、腕を捻らせて!


「えへへ」


 いわゆる、恋人繋ぎである。


「へ……ぁ?」


 しゃがみながら、笑うエリルちゃんが目に入ってきた。

 いや、目に入ってきたと言うより、飛び込んできたに近い。


「協力しますよ。頑張りましょ? あの、ご飯を奢ってくれた赤髪の人を助けるんですよね」


「え、あ、は、ウェ」


 初体験である。普段感じない指の横に自分の感触ではない皮膚がある。自分の太くも細くもない五指に、か細い白い指が絡む。ぎゅっと握られ、


「ぴぇっ」


 脳みそが侵される。胸に広がっていく甘酸っぱさ。


 感触だけでもありがたみがあると言うのに、今は間近で名前を呼んでくれると言うオプション付き!! オレは天然の男殺しを世に放ってしまったのかもしれない!! 何人死ぬかわからない! 手始めにオレが死ぬか!? 死んでいいのか!? 


 もはや、当然のように脳みそがフル回転し、ぷすぷすと煙が出ていく。


「ウェ、えっ、あっ、お゛っ、ぢ、づ、げ、オレェェェッ!」


 死にそうだったところを必死に堪え、顔を真赤にしたまま目の前で首をこてんとかしげているエリルちゃんを見て――見れなかった。


 逃げようとしても、それなりに力強く握られていて逃げることができない、から。

 

「え、えっちじゃん! こんなの……! 公道のど真ん中でしていいことと悪いことがあるよ!!? エリルちゃん!? 握っては欲しかったけど――」


「だめ、でしたか?」


「えっ、ありがとう! 一生大切にします!」


「え?」


「え!? だめ、一生大切にしたらダメかな!?」


「え、あ、えーと」


「って何をしてるんだオレハァッ!!」


 錯乱する己の頬をパチンと叩き、冷静さを取り戻す。エリルちゃんは驚き大混乱。


「フゥ……しばし、お待ちください」


「オタクさんはあいかわらず……独り言が多い……」


 熱くなってしまうのは悪い癖だ。せっかく、了承をしてくれたと言うのに自分一人で盛り上がってウホウホ言うのは流石に気持ちが悪い。オタクの悪いところだ。

 おちけつけつ。おちつけ。落ち着け。あの可愛さに惑わされるな。向こうはそんな気がないってのは知ってる。異文化でありがちなボディタッチに躊躇がないってやつだ。冷静を取り戻せ。


「スゥ、ハァッ! よし、よぉし。落ち着きました。すみません。お待たせいたしました」


「なんでこっちむかないんですか?」


「今回は、オレの手を握ってくださり、誠にありがとうございます」


「あ、そのまま話を……」


「詳細な予定につきましては移動をしながら話したいと思いますので……」


「手は繋いだままでいきますか?」


「はい、いましばらくそのままでお待ちください。ぜひ、お願いします」


「りょうかいしました!」


「っしっ!」

 

 紳士を気取れ、ミタ。お前は紳士だ。オレは紳士だ。言い聞かせろ、オーケー?


 よぅし、まずは隣で鼻歌を歌っているエリルちゃんが仲間になってくれた。と言うことは次のメインクエストはオズのところに行くことになるのだが、ここからはなかなかに距離があると聞く。


「とりあえず、移動をしよう。目的地はオズのところへ。つまりは騎士団のトコロ。そこに行こう」


「わかりました! 行きましょう!」


 そうして、街路を歩き出したところ。


「——おい、早く行こうぜ。ヴァルフリートさんも待ってるだろうし」


「ちょ、待ってって。遠いからさ、移動を確保しないといけないから。チカも! ほら!」


「あぁ、待たせてごめん。今、行くからさ」


 すれ違った三人に、思わず目が惹かれた。


「えっ」


 淡い金髪藍色の少年。竜の髭のような金髪の青年。褐色肌で白髪の二人よりも大きい女性。

 容姿を聞いただけだ。だけど、紐付いた確信がついた。


「レイド……」


「え?」


 主人公たちとの出会いである。

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