第33話 +1です


 翡翠色の正義のヒーロー。

 そのヒーローは手足を微かに震えながらも、強敵に真っすぐに立ち向かう。

 戦う女性は美しい――というが……。

 まさに、男でも惚れる、というのが正しい。

 カッコよくて、美しく、燃ゆる炎を夢想させる姿だ。


「キサマの防御術では、ワタシの魔法は防げぬ」


「やってみないと分かりません!」


「劣等種の技量で何ができる」


「リヒトさんに立ち向かうことができます」


 『揺れ』ないエリルに対し、明白に、リヒトが『揺れ』た。

 ギリィと歯がズレる音が聞こえ、黄金の宝玉が大きく外へ露出する。


「森に二度と立ち入れなくなるのだぞ!」


「はい。その覚悟です」


「その男はオマエより早く死ぬ……!」


「はい。承知の上です」


「『揺れ』が収まった時、残るのは焦燥感だけだ」


「それでも、ワタシは只人と共に生きたいです」


 『揺れ』ない。決して。

 出会って数日の只人が、あれだけ助けようとしてくれたのだ。

 エリルは自分だけでは越えられなかった。超えようとも思ってなかったかもしれない。そんな『逃れられない運命』に対して、真向から立ち向かっていってくれたのだ。

 どうして?

 分からない。

 でも、その姿は消えぬことのないほど大きな勇気をくれた。

 だから、今度はエリルが、自分自身で、運命を変えるんだ。 


「愚かな……死ぬぞ」


 バチバチと、リヒトが雷を纏う。宙に浮かぶ雷の玉も、分裂をして数を増やしていった。

 その数、10つ。


「いいえ……! 死にません!!」


 エリルが言葉を言い終える前――バチッと大きな雷鳴が轟き、フライパンで油を投げ入れたような音がした。

 10つの内の一つが、地面に向かって落ちた音だった。

 

 空気が恐れるように揺れて、半透明の膜を張って。

 焦げ、燃えて、リヒトの横の地面はそこにあって……大きな窪みに姿を変えていた。

 隕石が落ちたような跡。地面をも抉り取る程の火力。


「……事実は避けられない」

 

 ゆら、と雷の玉がバチッと空間を白銀に染める。

 冗談ではない。こけおどしではない。

 大自然を前にしたような恐怖が、腹の底へ落ちてくる。

 牙をむいた自然に人間が太刀打ちできないように、歴然とした力の差、力の底が見えない恐ろしさがリヒトからヒシヒシと伝わってくる。

 

 それでも、


「……死にません」


 翡翠色のヒーローは、やれるもんならやってみろ、と。

 か細いその体で強大な敵へ立ちむかおうとする。

 魔王に小枝で立ちむかう勇者。本来なら、無謀だと止めるべきなのかもしれない。

 しかし、なかなかどうして、その瞳は死んでいない。


「分かった――」


 その勇気を受け、大自然は研がれた牙を剥く。

 

「ならば、後悔を抱いて死ぬといい――ッ」


 指先の号令一下。

 周囲に轟く雷鳴を纏う雷の玉が、視認できぬ速度で発射。

 地面を抉り、周囲の草木や城壁に雷の手を伸ばしながら、

 鏡が割れるような金切り音を何重にも重ねて、

 膨張し、収縮し――あっという間に、二人の前へ。


 その瞬間、鈴の音が降りそそいだ。


 ――《閉ざせスロイ》《その途デウィア》――


 消えた。

 パツンッと、神様の拍手のような音が聞こえて。

 鼻先まで届いていた雷の玉が、一瞬にして。


「…………オマエ、その防御術わざ……」


 雷光の残滓が塵のように空間に迸る。キラキラと、世界の美しかった装飾が剥がれるように、舞って、舞って――『揺れ』て。


「エリル。キサマ……エルフの術をいつの間に」


 リヒトの動揺を外へ露出させた。


「わたしだって、ずっと後ろをついて行っていただけじゃない……!」

 

 エリルは出していた手を閉じ、フゥ――ッと疲労感を口から外へ放り出す。

 疲労感が見えても、翡翠色の瞳だけはリヒトに向けて離さず。

 場が凍り付くようにシンッと静まり返った。

 

「……わたし、は」


 その沈黙を破るため、エリルは口を開く。

 勇気を瞳に宿す彼女は、怯えていた時の表情の欠片すらも残しておらず。


「わたしがしたいことを、したい。わたしの足で歩きたい」


 きっぱりと、言葉をリヒトの目の前に置くように、言った。


「――」


 その時、城門の方から人の声が薄っすらと聞こえてきた。

 いつの間にか精霊によっての姿隠しが機能をしなくなったらしい。

 あと数十秒したら、憲兵がこの場所に訪れる。

 

「……後悔をするぞ、エリル」


 最後の忠告。それは、今ならまだどちらの途も選ぶことができるという提案にもとれた。

 その言葉をエリルは、

 

「……そうかもしれません」


 否定をせず、真っすぐに受け止める。

 そして、でも――とエリルは口にして、尻もちをついているミタの頭をさわと撫でた。


「ここでリヒトさんについて行ったら、今日のこの時をずっと後悔する。そんなのは嫌です。やらないで後悔するなら、やって後悔がしたい!」


 リヒトはエリルの言葉を受けると、尻もちをついているミタに目を向ける。

 無様に転げている男は饒舌だった口を完全に閉じて、事の成り行きを見守っている。

 リヒトは黄金の宝玉に、ゆっくりと橋を架けた。フゥと長い息をついて、


「――――さきほどの音はなんだ!?」


 憲兵の声。

 緊迫した中に差し込んだその声は、エリルとミタに一呼吸、そんな瞬きの隙を作り上げる――


「オイ! ! 何をしている!」


 二人と声が聞こえ、ピントが改めて定まって


「あ」 

 

 憲兵の声を背中に背負う二人。

 その視線に収まっていたハズのリヒトは、


「消え、た?」


 忽然と姿を消した。

 見ていたハズだというのに、注意をしていたのに。

 だが、消えたということは。


「……」


「……」


 エリルとミタは顔をお互いに見合わせて……。


「「はああああっ」」


 二人は同じように疲れ切った声を出して、ふかふかな毛布にもたれるように地面の上に崩れた。

 ちょこんと座るエリル。完全に仰向けて倒れたミタ。


「はぁ、はぁ……っ」


 そんな二人の元へ、もうすぐ憲兵が駆け寄ってくる。

 終わったんだ。

 リヒトはどこかへ行った。あれだけ強情だったというのに、最後はなんとも呆気なかった。


「でも」


 それでも、

 

「……あいつ、すぐに手を出そうとしてきたなぁ。つまり、俺らの勝ちだ……!」


 ミタは空に向かって拳を突きあげる。

 その視界に耳をへなへなとさせるエリルが覗き込む。


「勝った、って……え?」


「リヒトに口論で勝ったってコト」


「勝ちました……?」


 こてんと首を傾げる、短い髪の毛がふわと揺れた。


「もちろん。だって、俺は話し合いをしようって言ったんだ。矢を出したり、魔法を使ったりは話し合いじゃあない。やったね、エリルちゃん」


 へんっ、と鼻を鳴らして伸ばしていた手をエリルの方へ傾けた。


「リヒトはルール違反で退場! はい、オレとエリルちゃんの勝ち。今日は祝杯かな? お酒飲む?」


 エリルの顔を見上げるとハトが豆鉄砲を食らったような顔で止まっていて。


「ぷっ」


 今まで我慢していたものが溢れるようにはにかんだ。


「なぁに、それ」


 憲兵が来るまでの間、エリルは笑った。ミタもつられて笑う。

 これで笑った回数に+1された。

 


 

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