第一話 ハジマリ
ムシャクシャしたときとかによくこの公園に足を運ぶ。ここは山の中腹あたりにある公園で、ここからは町が一望できる。正直言って眺めはかなりいい。
山の頂上には小さな神社があり、そこには町を守ってくれる神様が祀られているとかなんとか。確か小学生の頃一度だけ行ったことがあったような気がする。御利益があるかは知らんが年配の方々は結構力を入れて崇拝している。
「それにしても、天気わりぃな・・・・」
空のどこを見ても雲、雲、雲。雲しかない。まぁ、季節が季節だから仕方がないのだが、これではあまり憂さ晴らしにはならない。
雨が降ってくると困るので仕方なく帰ろうと階段の方に向かったのだが、誰かが上ってくる気配がして手前で足を止めた。こつ、こつ、と音を鳴らしながら上ってきた人物は俺のことを見るとその場で足を止めた。
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
うーん、と誰だ?
見たことはある気がするのだがあと一歩のところで思い出せない。
お互いしばらく無言のままだったが、少しして彼女の方が先に口を開いた。
「間違ってたら、悪いんですけど・・・もしかして—」
遠慮がちにそう言った後、こう続けるのだった。
「
せーや。俺のことをそう呼ぶ、いやそう呼んでいた人物などひとりしかいない。
「もしかして・・・ハル、か・・・?」
眼前の少女は焦げ茶色の長い髪を腰のあたりまで伸ばしており、前髪が少し長く右目を少しばかり隠していた。そして黒を基調としたファッションを着こなす姿はいくぶんか大人びて見えた。
「うん・・・・・そうだよ」
ハルは俺に向かってにっこりと優しく微笑んで見せた。
なぜだろうか。俺にはその笑顔に曇りがあるように感じられた。けれどそれを口に出しはしなかった。
「・・・久しぶりだな。ま、別に会いたかったわけじゃねぇけど」
なんて言葉を返してやると、「あはは」と笑いながらハルは階段を上って公園へと足を踏み入れた。
「まだあったんだね、ここ」
ハルの目は公園の遊具や大きな杉の木をとらえていた。
「古くはなっちゃいるがな。おかげで今のガキどもはここに寄り付かない」
「そっかー、昔は結構子供たちがいっぱい集まってたのに・・・」
「ああ・・・そうだな」
俺たちもそのうちのひとりだった。こいつとは幼い頃によくここで遊んでいた。そんな記憶がある。だが記憶の中のハルはいつも元気いっぱいという感じで今の彼女とは大分違っていた。
ゴロゴロと空から雷の音が聞こえてきた。もうじき雨が降るかもしれない。
「・・・・・・・・なぁ」
「ん?」
俺が呼びかけるとハルは首を少し後ろに向けて応答した。
「引っ越してきたのか?」
「うん」
「何で?」
「何でって・・・それは、お父さんがまたこっちで仕事することになったからに決まってるじゃん!」
「知るかよ!」
なぜか知らんが怒られた。理不尽だったので思わずツッコんだ。
理由を聞いたときに一瞬考えているような間があったが特段気にはしなかった。
ま、引っ越しの理由なんてそれが大半だろうしな。
「学校は?」
「ん?えーっと、確か
「うちの高校じゃねぇか・・・」
俺はガクッと肩を落とした。マジかよ・・・
「え、そうなんだ。またよろしくね、せーや」
彼女は右手を俺に差し出してきた。
「あ?なんだよ、それ」
「何って、握手に決まってるじゃん」
「知らねぇよ」
もちろん分かっていたがすっとぼけた。俺の反応にハルは「意地悪だなぁー、もう」と苦笑しながら手を引っ込めた。
「お前、家は?」
「ああ、高校近くのマンションだよ。学校まで歩いて10分くらい。いいでしょー」
ドヤ顔を向けてきた。だが残念だったな。
「ふ、俺の家からは5分くらいしかかからないぞ」
「あ、そういえばあの辺りにあったね、せーやの家」
ハルは顎に人差し指を当てて、空を見ながらそう言うのだった。
「お前、これから予定は?」
「さっき着いたばっかりだからうちの手伝いしないといけないなぁ」
「うちには、来るのか?」
「あー・・・実はここに来る前に挨拶してきたの。けど、せーやが居なかったからおばさんに聞いてみたんだけど知らないって言うから、もしかしたら、と思ってここに来たの」
「・・・そうか」
ふーん、寄ったのか。
大体聞きたいことは聞いたし、もういいかと思って階段の方に足を向けたが、背中の方で声がしたので階段の手前で足を止めた。
「せーや、ちょっと変わった・・・?」
「・・・・・」
変わった、ね。そりゃ変わるだろうさ。あれから4年以上経っているんだし。
ま、それを言うなら・・・
俺は振り向かず口を開いた。
「お前もな」
「・・・あはは」
俺の言葉にハルは苦笑しているようだった。図星なのだろう。
昔はこんな笑みを浮かべるやつじゃなかった。いつも活力に満ち溢れていて、学校では人気者だった。
それが今はどうだ。すっかり大人しくなっちまっている。別にそれが悪いこととは言わないけど。
ぽつ、ぽつと顔の辺りに水滴が落ちてきた。ちっ、降ってきやがった。
「・・・ま、どうでもいいわ。じゃあな」
それだけ言って階段をすたすた下り始めると俺を追うようにハルも走ってきて下り始めた。
「待ってよー、せーやぁー!」
「待たない」
「小学生の時も似たようなことあったね」
「ああ、あったかもな」
そうして各々自分の家へと帰ったのだった。
★★★
夜、自室で勉強していると、ふとハルのことが頭に浮かんだ。
「別人、じゃねぇよな・・・」
記憶の中の彼女と今日見た彼女が違いすぎていることがどうしても腑に落ちなかった。
小学生と高校生では見た目も内心も大きく変わる。だから大きく変わっていてもなんらおかしなことはないのだけれど。
昔はあいつに振り回されっぱなしだったけど、そんな彼女のことはむしろ好ましく思っていた。
誤解するなよ?恋とかそういうのじゃないからな?あくまで「性格」のことを好ましく思っていただけだからな?
昔の俺にとって彼女は俺の心を照らしてくれる希望の光だったのかもしれない。
「ああ・・・なんか眠くなってきた」
ふぁぁ、とひとつあくびをした。
いい時間になってきたし、そろそろ切り上げるかと思って明日の準備を始めた頃、一瞬、窓の外が強烈な光で満たされた。
ピカッ、ゴロゴロ、ガシャーン
雷だ。音から察するにどっかに落ちたらしい。
「明日は晴れてくれ・・・」
そんなことを願いながら床に着いたのだった。
今日の雷こそがこれから起こることすべての始まりだとはこのときの俺は知るよしもなかった。
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