赤と紅

ロボットSF製作委員会

赤と紅


 「うわぁ。空って本当にアオいんだね。」


 僕は、退院して初めて見たアオ空に、そう感動したのを覚えている。世の中に、こんなに雄大で美しく、澄んだものがあるのだろうか。僕が知らないだけかもしれないけれど、これに勝るものは中々ない。時たま雲が添えられることがあるけれど、その白もまた、名脇役と言ったところで、見事にアオを引き立てている。空一面を覆うこの景色は、僕の心を掴んで離さなかった。


 「ねえお母さん、今日は一日中この空を見ていたいんだ。」


 ええ、いいわよ。という母の許可など、はなから求めてはいなかった。今日から僕は、この景色を好きなだけ目に焼き付けてやるんだ。

 だけれども、ずっと空を見上げていると、嫌でも目に入ってくるものがある。


 「あの太陽とやらは、すごく眩しいな。どうにかならないものだろうか。」


 少年の純真さと情熱とは恐ろしいもので、アオ空観察の邪魔だからと、太陽すら邪険に思ってしまう。

だが、何も不思議なことではない。人間の得た今日の繁栄は、その傲慢さの結果であることは自明である。

しかし、この少年は、人類を構成する多くの者より利口だった。なぜなら、太陽に手が届かないことを知っていたし、例え届いたとしても、現在の科学技術では排除することは叶わない。それに、太陽なくして己の存在はあり得ないと知っていたからだ。


 「まあ、仕方がないよな。」


 人類が獲得すべき素質を、子供は既に備えているものである。醜い大人の対比ではなく、その素直さや柔軟性にこそ、学ぶべき点は多い。


 「おや、空がアカくなってゆくぞ。」


 僕は、その光景に恐怖はしなかった。太陽が地平線に沈む前の短い間、空がアカく染まることは知っていたからだ。

だが、それと同時に、こんなことを考え始めていた。


 「あれは、どんなアカだろうか。」



 「赤とも言えるし、紅とも言える。」


 気になって仕方のなかった僕は、翌日に、物知りなオジサンを訪ねて、その色の分類を詳しく聞いた。

どう違うのか。という僕の質問に、オジサンは明確な答えを持たなかった。要は、知らなかったのだ。掛けていたメガネを外し、そっと机の上に置いたところで、僕にこう言った。


 「多少の違いなら、どちらでもいいんじゃないか。」


 それがオジサンの結論だった。


 「ふうん。」


 そう言いつつも、明確な答えを求める僕は、まだ納得ができていなかった。

そのモヤモヤした気を紛らわせる為に、テレビ画面に目を移す。すると、ちょうど国際的なスポーツ大会の中継が、流されていた。メダルを掲げ、嬉しそうにしている選手が、カメラに抜かれている。

僕の国の旗は、白地にアカの丸が描かれていた。判別しやすいので、その選手が僕と同じ国の人間であることは、すぐに分かった。

この丸いアカは、どっちのアカだろう。聞いても答えは分かりきっていたので、別の会話を試みる。


 「この選手は、僕のように青白くないね。」


 長年の入院生活で、太陽の光に当たらなかった僕の肌は、不気味なほどに青白かった。ただ、昨日は外にいたお陰で、多少は健康を取り戻したようにはなっていたけれども。それでも、自虐的にならずにはいられなかった。


 「ああ、外人だからな。」


 「えっ。」


 この返答は意外だった。外人というのは、他所の国の人間を指す言葉である。

彼は確かに、僕と同じ国の旗を、ユニフォームに付けている。

オジサンは目が悪く、常にメガネをかけていたが、その時は外していたし、テレビの画面さえ見てはいないようだった。

そうならばと、表彰式の様子を丁寧に教えてあげた。だが、オジサンは更に顔をしかめて、こう言ったのである。


 「肌の色が違うだろ。」


 不思議だった。確かにさっき、オジサンは、多少の色の違いなんてどちらでもいいって言ったのに。


 「ふうん。」


 僕は、モヤモヤするとこう言って、会話を続ける気がなくなってしまうらしい。

 

「でも、白とアカだよ。」


それだけ言うと、僕はオジサンの家を後にした。結局、赤と紅の違いについては分からず仕舞いであった。


 「お母さん、色って何だと思う?」


 その夜、家に帰った僕は、母にそう尋ねてみた。

 

 「色ねぇ。よく考えたことはないけれど、その色を持つものの、輝きのことじゃないかしら。」


 「じゃあ別に、赤でも紅でも、どっちでもいいよね。」


 「それもそうねぇ。見る人の感じ方次第だわ。」


 「色が分かると、もっと良いものだと思ってたよ。」


 「あら、どうして?せっかく治療が成功して、色が分かるようになったのに。世界に存在する色は美しいものよ。きっと良いものだわ。」


 「ふうん。」


 それだけ言うと、僕は部屋に引っ込んでしまった。


 「見る人によって色々か。」


 それらしいことを言ってみたが、シャレのつもりでも笑えない。僕は目を閉じて、ベッドに横になる。


 「最後に見る色は、きっと黒だろうな。」

 


 その空虚な1日に、彩りはなかった。

 

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