人生かくれんぼ

美作為朝

人生かくれんぼ

「もーいいかい?」


「まぁだだよ」


 住宅地のど真ん中にある炭谷すみたに公園で子供たちの声がこだまする。

 どこにでも居てどこにも居ない一見年齢不詳の加茂冬牙かもとうがは公園のベンチに座り穏やかな微笑みを浮かべ、かくれんぼにきょうじる子共たちを静かに見ている。

 加茂冬牙は誰にも聞こえない小さな声を出した。


「もういいよ」


 加茂冬牙は量販店の服にスニーカー。

 手首には小さなタグを付けた細い空色のカフ。

 心地よい爽やかな初夏の風が公園にいる子供たちと加茂冬牙の間を駆け抜ける。

 公園の緑はいきいきと生い茂りこれからはかなり暑そうな夏が待っている。


「もういいよ」


 それに呼応したかのようにオニの役の子が隠れている友達を探しに行く。

 オニの子は公園の名物のもしゃもしゃに伸び切った茂みに一番に探しにいく。


「そこにはいないよ」


 ささやき声で加茂冬牙が答えながらベンチから立ち上がった。

 そして静かに歩き出す。


「ユキちゃん見ぃーつけた」


 オニの子が笹野由紀ささのゆきを見つけた。

 オニの子は元気に次の子を探しに駆けていく。

 丁度、加茂冬牙の前を横切り駆け抜けていった。

 加茂冬牙の表情は更に穏やかになる。


 加茂冬牙は、ある一点を目指して歩いていく。

 そう、それはこの炭谷公園で隠れるにはベスト・ポジション。

 子供たちの間では暗黙のルールがある。公園の外周の道路はOKだけどそれより遠くはアウト。

 しかしベスト・ポジションはそんなところにはない。

 ベスト・ポジションはすり鉢状になっている蟻地獄のような大きな滑り台の裏。

 大概のオニの子は滑り台の裏まで探して諦める。

 その滑り台の裏、公園内部からは完全に死角になっているゲートボール用具置き場の小さな簡易納屋の裏。

 この場所は公園の内部からも見えないし、公園の外の竹藪を背にしているので外からも見えない。


「タツヤ見っけ」


 畔見達也あぜみたつやが見つかった。

 どんどんオニの子が隠れいる友達を見つけ出していく。


 加茂冬牙はこの炭谷公園を知り尽くしている。

 なぜならこの子供たちと同じようにこの公園でかくれんぼをして育ったからだ。

 何度このゲートボールの用具入れの裏に隠れたことか。

そして簡易納屋の前までやってきた。

 加茂冬牙はゆっくり、納屋の裏を覗き込む。


 そこには可愛い小さな女の子が居た。一瞬その子はものすごく驚いた顔をするが声を出すことはない。

 なぜなら、声を出したり音をたてるとオニに見つかるから。

 

 加茂冬牙は人差し指を唇にあてしーっと世界共通のジェスチャーをする。

 もちろん世代を問わず子供にも共通だ。

 加茂冬牙はこの子をよく知っている。

 外出が許可されるたびにこの公園によく来るから。


「大丈夫」


 ものすごい小さな声で加茂冬牙が女の子に語りかけた。

 これは加茂冬牙がこの子と同じ頃に同じ場所で駆けられた言葉だ。

 同じようにものすごく小さな声で。

 そして自身も納屋の裏に入り込むと女の子の方にゆっくりと手を伸ばした。



****************************



『大丈夫』


 そう、そのおばさんは幼い加茂冬牙に声をかけた。

 それは近所の見知ったおばさんだった。どうしてこんな公園の納屋の後ろに居るかは不思議だったけど、、、。

 実際大丈夫だった。少し怖かったけど大丈夫だった。怖いのはかくれんぼのオニのせいだ。

 痛くはなかった。 優しくしてくれた。触ってくれた。なでてくれた。唇が濡れた。

 なぜか心がドキドキはしたけど。

 学芸会でセリフを言う時よりドキドキした。

 なにが起こったのかわからないぐらい早く終わった。

 いけないことだということは、なんとなくじんわり分かった。とてもじんわり。

 おばさんが言ったとおり大丈夫だった。 


 だが、実際はぜんぜん大丈夫じゃなかった。


 おばさんの『大丈夫』といった声がそれから頭から離れなくなった。

 このことを友人にも親にも言えなかった。

 言えば、近所の知ってるおばさんなので何を言われるか何をされるかわからなかった。

 怖くて何も言えなかった。


加茂冬牙は家族も友人もちゃんと居たが一人でかくれんぼをするようになった。

 親も友人もゆっくり離れていった。

 親も友人も加茂冬牙のことで困っているようだった。

 もっと困っていたのは加茂冬牙本人だったのだけど。

 加茂冬牙はどんどんかくれんぼにのめり込んだ。

 加茂冬牙は一度おばさんの『大丈夫』の声を消すためにおばさんの家に行った。


『やめて下さい』


 というために。

会うと加茂冬牙よりおばさんのほうが怯えた顔をした。

 もう加茂冬牙は小さな男の子ではなかった。

 おばさんより大きかった。

 ここら辺りから加茂冬牙の記憶は曖昧になるのだが、最後におばさんが言った言葉は今でもしっかり覚えている。


『そんなつもりじゃなかった』


 このあと加茂冬牙の頭から離れない言葉は『大丈夫』から『そんなつもりじゃなかった』に変わる。


父からそのおばさんが死んだことを伝えられた。

 自殺だったらしい。

 そんなつもりじゃなかった。

 加茂冬牙は自分自身と死んだおばさん双方に言った。

  

 警察が家にやってきた。

 たくさんのことを訊かれて、ほんの少しのことだけを答えた。

 おばさんと同じで警察なので何を言われるか何をされるかわからなかったから。

 ほんとうの理由は自殺じゃないことを知っていたから。

 家に来る人は警察からお医者さんに変わった。

 それ以来、加茂冬牙は施設にかくれている。

 

 まさにかくれんぼ。

 

 人生をかくれんぼしているのだ。

 

 外出を許可されたときだけ、公園に来て好きなかくれんぼ遊びをしている。

 何人の女の子や男の子と遊んだだろう?。

 前はよくわからなかったけど、今ではよくわかっている。

 施設にいると暇で考える時間だけはたっぷりあるからだ。

 きっとあのおばさんも、この炭谷公園でかくれんぼをしてあそこに隠れていたんだと思う。

 加茂冬牙は少しでもたくさんの子とかくれんぼをすることにしている。

 かわいくて友だちになりたい子だけでなく誰彼ともなく、とりわけあそこに隠れた子とは。

 

 なぜなら、かくれんぼをする仲間は多いほうが楽しいからだ。

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