第172話 僕たちの家
「夕食までもう少し時間があるが、お前たちは家に行ってみるか?」
居間に通され、カァルを夏さんの了解を得たあとキャリーバックから出しているときに尋ねられた。
「はい! 行ってみます!」
カァルを連れて、三人で僕と竹下が住む予定の家まで向かう……
「これって車とかで見るやつだよね?」
僕たちが、夏さんから鍵だと渡された物体には鍵がついてなくて、自動車に乗るときに使うようなものだった。たしかスマートキーって言っていたような気がする。
使い方を聞こうとしたら、夏さんが『秋一がなんか言っとったようだがこんなハイカラな物はわからん。お前たちの方が若いんだから何とかせい』って言って台所に行ってしまったのだ。
「普通の和風の家だったよな」
二次試験のあと見た時はかなり古い住宅だったはずだ。
「外見は変わらないみたい……」
夏さんの家のすぐそばにある僕たちの家は、以前と変わらぬ
「あ、ドアが変わっている!」
ドアは引き戸で変わらないんだけど、先月見た時から明らかに新しくなっていた。
「ねえ、これどうやって開けるの?」
スマートキーだから鍵穴はないのはわかるけど、どうやったら開くんだろう。普通に引いてみたらドア動かないから、鍵は閉まっているみたい。
「わからん」
ピッ!
そう言いながら取っ手を掴んだ竹下にドアが反応した。
「開いた!」
その後何度かやってみたら、スマートキーを持っている人が取っ手についているボタンぽいところを触ると開いたり閉まったりする仕組みらしい。
「これ、夜とか楽だよな」
そうそう、夜は鍵穴に鍵を差し込むのに苦労するんだよね。触るだけでいいならスマホのライトで照らさなくても大丈夫だ。
早速三人と一匹で家の中に入る……
「「「お邪魔します」」」
「「「……」」」
「あはは、今日からここに住むのにお邪魔しますだって」
「竹下だって言ったじゃん」
「ボクは間違って無いよ。早く上がろうよ」
「そうだね。あ、カァル!」
僕の腕の中にいたカァルは飛び降りて中に入って行ってしまった。僕たちが入り口でもたついているのが待てなかったらしい。
「それじゃ俺たちも行くか」
改めて、三人で家の中に入る。
「ちょっとこれ……」
「すごい!」
「いいなー樹たち」
建物は古く、間取りも以前と変わっていない。僕たちの部屋も居間もタタミのままだしフスマや障子には鍵が付いていない。プライバシーはあまり期待できないだろう。
でも、ただ一つ驚くべきものがあった。
「ねえ、キャットタワーって誰かリクエストしたの?」
竹下も風花も首を横に振っている。
キャットタワーにキャットウォーク。使う予定のない部屋には、テレビでしか見ることの無いような猫の遊び場所が出来上がっていた。
カァルは部屋中にめぐらされたアトラクションに早くも夢中だ。
「二次試験の時に秋一さんの会社の人に猫も連れて来るって言ったじゃん。そしたらどんなネコか熱心に聞かれたんだよね。ただのネコ好きかと思ったらこういうオチがついていたなんて……」
「というかさ、ここまでする必要があるのかな……」
各部屋のフスマや障子はそのままなんだけど、下のところには猫用の入り口が付けられていて、カァルは好きな時にそこをくぐって家じゅうを自由に行き来できるようになっていた。
「俺のカァルへの愛情が思わず伝わっていたのかもしれない……」
まあ、いいけどさ。普通に生活は出来そうだし。
「そろそろ戻ろう。夏さんを手伝いたい」
一日中窮屈なキャリーバックにいたカァルが、うっぷんを晴らすように全力で遊んでいるのを何とか説得して夏さんの家へと向かう。
「気に入ったか。わしはよう知らんが、秋一が何度も見に来ていたからな出来は悪くないと思うぞ」
「はい。これからが楽しみです!」
出来は悪くないどころか、申し分ない。
建物の設備はともかく、家電や寝具も僕たちが頼んでいた物を予算内で揃えてくれているようだ。これは僕と竹下で折半することになっているからね。バイトをしていない僕たちではあまり高いものは買うことができない。
「お前さん、男のくせに厨房に入ってと思ったが手際がいいのー」
僕が野菜を切るところを見て、夏さんが感心してくれた。
そういえば夏さんのところで手伝いをするのは初めてだった。いつもは風花と穂乃花さんがいるから遠慮していたんだ。
「あちらではよく料理をしていました」
地元でもテラでも料理はよくやっている。どちらもあちらで間違いないだろう。
「ふむ、風花が料理をするようになったのはおぬしのせいか。いい相手を見つけたものじゃ」
「おばあちゃん。樹は料理とは関係ないよ」
そうそう、隊商の隊員のためだもんね。
「照れんでもいい」
「もう……、それでお姉ちゃんは?」
「今日の講義は夕方で終わると言っとたが……」
ピンポーン!
「来たか! 手が離せん。風花行っとくれ」
台所を出た風花はすぐに戻っていた。
「穂乃花さんだったの?」
「うん。竹下君も一緒に行ったんだけど、お姉ちゃんが私には目もくれず竹下君に抱きついちゃったからおいてきた」
な、なるほど。それはそっとしてあげた方がよさそうだ。
夕食後、風花たちに別れを告げて僕たちの家へと向かう。
「それ、何をもらって来たの?」
「明日の朝ごはんの材料」
夏さんは、元々明日の朝ご飯までみんなで一緒に食べるつもりだったらしいけど、僕が料理できるのを知って一食分の材料を譲ってくれた。
『自分たちで出来るんならその方がいいじゃろ』って言ってね。僕も早く東京の生活になれるためにはその方がいいと思う。
「あ、カァルの明日のご飯」
もらった材料は二人分だけだ。カァルの分を分けてもいいけど、猫用に味付けを変えないといけない。
「それはある」
よかった。
ユキヒョウのカァルの事ならよくわかるけど、猫のカァルのことは竹下に任せっきりだった。これから教えてもらわないといけないな。
☆☆☆☆☆☆
下記近況ノートに樹たちの家の間取り図を掲載しております。
https://kakuyomu.jp/users/sei-ksaka/news/16816927861486883781
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あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます!」」
「キャットタワーにキャットウォークだよ。あれってどうしたんだろう。市販品かな?」
「市販品にしては寸法がぴったりだよな。もしかしたらあつらえてくれたのかな」
「
「気になったから秋一さんの会社の人に聞いたら設備だから心配いらないってさ。でも、よかったらカァルが遊んでいる様子を動画に取ってくれって、キャットウォークを売り込みたいらしい」
「なるほど、試供品みたいなものなんだ。カァルも喜ぶから、それくらい構わないけどね。それでは次回のご案内です」
「俺たちの東京での生活が始まります」
「また、外伝として『~不器用な二人の未来へ向けた贈り物~』を投稿しました!
アドレスはこちら https://kakuyomu.jp/works/16816927861287203306 」
「外伝ということはこの物語に関係があるのかな」
「うーん、この外伝は僕たちが一切出ないので何とも……」
「えっ! 誰も出ないの! もう別の話じゃん!」
「とりあえず読んでみたらわかるかもですね。それでは次回もお楽しみに―」
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