第171話 旅立ちの日
「カァル、きつくない?」
猫用のキャリーバックを少し開け、中にいるカァルに声をかける。
「ニャ!」
カァルはこちらを向き一声鳴いて、のんびりと寝そべっている。
うん、大丈夫なようだ。
「せんぱーい。寂しくなりますぅー」
「離れろ! うっとうしい!」
カァルの様子を見ている僕の後ろでは、竹下と海渡、風花と凪がそれぞれ名残を惜しんでいた。
海渡たちには改札まででいいって言ったんだけど、発車までいたいと言ってわざわざ入場券を買ってホームまで来てくれたんだよね。
「唯ちゃんと碧の事頼むぞ」
「任せてください! 姉ちゃんと碧を確実に引っ付けておきますよ」
「余計なお世話! それよりもあんたの方こそどうなのよ」
「もうラブラブですよー。毎週できるだけ時間作って会うようにしています」
海渡と唯ちゃんは、ルーミンとジャバトが結婚して子供ができてから目に見えて進展しているのがわかる。やはり同じ人格だから惹かれ合うものがあるのだろう。
凪ちゃんと碧の方はリムンとサーシャが結婚だから、そのあとからかなと思っている。
「今日から新しい家なんですか?」
「うん、荷物は先に入れてもらっているからね。今日から寝れるはずだよ」
東京に到着するのは夕方、それから夏さんのところで夕食をみんなと一緒にとることになっている。そのあと家に行って、荷物の整理をしないといけない。
というもの、荷物のほとんどは新しく購入したもので、その手配は秋一さんの会社の人に任せたのだ。
だから正直何があるのかわからない。たぶんテレビと冷蔵庫、洗濯機に布団はあると思う……
「僕の部屋も用意してもらって感激です! 一人部屋なんて生まれて初めてです!」
二次試験が終わった後、耐震工事が終わった部屋を見せてもらった。その時撮った写真と間取り図を基に三人で部屋割りを相談したのだ。
「プライバシーはあまり期待しないでね」
各部屋の入り口はそれぞれ別なんだけど、三人の部屋は南の窓側の広縁で繋がっていて、広縁との間の障子には当然鍵がついてない。だから部屋に乗り込もうとしたらいつでも簡単にできるのだ。
「あはは、今の僕は姉ちゃんと同じ部屋ですよ。プライバシーなんて鼻からありませんよ」
それもそうか、それにテラの家では子供たちは家を出るまでまとめて同じ部屋だった。それに比べたら優遇されているかもしれない。
「樹、そろそろ時間」
凪と話していた風花が時計を見ていうのと同時に、ホームにアナウンスが鳴り響く。
「二人ともありがとう。僕たちはもう乗るね」
「「皆さん、いってらっしゃい」」
この駅は始発駅だから、すでにホームに止まっている列車にカァルを連れて乗り込む。指定された座席を確認し、回転させて四人掛けの状態にしていたら、もう列車が動き出した。慌ててホームで見送ってくれている凪と海渡に窓越しに手を振る。
これから、生まれて初めての親元を離れての生活が始まる。
「そうそう、竹下。ずっと忙しくて聞けなかったんだけど、何か気になることがあるの?」
いくつかの駅を過ぎ、次の駅まで30分くらいかかるタイミングで竹下に聞いてみた。
地球では引っ越しの準備でゆっくりと話す機会はなかったし、テラではすでに臨月に入っていて、正直自分のことで手一杯。夜の勉強もお休みしているし、ゆっくりとユーリルと話すことができなかったのだ。
「え、気になること……やっぱり樹にはわかっちゃうな。二人ともちょっと聞いてくれるか」
そういって竹下は話を始めた。
「え、おじさんお店をやめちゃうの!」
「ああ、すぐにってわけじゃないけど、年取ったらやめるって」
「竹下君、お店継ぐって言っていたんでしょ?」
「そうなんだけどなー。お前にあとを継がせる気はないから、仕事をちゃんと探せって言われた」
竹下は子供のころから家業の呉服店を継ぐつもりだった。テラのために工学部にいってくれるけど、大学を卒業したら地元に戻る予定で計画を立てていたはずだ。
「どうすんの? 地元に戻るつもりだったよね」
「うん、地元には戻るつもりだけど……どうしよう」
竹下も身の振り方を決めかねているみたいだ。それも仕方がないことだと思う、ずっと進んでいくと思っていた道が急に無くなったのだから。
「お姉ちゃんには相談したの?」
「穂乃花さんは研究ならどこでもできるから、俺の行くところについて来てくれるって」
最近はネットでミーティングもできるし、パソコンも高性能になっている。それに必要な時は地元の大学に協力してもらってもいいのだろう。
「ねえ、竹下君。秋一おじさんに相談してみたら」
そうだ、竹下は耐震構造の勉強のために秋一さんの会社にバイトに行く予定にしていた。建設会社って言っていたから、工学部の竹下にいいアドバイスをくれるかもしれない。
「そうだな……秋一さんに聞いてみよう」
途中で新幹線に乗り換えた僕たちは、夕方東京駅についた。そこから日本橋まで歩き、地下鉄に乗る。
すでに夕方の時間帯で地下鉄はかなり混雑していた。カァルを連れていたから心配だったけど、カァルもおとなしくしてくれていたので、何事もなく目的の駅に到着した。
「お疲れ様、カァル。もうすぐ到着だよ」
「ニャー!」
ずっと静かにしてないといけなかったからね。ここなら少しくらい大きな声出してもいいよ。
路地に入り、平家の住宅が立ち並ぶ一角に差し掛かる。周りよりも少しだけ大きな家の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。
ピンポーン!
「「夏さーん。こんにちはー」」「おばあちゃーん。着いたよー」
家の中から足音が聞こえ、鍵が開く。
「お前たちよう来たな。早うあがれ」
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あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「おじさんの後を継いで、呉服屋の社長になれなかったね。せっかくだからユーチューバーにでもなる?」
「なんでだよ!」
「だって、小学生のなりたい職業の上位にいるよ」
「俺はこれから大学生になるの! それに、俺みたいなのが画面に出ても誰も喜ばないって」
「そう? そこそこいい男だから人気出ると思うよ」
「そこそこって……これって、どう反応したら正解なの?」
「あー、これがわかんないようじゃ、ユーチューバーなんて無理だね」
「だからならないって!」
「竹下君の将来はどうなるかわかりませんが、次回から東京でのお話が始まります」
「もちろんテラでのお話も絡んでくるようです」
「それでは、次回もお楽しみに!」
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