第170話 出発を前に

 3月10日、すでに卒業式を済ませている僕は、自宅のパソコンの前で時計を片手にその時が来るのを待っている。


 時間だ!


 目的のページをリロードし、更新されたのを確認する。そして……


「あった!!!」


 僕の番号だ!

 よかったー。今年の春からは大学生だ!


「そうだ、風花たちは……まずは教えないと……」


 スマホを開いていたら、二人から立て続けに通知が来た。


「……よかった。みんなで行ける」


 僕も急いで二人に知らせる。







 その後SNSを見た海渡たちが、直接会いたいというので高校の授業が終わる夕方、竹下の家に集まることになった。


「こんにちはー」


「ニャ! ニャー」


「あ、あわわ……っと! あはは、カァル。どうしたの?」


 僕が店の中に入るなりカァルが上の棚から飛びついてきた。危なく避けるところだったよ。


「カァルさ、俺が春からみんなで東京だ! って言ったら喜んでさ。ずっとこんな感じなんだぜ」


 な、なるほど……


「か、カァル。嬉しいのはわかるよ。でもね、爪ひっこめて! 痛いから!」


 飛びついてきた格好のまま僕の顔を舐めてくれているんだけど、中途半端な状態だから落とされないようにしっかりとしがみつかれているんだ。


「はい、カァル。一旦落ち着こう」


 一緒に来た風花に抱きかかえられたカァルは、今度は風花を舐めている。


「しばらくは無理そうだな……」


 これからはみんなと一緒にいられるからね。嬉しくて仕方がないんだろう。


「こんにちはー。あ、先輩たちおめでとうございます!」


「皆さんおめでとうございます! ……あのー、こんなところにいたらお店の邪魔になりませんか?」


 お店の入り口でカァルと遊んでいたら凪と海渡も到着した。


「お疲れ。それじゃ部屋まで行こうぜ」


 僕たちは竹下のおばさんに改めて挨拶をして、竹下の部屋がある三階へと向かう。先頭はひとしきり喜びを表現して落ち着いたカァルだ。慣れた様子で導いてくれているんだけど、


「カァルがいなくなるけど、おばさんたちは平気なの?」


 僕の前でカァルのすぐ後を付いていく竹下に聞いてみた。

 カァルと初めて会ったのは去年の5月のことだ。それからずっと竹下の家でお世話になっているから、おばさんもお店のお客さんも寂しがるんじゃないかと思う。


「うん、寂しいとは思うけど、元々は樹の猫を預かっているって言っているから、心配しなくても大丈夫。それに、しばらくしたら他の猫を飼うみたいだぜ。保護ネコのボランティアの人に連絡していたからな」


「保護猫か……」


 保護猫を預かるのはいいことだと思うけど、違う猫が家にいたらカァルが東京から戻ってきたときにケンカになるんじゃなかと思う。そう思って尋ねてみたら、


「え、カァルはこれからずっと樹と一緒じゃないの?」


 あれ、一緒にいてもいいのかな……でも、


「一緒にいたいけど、夏さんのところを出たらわからないよ」


「ネコが飼えるところを探せばいいじゃん」


 猫が飼える部屋……そうか! 大学を卒業して地元に戻って来るにしても、家には病院を継ぐ予定の兄貴が帰って来ているはずだ。結婚しているかもしれないから僕の戻る場所はないだろう。

 それに卒業したらすぐにでも風花と結婚することになると思うから、猫も一緒に住めるところを探したらいいんだ。


「でも、それじゃ竹下が寂しいんじゃないの?」


 さすがに卒業後は竹下と一緒に住むことは無いだろう……ん、風花と穂乃花さんは姉妹だし四人で一緒に住むっていうもの有りなのかな。あ、でも竹下はお店を継ぐって言ってたな。


「ああ、そうだな……たまにカァルと遊ばせてもらったいいよ」


 ……何かあったのかな、竹下にしては歯切れが悪い。


 竹下の部屋についた僕たちはいつもの場所に座る。


「先輩たちはいつから東京に行かれるんですか?」


 凪はカァルを膝の上に引き寄せながら聞いてきた。


「3月末に手続きのために行かないといけないらしいから、その前だろうな」


 今日合格発表があったばかりだから、手続きの書類とかはこれから届くはずだ。それを見て決めることになると思う。


「……あと半月もないんですね。これまでのように、すぐに会えなくなるのは寂しいです」


 カァルの顔を見つめながら凪が答える。


「ニャー……」


 みんなと仲間になってから地球では近くにいることが多かった。寂しく思うのは仕方のないことだと思う。でも、


「一年後は凪たちも来てくれるんでしょ」


 二人の成績も順調に伸びていて、この調子だと来年の受験は期待が持てるだろう。

 それにこちらにはスマホがあるから連絡はすぐに取れるし、テラでは毎日でも会うことができる。そこまで寂しがらなくてもいいかもしれない。


「そうです。絶対に合格します! ねえ海渡!」


「ふふふ、もちろん合格しますが、いいこと思いついちゃいました。先輩たち今度の日曜日はお時間ありますか?」






 その週の日曜日、僕は朝から定休日の中山惣菜店の厨房でフライパンを振っていた。


「普通、こういう時って『わあ、海渡いつも美味しい料理をありがとう』って感じじゃないの?」


 塩コショウで味を整えながら、隣でサラダ用の野菜を切っている海渡に話しかける。


「そうはいきません。これから東京で自炊生活を始める樹先輩には、しっかりと料理を覚えてもらわないといけませんからね」


 ……海渡が普段作っている料理はテラで一緒に作っているじゃん。もしかして、新しい料理でも教えてくれるのかな。


 期待して海渡を見ていると、


「えへへ、しばらくは樹先輩とは一緒に料理できませんからね。思い出作りですよ」


 思い出作りって……まあいいか、ルーミンと違って海渡との料理は一年間できないかもしれないからね。


 昼前にみんなの料理を仕上げ、二階の居間まで運ぶ。


「樹先輩、ごめんなさい。海渡のわがままに付き合ってもらって……」


「ううん、料理は好きだし、久しぶりにたくさん作れて楽しかったよ」


 最近は受験で料理があまりできなくてストレスが溜まっていたから、気合が入っていたのは間違いない。


「「ごめんくださーい」」「ニャー!」


 お、風花と竹下もちょうど来た。


「言われた通りカァル連れてきたけど、ほんとによかったの?」


「ええ、下のお店に行かなければ大丈夫ですよ。カァルも行かないでしょ?」


 カァルはニャ! と答え、凪のところへ向かって行った。


「やっぱりお前たちすげえわ。来年海渡が来るの楽しみだな」


 竹下はテーブルに並べられた料理を見て感心しているけど、


「何言ってんの、4月からは竹下にも料理覚えてもらうよ。毎日作るなんてゴメンだからね」


 げっ、マジかって言っているけど、当然だ。共同で住むんだから仕事は分担しないと不満が溜まってしまう。


「さあ、それじゃ。冷めないうちに食べてください!」





 それから約10日後、僕たちが出発する日がやって来た。


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あとがきです。

「樹です」

「海渡です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「海渡いつもありがとう」

「何言っているんですか。こちらこそありがとうですよ」

「そう言ってもらうと嬉しいよ」

「いえいえ、それよりも樹先輩とこうやってあとがきに出る機会もしばらくないのかと思うと寂しくなります」

「そうだね。少なくとも一年は別の場所だからね。でも、ルーミンとは近くにいるからいつでも絡めるよ」

「ルーミンですか、あいつはソルさんと出た後はわざわざ僕に教えに来るんですよ。嫌になっちゃいます」

「一緒じゃないの?」

「一緒だけど別なんです! まあいいです。夏休みにはそちらに行きますから、その時にまとめて絡んでもらいます!」

「お手柔らかにね。それでは次回のご案内です」

「次回はとうとう出発の日ですね。何やら竹下先輩のご様子が……」

「竹下どうするのかなぁー」

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