第169話 試験会場の男の子
「皆さん、お疲れさまでした。やっぱり難しかったですか?」
二次試験の全日程が終わった私たちは、ユーリルの家に集まってルーミンたちの勉強を見ている。
「リムン、心しておけよ。ヤバいくらい難しかったぞ」
「そ、そんなに……でも先輩たちは大丈夫だったんでしょ?」
「たぶんな」
「ソルさんたちは……あっ、すみませんアリスを預けっぱなしにして」
ルーミンはアリスを受け取ろうとするけど、勉強するのに抱きかかえたままじゃ都合が悪いだろう。
「ううん、いいよ。寝てくれているから」
アリスは私の腕の中でスースーと寝息を立てている。
「でも、ソルさんもお腹が大きいんだから無理しないでくださいね」
私は妊娠8ヶ月を過ぎ、お腹もかなり大きくなっていて、赤ちゃんの動き、胎動も日に日に強くなっているのがわかる。
「そうだよ、ボクがみてあげるよ」
勉強をする必要が無いリュザールがそういうので、お腹の上で支えていたアリスを起こさないように静かに渡す。
リュザールは孤児で風花は末っ子だから、あまり子供の扱いは慣れてなかったんだけど、最近はよく織物部屋にきて子供の面倒を見てくれるようになった。たぶん、私たちの子供が生まれた時の練習のためだと思う。
「それで、お二人はどうでした?」
「うん、夜にみんなで模範解答を確認したんだけど……行けてるような気がする」
「ボクも同じ、樹と一緒で点数は越えていたけど、他の子たちがいい成績ならわからない」
一応合格予想点というのが出ているけど、全員分の解答を集計しているわけではないし、記述問題もあって正確ではないんだよね。
だから点数が越えていても、もしそれ以上にいい成績の子たちがいたら入学できない可能性だってある。満点じゃない限り発表までは油断ができないのだ。
「日本の最高峰なだけあって、簡単には入れそうにないですね」
そうそう、日本中から本気で勉強してきた子たちが集まって来るからね、仕方が無いよ。
「それでも俺たちは恵まれている。地球で寝ている間にこうやって勉強できるんだからな。まあ、俺たち三人はできるだけのことはやって結果を待つばかりだ。お前たちはこれからだから悔いが残らないようにしろよ」
「わかりました。それでは次の問題お願いします!」
「それでさ、樹が会った子って結局どう思う?」
ルーミンたちに問題を解かせている間に、地球で少し話していたことをユーリルが聞いてきた。
実は試験の開始前、緊張していたのか消しゴムを私(樹)の背中の中に飛ばしこんできた子がいたのだ。
「ちょっと待ってください。何ですかその話、面白そうで勉強が手につきませんよ」
ルーミンたちは勉強をやめて興味津々でこちらを見ているけど仕方がないか、もしかしたら私たちに関係するかもしれないしね……
試験の初日、同じ文系の風花と別の試験会場となった私(樹)は席に着き最後の復習をしていた。
試験開始時間も近づき他の受験生もほぼ席についていて、その部屋にいた誰もがかなり緊張していたと思う。
そんななか、『あっ!』という小さな声とともに背中に何かはいる感触があって、探ってみたらそれが小さな消しゴムだったのだ。殺気や悪意があったのなら気が付いて避けることも出来たんだけど、本当に事故だったようで首筋に当たって背中に入り込むまで反応できなかった。
私(樹)は服を脱ぐことなく何とか消しゴムを取り出し、その人に渡す。その人はもちろん平謝りだったんだだけど、ふと気になったことを聞いてみた。
『あのー、間違っていたらごめんなさい。遠野教授の息子さんですか?』
遠野教授に目元と口元がそっくりだったんだよね。
『えっ! 父さんを知っているの? ……あ、もしかして古武術の?』
私(樹)は頷き、自己紹介を行う。
『立花樹君か、確か同じ苗字の女の子もいたんだよね。そして恋人同士だって……あ、僕は
二人して握手をかわす。
遠野教授は 私(樹)たちのことを結構喋っているみたいだ。というかこの子も結構やりそう。何気に隙が無い。
それでかなり緊張がほぐれたのは確かなんだけど、その時何かわからないけど気になった。
「それから試験科目が終わる度に話をしたり、一緒にトイレに行ったりしたんだよね」
「昨日はそこまでで話は終わっていたけどさ、気になることがあるって言ってたじゃんそれはわかったの?」
「うん、その時は気付かなかったんだけど、一晩たって考えてみたら暁君はたぶんエキムだと思う」
「まじか!」「え! 本当ですか!」
タルブクからシュルトへ、一緒に旅して寝食を共にしてなかったら気付かなかったかもしれない。
でも、もの考え方というか、緊張したら途端にポンコツになるところとか共通点も多い。それにいくら遠野教授の息子さんと言っても、これだけ短時間で仲良くなるのは考えにくい。
「断定はできないけど、正解な気がする。暁君と一緒にいて違和感ないのは、あの旅で私たちがかなり仲良くなっているからその影響もあると思う」
「そうだよね。ボクたちと十日以上一緒に行動していたからね」
「夜のユルトも一緒だって言ってましたよね」
「ああ。そうそう、あいつ最初の日はソルと一緒のユルトだってことに緊張していてさ、しょっちゅうトイレに行って戻る度に俺たちの足踏んでいくんだぜ。危うく地球と繋がりが切れるかと思ったよ」
うんうんとリュザールも頷いている。私は端っこで寝ていたから踏まれることは無かったんだけど、毎回ユーリルかリュザールのどちらかが『痛っ!』って叫ぶから目が覚めっちゃったんだよね。私もあの日は繋がりが切れなくてよかったと思ったもん。
「それでいつものように繋げちゃうんですか?」
いつものようにって、私が繋げたのは本人が望んだ人たちだけだよ。あ、リュザールの時は事故だったけど、手を繋いでくれって頼まれたから仕方なくで……
「エキムの性格なら話したら喜んで繋げてくれって言いそうだな」
そうなんだよね。そこが問題で、人の人生を変えちゃうから頼まれたからと言ってそうやすやすとはしない方がいいと思う。
「エキムさんと暁さんのどちらに話すんですか?」
「もし話すとしたら暁君かな。エキムとは夜一緒に寝る機会は作れないだろうし」
樹と暁なら男同士だから機会はいくらでも作れる。家に呼んでもいいし、何だったらみんなで旅行に行ってもいい。地球で旅行に行くのは難しいことではない。
「それじゃ、暁とやらの様子を見て話をするかしないかを決めるってことだな」
とりあえずはそうだろうね。私の勘違いの可能性だってある。
「さんせーい。それにしても驚きました。眠気がいっぺんに吹き飛びましたよ」
あの時静かに集中しているなって思っていたら眠りかけていたんだ。
「一緒にトイレなんていくんだ……」
「えっ?」
突然のリュザールの言葉に思わず反応してしまった。
「聞き流すとこだったけど、樹は他の子と一緒にトイレなんていくんだ」
リュザールが改めて聞いてきた。なんだかとがめられている感じになっているけど……
「え? え? こっちでは行かないの? ユーリルもルーミンもわかるよね?」
「はい、地球では授業が終わったあと、仲がいい友達と一緒にお手洗いに行くことがありますよ」
やっぱりそうだ。おかしいところはない。竹下とだって行くことがあるし。
「地球では樹と普通にトイレに行くことがあるけど、確かにこっちじゃ男同士で連れだって行くことは無いな。何でかって言われるとわからないけど、あまりいい感じには取られない」
リムンも頷いている。テラの男社会についてはさっぱり分からない。文化的に違うところがあるのかもしれない。
「でも、どうして会ったばかりの子と一緒に行ったのか知りたい」
知りたいと言われても、普通の友達と話すような流れだったし……
「お前たちあとは家でゆっくりと話し合ってくれ。今日はもう遅いから解散! はい、帰った帰った!」
厄介ごとには首を突っ込みたくないと思ったのか、あっという間にユーリルから追い出されてしまった。
「ルーミンは仲がいい友達とって言った。暁くんとは会ったばかりのはず、おかしい」
家への道すがらもリュザールの追及は止まらない。
そういえばリュザールは、私がエキムと一緒に見張りをするときも気になって早く起きてきていた。これは妬いてくれているんだろうか……
「リュザールが心配しているようなことは無いよ」
「それはソルの話を聞いてボクが判断する。家でしっかりと教えてね」
とほほ、今夜は大変そうだぞ……
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あとがきです。
「ソルです」
「ルーミンです」
「「いつもご覧いただきありがとうございます」」
「ふー、何とか事なきを得た」
「何と言って説得したんですか?」
「敵じゃないことを示すために、一緒にトイレに行って用を足すんだって説明した」
「……無防備なところをお互いがあえて晒すことで、相手に味方だと伝えているってことですか?」
「そうそう」
「まあ、わからなくはないですが、よく思いつきましたね」
「うん、とっさにひらめいた」
「とっさにって……まあ、ソルさんがリュザールさんに愛されているのがよくわかりました」
「うっ……」
「それでエキムさんですか、私はほとんど話したことが無いんですが、どんな人ですか?」
「そうだね、……まじめなユーリルかな」
「真面目なユーリルさん……面白そうなイメージがわきません」
「あはは、まあ、絡んでみたらわかるかも。それでは次回のご案内です」
「次回は……地球のお話ですね。試験の結果がわかるようです」
「だ、大丈夫かな……」
「それこそ、次回をお楽しみに―ですね」
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