第168話 二次試験を前に

 2月の後半、僕たちは大学の二次試験を受けるために東京に向かっている。


「樹、いいの? ボクが窓側で」


「うん、僕は風花越しに外を見るから」


「バカ」


 今回東京に行くのは僕たち三人だけ。

 ここから出る飛行機は、そんなに大きくないから座席は片側二人ずつなんだよね。だから、竹下は一人で窓側だ。


「お待たせー。トイレも済ませてきたよ」


 竹下は通路側の席に他の人が来る可能性があるから、途中でトイレに立ちたくないって言っていた。飛行機も三回目になるとどういう流れになるかわかるようだ。


「おかえりー、まだ搭乗の案内は無いよ」


「よかった。置いて行かれたらどうしようかと思ってた」


 置いてはいかないけど、ちょっと隠れて様子を見るくらいはしたかもしれない。


「それにしても、雪が降らなくて助かったよな」


 天気予報が、前日になって急に雪が降るかもって言いだして焦った。だって僕たちが住んでいるところではあまり雪が降らないから、ちょっと積もっただけで大騒ぎになる。


「うん、飛行機が飛ばなかったらどうしようもないからね」


 僕たち三人は、テラでは冬の間は雪の中で過ごしているから雪自体には慣れているんだけど、公共交通機関が動かなければどうしようもない。馬で東京まで行くわけにはいかないからね。


「ああ、試験を受けられないのだけは勘弁してほしいからな。お、案内があるようだぜ」


 搭乗ゲートにお姉さんが出てきた。そろそろ、機内に案内してもらえるんだろう。









「夏さん。お世話になります」


 飛行機は時間通りに到着し、前回と同じルートを通って夏さんの家までやって来た。


「ああ、よく来たな。お前たちの家にいるつもりでいたらいい。それで今日はゆっくりできるのかい?」


 二次試験は明後日に行われる予定だ。今日はこのままゆっくりしてもいいけど、


「一度下見をしたいので、会場に行ってみます」


 今はまだ昼過ぎだから、二か所のキャンパスを見ても夕方には戻れるだろう。明日に回してもいいけど、余裕をもって行動しておきたい。


「と、言うわけで竹下隊員には、わが隊を率いて本郷のキャンパスまで行ってもらいます」


「わ、わかりました、隊長! ……このノリは嫌いじゃないけど、もし間違ったらすぐに教えてね」


「……」「……」


「何とか言ってくれよー」


 ユーリルは旅に行っても道を間違うことは無い。それはテラでは空や山が見えて、自分がどこにいてどこに向かっているかわかるからって言っていた。でも、地下鉄だと周りの景色が見えないから、駅の内部や案内の表示を覚えておかないといけない。

 竹下のことだからすぐに覚えると思うけど、明後日の本番に間違ったらシャレにならないんだよね。だから厳しいかもしれないけど、竹下のためにも甘くしちゃいけないんだ。


「ほら、まずは駅に連れて行ってくれる。どの駅に向かえばいいの?」


「ああ、もうわかったよ。行くよ。付いて来て」


 果たしてわが隊は、無事に目的地までたどり着くことができるのでしょうか。







「穂乃花さんは今日は大学?」


 僕たちは、竹下がここだと言った地下鉄の駅のホームに立っている。


「うん、夕方には戻るって。お、電車来たよ……渋谷行きでよかったよな」


「夕方なら今は駒場のキャンパスにいるんじゃないの?」


 僕は電車に乗り込みながら竹下に伝えてみる。


「! そうだ。会えるかもしれないじゃん。先に駒場キャンパスに行く?」


 この電車を終点まで乗っていたら駒場に行くことはできるけど、後からのほうがゆっくりできるんじゃないかな。


「竹下君、慌てなくても連絡していたらお姉ちゃん待っててくれるよ」


 竹下のために本郷のキャンパスへの道を改めて確認しておきたい。先に駒場に行っちゃうとすぐに引き返さないといけなくなる。


「そ、そうか。まずは連絡しないと……」


 ……竹下はあれから穂乃花さんと連絡を取り合うのに夢中だ。でも、そろそろ降りる駅だってわかっているのかな。


『間もなく上野広小路です。電車とホームの間が広く開いているところがあります。足元に……』


「あ! 降りるよ」


 よかった。思わず風花と顔を見合わせていたよ。声かけるかどうかってね。





 本郷のキャンパスに行く途中、一次試験通過の報告と改めて二次試験のお願いを湯島の天神様にした僕たちは、本郷のキャンパスに入って、竹下が受ける試験会場がある建物を確認した。

 そして生協まで足を運び、どんなものが売っているのか見ていた時に声を掛けられた。


「ここにいるってことは、無事二次試験が受けられるようだね」


 振り向くと遠野教授が立っていた。


「遠野先生!」


「やあ、元気そうで何よりだよ。おや、今日は穂乃花君の彼氏もいるね」


「は、初めまして! 竹下剛と言います!」


「いやいや、そんなに畏まらなくてもいいよ。まだ関係者じゃないからね」


「関係者ですか?」


「ああ、君たちはここに入ったら俺の道場に来てくれるんだろう」


「え、あ、まあ……はい。お願いします!」


 なるほど、それで関係者か。以前みんなと遠野教授にお世話になろうと話し合っていたけど、この場で答えることになるとは思って無かった。


「いいね、いいね。楽しみに待っておくよ。……おっと、時間だ。それじゃ試験頑張ってな。あ、そうそう、俺の息子も教育学部志望で受けるんだよ。もし見かけたらよろしく!」


 遠野教授は慌てた様子で出ていってしまった。


「何というか、パワーがありそうな人だな。それと、俺たちと同い年くらいの息子がいるのか、見えねえな」


「うん」


 遠野教授は30代半ばくらいかなって思っていたけど、教授ということはもっと年上だったのかもしれない。それに息子さんか……よろしくって言われたけど、名前を明かす機会なんてあるのかな。




 その後、駒場のキャンパスに向かった僕たちは穂乃花さんと合流し、試験会場となる教室の場所を確認した後、一緒に夏さんの家へと向かう。


「穂乃花さんもいつもこの路線なんですか?」


「ああ、遅れることもあまりないし、乗り換えがねえからな」


 試験に受かったら、みんなと一緒に通うようになるのかな。ああ、でも大学は講義を選択できるのか。みんな学部が違うから講義の内容も違うと思うけど、できるだけ一緒に行けるようにしたいよね。


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あとがきです。

「樹です」

「竹下です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「もう大丈夫そうだね」

「何が?」

「何がって、地下鉄!」

「ああ……一度乗ったところはね。他のところはまだ無理かな。どこで乗り換えたらいいかとかわからないよ」

「それは東京に住んでいる人もそうらしくて、乗り換えアプリなんかを使っているらしいよ」

「そ、そうなんだ。使えばよかった」

「でも、今回僕たちは乗り換えてないからね。見ても見なくても一緒かも」

「それもそうか、次からはそういうものもあるって覚えておこう」

「そうだね。地球には便利なものがあるから利用しないとね。それでは次回のご案内です」

「次回は試験の時のことを話すようです」

「なぜかソルがリュザールから問い詰められます」

「お前何やったの?」

「……心当たりがない」

「だいたいの男は心当たりがあってもそういうらしいぞ」

「!」

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