第173話 東京暮らし開始
翌日テラでリムンとルーミンに新しい家のことを話して羨ましがられた僕は、その翌朝、見慣れない天井を見つめていた。
「新しい家か……」
慣れない布団に枕で眠れないかもと思っていたけど、朝までぐっすりだった。
「ニャァーー」
布団の上ではカァルが大きく体を伸ばしていた。
「あ、カァル。おはよう!」
そうだ、昨日の夜はカァルが僕のところで寝たんだった。
竹下にいいの? って聞いたら、『今日のところは譲る。明日は俺のところだ』って言っていたから、今夜はカァルに頼んで竹下のところに行ってもらわないといけない。
僕も
縁側のカーテンの隙間からは朝の光が漏れてきていた。うん、天気もよさそうだ。
「ふあぁ、おはよう……」
カーテンを開け、窓の外に少しだけある庭を眺めていると竹下も障子を開けて起きてきた。
「おはよう! よく眠れた?」
「おかげさまで……今日はこれからどうするの?」
「風花と散歩かな」
「邪魔かもしれないけど、俺も付き合っていい? この辺の事を知りたいから」
「もちろん」
カァルを誘ったけど行く気配がないので、二人で出かける支度を整え夏さんの家まで向かう。
ちょうど夏さんの家の玄関の前まで行ったとき、中から風花が出てきた。
「「おはよう、風花」」「おはよう、樹。竹下君」
以前風花と相談して決めた道に向かって散歩を開始する。
「穂乃花さんはまだ寝ているの?」
「うん、レポート仕上げなきゃって言っていたから、遅くまでやっていたんじゃないかな」
東大は入るだけでなく入ってからも大変みたいだ。
「そっか……俺も穂乃花さんと散歩したいけど難しいかもな」
「そう? 僕たちみたいに朝にしなくてもいいんじゃないの」
「そうか! 晩御飯食べてからの時間でもいいんだ!」
そうそう、二人で話し合って都合のいい時間を決めたらいいよ。
「改めて見ると、この辺りの雰囲気いいよな。散歩にもってこいだ。お前たち知ってたの?」
古い町並みが残るこの場所は、夏に風花と二人で探し出した場所だ。そのことを伝えると、
「お前たち、あっちでは子供もできると言うのに、こっちでもちゃんと恋人らしいことをしていたんだな」
風花と二人、顔を見合わせる。そんなことは考えたこともなかった。
ソルにはもうすぐ子供が生まれる。というか、いつ生まれてもおかしくはない。
お腹の子供が大切だという気持ちは、今の僕にも当然ある。かといって、いまだ結婚していない風花との関係が、夫婦のものかと言ったらそうではないように思う。赤ちゃんが生まれたら、何か変わるのだろうか……
「なってみないとわからないか……」
「何か言った?」
「ううん、何にも。そろそろ戻ろう。朝ごはん作らなきゃ」
散歩から帰った僕たちは、風花と別れ自分たちの家へと入る。
「ただいまー、……あれ、カァルは?」
入った途端、飛びついてくるかもと思って身構えていたけど拍子抜けだ。どこにいるのかと思ったら、玄関の右側の部屋から音が聞こえる。あそこはカァル用のおもちゃが設置されていた例の場所だ。夜に遊ばせてあげなかったから、きっと、いろいろと試しているんだろう。
「なあ、樹。これから何をするの?」
仕事の役割分担はまだ決めていない。それぞれの都合で決められた仕事がやれないときも出てくると思う。だから、何でも出来た方がいいんだけど、まだ竹下は料理に自信を持っていないようなので、
「今日の朝ごはんは僕が作るから、竹下は洗濯をお願い」
「了解。やっぱりいつかはご飯を作らなきゃダメか」
「ここで覚えたら、テラでもできるようになるよ。パルフィも喜ぶって」
「そうだな、最近は仕事も忙しそうだし頑張ってみようかな。……でも、俺が作るとなんだか変な味になるんだよな」
どうやら竹下も、僕と海渡が作るから自分もと思ったことがあったらしい。ただ、何回作っても微妙な味になってしまって、おばさんたちからこれも一種の才能ねって言われたみたい。
「最初はレシピ通りに作ってみたらいいよ、間違ってもアレンジはしないでね」
最初に元となる味を覚えてからアレンジしないと、何が悪いのかわからなくなるからね。
「うーん、教えられた通り作ったはずなんだけどな」
「最初は僕も付いていてあげるからさ、まずはやってみようよ」
微妙な味の原因が何かわからないけど、レシピ通りに作っても火加減とか材料を入れる順番とかで変わって来るからね。そのあたりのことは追々覚えてもらおう。
朝食を済ませ庭に洗濯物を干した僕たちは、カァルにお留守番を頼んで風花と合流し、手続きのために区役所まで向かう。アプリを見ると歩いて10分ちょっとの距離だ。
「はい、転入の手続きですね。こちらの用紙にご記入ください」
区役所で窓口のお姉さんに教えてもらいながら手続きを進める。
「はい、これで手続きは終わりました。ふふ、私もあなたたちと同じ地元なのよ。ようこそ台東区へ」
なるほど、なんだか懐かしい感じがすると思ったら、同じところの出身だったんだ。僕たちはお姉さんにお礼を伝え、区役所を出る。
「感じのいい人だったね」
「うん」
少し年上だと思う区役所のお姉さんは、最初から親身になって対応してくれた。同じ地元だからかもしれないけど、こういう手続きに慣れていない僕たちにはありがたかった。
「それで、これからどうするの?」
大学の入学のための諸手続きは、理系の竹下が来週の月曜日で文系の僕たちはその翌日の火曜日だ。
今日は一日余裕があるから生活を始めるのに足りない物を揃えたいけど、お店はいったいどこにあるんだろう?
地元なら名前を見たら何屋さんかわかるんだけど、こちらではさっぱり。穂乃花さんに聞いといたらよかったんだけど、今日も講義で夕方まで戻らないらしい。
ピコン!
区役所を出たところで相談していると、スマホがSNSの着信を知らせてきた。通知を見ると、最近追加された友達からのものだ。
「暁君からだ……今区役所にいるのかって、いたら警察署の方を見ろだって」
「警察署ってどこだ? ……あれか?」
竹下が指さす方を見ると、区役所の向かいの角のところで手を振る一人の少年がいた。
「暁君だ」
僕も手を振り、みんなでそちらに歩いていく。
「いやー、気晴らしにコンビニに行こうとしたら、見た顔がいるだろう。声をかけてもよかったんだけど、間違っていたらいけないからさ」
暁君は人懐っこい笑顔を僕たちに向けてくれた。
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あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「洗濯上手だったね。よくやっていたの?」
「俺んち呉服屋だろう。和服だけじゃなくて洋服も扱っていたからさ、その手入れの方法とかも習っとかないといけなかったんだよね」
「それであんなに手際よくやっていたんだ。見直しちゃったよ」
「あれくらいで見直されるって、俺の評価って……聞くのが怖い」
「まあまあ、僕が困った時にはいつも助けてくれる頼もしい存在だよ」
「取ってつけた感が半端ない!」
「あはは、それはさておき次回のご案内です」
「さておくんだ……えっと、暁君の話ですね。あれ、もしかして……」
「やっぱり暁君も絡んでくるのかな?」
「それでは次回もお楽しみに―」
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