第174話 遠野修練所
初めて会う三人が自己紹介を済ませ、暁君に僕たちの状況を伝える。
「なるほど、区役所で引っ越しの手続きをしていたんだ。今の窓口って確か……まあ、いいや。それじゃ住んでいるのはこの辺なんだね。俺んちと近いじゃん」
そうなんだ。
「もしかして道場もこの辺りなの?」
「うん、俺んちの1階。寄ってみる?」
暁君について裏路地を歩いていく。
「君が濃厚なキスをされて美女に連れ去られたという竹下君かー」
「え、いや……そんなことまで知られてんの?」
そうそう、遠野教授はわりと何でも喋るみたい。
「あはは、ごめんね。親父から聞いちゃった。その人って風花さんのお姉さんなのでしょう。年上かー、羨ましいよ」
前を歩く暁君の後姿を見ながら、竹下と顔を見合わせる。
「さあ、着いた。ここだよ」
「遠野修練所……」
そこは鉄筋コンクリート造の三階建ての建物で、1階には墨で書かれた木製の看板が付けられていた。
「ここが道場、2階より上が家なんだ。ちょっと待ってて、鍵を取って来るから」
ほんと近い。ここなら家から歩いて10分くらいだと思う。
「どう思う?」
2階の自宅に上がった暁君を待つ間、二人に聞いてみる。
「うーん、ヤバいくらい親近感がわいているんだけど、風花はどう?」
「ボクも一緒。初めて会ったはずなのに、普通に軽口をたたきそうになる」
ねぇ、僕だけがそうじゃないんだ。
「おまたせー。さあ、入って」
暁君に
「この下駄箱に靴を入れてね」
道場の真ん中には畳が敷かれていて、正面には神棚と掛け軸が飾られていた。
神棚に一礼し、その前で車座になる。
「ねえ、暁君」
「ちょっと待って、同い年なんだから君はいらない。暁でいいよ。その代わり俺もみんなの事を名前で呼んでいいかな。なんだか三人とも昔からの知り合いのような気がするんだよね」
やっぱり、暁も何か感じるところがあるみたいだ。
「なあ、暁。ここはいつやってんの?」
「土日だけ、この道場は親父の趣味だからね。練習生も今は……5人かな」
今の時代、実戦的な古武道を習おうと思う人は少ないのかもしれない。
「それでさ。せっかくなら立ち会ってみない。俺、君たちの実力を知りたいんだ」
暁の目の奥が鋭く光った気がした。
「それでは、はじめ!」
竹下の掛け声のもと、僕と暁は道場の真ん中で
来る!
暁が動いたと思ったら、腕を掴まれた!
「うそ……」
慌てて、僕はその腕を振りほどく。ここ数年、風花たち以外に掴まれたことなんて無かったのに……気を抜いていたわけではない。相手が
「へぇー、僕の掴んだ腕を振りほどくとかすごいね。それに、掴めそうだったのは最初だけで、いまは全く隙が無いや……」
しばらくそのままの状態でにらみ合ったけど、どちらも決め手を得ることはできなかった。
「はい、そこまで!」
僕は暁と握手をする。
「すごいね。親父の言う通りだよ。でも、三人の中で一番強いのは……風花かな。俺と手合わせしてもらえるかな」
「もちろん」
そういう風花の横顔は……
「やばいぞ樹」
「う、うん」
怒ってるよ……
きっと、僕があっさりと手を掴まれたからだ。とほほ、近いうちに厳しい訓練をさせられるに違いない……
「竹下君、早く……」
「は、はい!」
とばっちりが来てはかなわないと、竹下は慌てて二人の間に移動する。
すでに準備を整えている風花と暁の表情は、真剣そのもの……
「それでは、はじめ!」
その瞬間、暁が動く! そして……
「あれ?」
道場に仰向けになって倒れていた。
「止め―!」
暁は風花の手を借りて起き上がる。
「すごい! 何をされたんだろう……。まあ、いいか、親父がどうして九幻流に拘るのかがわかった。春から楽しみだよ」
そういう暁の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「へえ、こんなところがあるんだ。すごい! 目移りしちゃうよ」
僕たちは暁の案内で、かっぱ橋商店街まで来ていた。
「上野、浅草と言ったらここだろう。業務用から家庭用まで調理器具なら何でも揃うらしいぜ」
家には冷蔵庫や電子レンジといった家電は揃っていたんだけど、包丁やまな板、菜箸といった調理に使う道具が微妙に足りてなかった。
今朝は夏さんから貰った材料でお米を炊いて、魚と目玉焼きを焼いた。フライパンがあってよかったよ。なかったら卵かけご飯しかできないところだったからね。
「助かる。包丁が無かったから、卵料理しか作れないところだった」
切らずにフライパンで出来るものって言ったら限られるからね。溶き卵に萌やしとひき肉を入れて……オムレツはできるか。
「俺は卵料理も好きだけど、さすがにそればかりじゃ……」
僕が作る料理はテラの料理だから玉ねぎやニンジンといった野菜を使うことが多い、だから包丁は必需品なのだ。
それにしても、ここはすごい! 見たことないような道具が揃っていて、どうやって使うか考えるだけでもワクワクしてしまうよ。
「樹ってさ、さっきから専門的な道具を見ているけど、料理が趣味なの?」
専門的……確かにさっきから珍しい道具を手に取ってみたり、プロフ用に大きな鍋を吟味したりしていた。普通の男子大学生が必要とするものではないのは間違いないか。
「趣味というわけじゃないけど、料理はよくやっているよ。専門的かどうかわからないけど、普通あまり見かけない料理を作るからね」
「へえー、その料理に興味がある。俺にも食べさせて!」
どこかで聞いたようなセリフだな……。それにしても、どうして僕の周りの男たちは僕の料理を食べたがるのだろうか……まあ、食べさせるのは構わないけど、せっかくだから余分に作って、風花たちにもおすそ分けしよう。
「竹下ー。暁を招待していいかな?」
「え、作ってあげるの? 俺は樹がいいなら構わないけど」
「じゃあ、今度招待するよ」
「今度じゃなくて、今日じゃダメ? 親父達が留守でさ、晩御飯一人で食うように言われてんだ」
暁は首をかしげて聞いてきた。
時計を見ても十分作ることができる時間だ。竹下の方を見たら頷いた。
「わかった。今日作ってあげるから」
急遽、夕食のメニューが決まってしまった。道具と食材を揃えないといけないけど、これだけ人数がいたら一度に運ぶこともできるだろう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「ただいまー」
「風花なんて?」
「死んだら終わりなんだから、死なないようにみんな鍛えなおすって」
「みんな!?」
「ごめんね、連帯責任だって」
「ま、まあ、俺もちょっと気が抜けていたかもしれないから、樹だけの責任じゃないよ。それで、いつから?」
「今は、ソルが大事に時期だから、赤ちゃんを産み終わってからだって」
「ということは、大学入学から間もなくだな……よし、気合入れなおすか!」
「うん、がんばろう。それでは次回のご案内です」
「次回は暁とカァルが何だか仲良しな感じです」
「なんで?」
「さあー」
「「それでは、次回もお楽しみに―」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます