第175話 ご近所さんへの挨拶は忘れずに

 お昼過ぎ、途中で軽くお昼ご飯を済ませた僕たちは、両手いっぱいの荷物を抱え家に向かって歩いていく。


「ごめんね。重たいものを持ってもらって」


「平気平気。でも米を買う時に、躊躇ちゅうちょせず10キロのものを選んだのにはびっくりしたよ」


 暁にはお米を肩に担いでもらって、手にも料理用の道具を持ってもらっている。


「朝からもご飯だし、お米は結構使うんだよね」


 今日の夕食はプロフを作る予定だ。夏さんのところにもおすそ分けする予定だから、合計6人分。そのうち3人は4月から大学生になる男子だ、食べ始めたら底が見えない可能性がある。


「手が痛い……」


 竹下は両手に野菜がいっぱい入った袋をぶら下げている。野菜は重たいから、長く持っているとレジ袋が手に食い込んで痛くなるんだよね。


「もうちょっとだけど、休む?」


「なんとか、がんばる……」


「もう少しって……この辺りって、確か……」


 暁がきょろきょろと辺りを見回し始めた。


「どうしたの?」


「いや……まさかね」


 お寺の角を曲がり、僕たちの家がある区画まで来た時に


「もしかして、ここなの?」


 暁が声を発した。


「そうだけど、何かあったの?」


 もしかしたら地元の人しか知らない、何かがあるのかな……心霊スポットとかなら聞きたくないよ。


「超人気エリアじゃん! ここに入るには厳しい審査を通った人しか入れないって聞いてるよ。いったいどんな手を使ったの?」


「早く、もう限界……」


 暁の話を聞きたいけど、竹下がピンチのようなので急いで家まで戻ることにした。


 ピッ!


 スマートキーでドアを開け中に入ると、カァルが飛びついてきた。


「樹、邪魔!」


 足に絡みついたカァルを引きずりながら、慌てて避けて竹下を中に入れる。


「ふぅーー。危なかった! ほら見てよ、手の色がありえない色になっている!」


 竹下は野菜が入った袋を廊下に置き、座り込んで僕たちに手を見せてくれている。

 確かに紫色で痛そうだけど、意地にならないで休めばよかったんだよ。


「お邪魔しまーす。大丈夫?」


 暁が中を覗き込んできた。


「あ、暁も風花も中に入って」


「私は先におばあちゃんに言ってくる。料理を準備していたらいけないから」


 風花は手に持った荷物を僕に預けて、夏さんの家に向かって行った。


「お茶でよかった?」


 竹下と暁に運んでもらった食材を、台所に置きながら二人に尋ねると、居間から『はーい』という声が重なって聞こえてきた。

 お湯を沸かしたポットを用意し、急須と湯飲み茶わんを持って居間へと向かう。


 そして、でお茶をいれる。


「……まさか、同い年の子から熱々のお茶が出て来るとは思わなかった」


 暁はお茶を、ふーふーと冷ましながら飲んでくれている。


「嫌いだった?」


「ううん、その逆。これが一番好き……いや二番目かな」


 暁がエキムだとすると一番はカルミル(馬乳酒)だと思うけど、日本ではなかなか手に入らない。

 そうなると飲みなれているのは、あちらと同じお茶の葉を使った緑茶ということになる。だから、テラと繋がっている僕たちは、炭酸飲料よりもお茶の方を好むことが多い。


「ねえ、竹下。カァルは?」


 荷物を運ぶのに危なかったから、避けてもらっていたのだ。


「あそこで寝ているぜ」


 居間の隣の部屋にあるキャットタワーの上で横になっているカァルが見えた。


「さっきの猫、【カァル】って言うんだ。わざわざ連れてきたの?」


「うん、ここの大家さんが飼ってもいいって言ってくれて」


 あれ、今何か普通に答えちゃったけど、何かおかしいところがあったような……


「お待たせー」


「あ、風花。おかえりー。お茶を入れてあげるね」


 まあ、いいか。大した事じゃないんだろう。


「風花はおばあちゃんの家に住んでいるって言っていたよね。あっという間に戻って来たけどすぐ近くなの?」


 風花にお茶を注いであげながら、暁に僕たちがこの家を借りられるようになった事情を話す。


「なるほど、それでか。……この辺りはほんとに人気なんだよ。一戸建てだし、家賃も安いらしくて、募集があったら申し込みが殺到するって。それに、大家さんに直接会ってOKもらわないといけないから、なかなか大変だって聞いたことがある」


 夏さんはこのあたりに住む人たちを家族のように思っていた。直接会うのもその人の人となりを見たいからなのかもしれない。


「ねえ、樹。おばあちゃんが挨拶を忘れるんじゃないよって……」


「あ、そうだ。行かなきゃ」


 この家を借りる条件の一つが、周りの人たちと仲良くなること。そのためには引っ越しの挨拶が欠かせない。


「ねえ、暁。僕たち引っ越しの挨拶に行かないといけないんだ。すぐに戻って来るから、待っていてもらえる。カァルもお願いね」


 暁とカァルの了解をもらって、僕たち三人は家を出た。






「なあ、樹。気付いたか、あいつテラの言葉を喋ったぜ」


 お隣さんに挨拶を済ませた後、次の家に行く途中竹下が話しかけてきた。


「え、やっぱり……」


 あの時感じた違和感はそれだったんだ。


「暁君、なんて言ったの?」


 その時いなかった風花に教えてあげる。


「そうなんだ。カァルの発音がテラのもので……あれ、エキムはユキヒョウのカァルに会ったことあったっけ?」


「ああ、エキムがタルブクまで帰るときに合わせて俺とリムンたちも一緒に行っただろう。その時にな」


 それなら去年の夏のことだ。あの時はソル風花リュザールも行ってないから、どういう感じだったかわからない。ただ、翌日竹下が緊急招集をかけてきて、カァルが伝えていた場所に現れたことは聞いている。


「どうするの? 戻ったら暁君に聞いてみるの?」


「そもそもどういうつもりで言ったのかな……」


「カァルを見て思わず出たのか、それとも俺たちにカマかけてきたのか?」


 カマをかけたのなら、僕たちがテラと行き来しているって感づいているってことだけど……


「やっぱり、風花ちゃんじゃない!」


 次の家の前で立ち止まって話していたら、家の人が出てきた。


「あ、おばさん。お久しぶりです」


「聞いているわよ。夏さんところで住むんだってね。声が聞こえたから、もしかしてって思って……」


 暁の件は戻ってから考えよう。今はご近所さんに挨拶するのが先だ。早く戻らないとプロフを作る時間が無くなっちゃうからね。




 30分ほどかけてご近所さんへの挨拶を済ませ家へと急ぐ。


「留守のところは週末に行こうな」


 ご年配のご家庭も多かったから、ほとんどのところには挨拶を済ませることができたんだけどね。お留守のところがあるのは平日の昼間だから仕方がないと思う。


「うん。それにしても、いい人たちばかりでよかったよ」


 風花が一緒だったからかもしれないけど、みんな僕たちを歓迎してくれた。これから少なくとも4年間はお世話になる。仲良くできるなら、それに越したことは無い。


「ところで、暁はどうするの?」


「様子を見て聞く。そしてもし繋がっているのなら、協力してもらう」


「そうだね。味方になるなら大歓迎だよ」


 風花には負けたけどあれだけの使い手、さらにこちらの知識を持っている相手だ、敵に回ってほしくない。


「それじゃ、行くか」


 家まで戻って来た僕たちは意を決してドアを開けた。


「「「ただいまー」」」


「あ、おかえりー」


 僕たちは暁とカァルが待つ居間へとむかう。


「ごめんね。一人にしちゃって、変わりはなかった?」


「ううん、カァルが付き合ってくれたし、それに……ねえ、樹、これなんだけど……」


 そう言って、膝に乗せたカァルを撫でながら暁が差し出した紙に、僕は見覚えがあった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「竹下です」

「樹です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「やばかった。手がちぎれるかと思った」

「どうして、我慢していたのか理解できない」

「いや、だって、なんか負けた気がするじゃん」

「竹下って変なところで意地になることあるよね……手が使えなくなったら元も子もないのに」

「さすがにそこまでいかないうちにやめるよ」

「それならいいんだけどね。それよりも暁はやっぱりエキムなのかな」

「さあ、ユキヒョウのカァルのことを知っているのなら可能性は高いな。それよりも最後に出てきた紙は知っているの?」

「え、まあね……」

「何なのか教えて……もらうわけにはいかないか」

「そうそう、ネタバレになるからね。それでは次回のご案内です」

「次回は紙の内容が明らかになりますよー」

「「それでは次回もお楽しみに―」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る