第九話 「ナイトメア」

 マジで死にそうだ。


 死にそうというにも種類がある。


 怪我、疲労、空腹、恥辱。色々あるが、俺が今感じているのは羞恥と苛立ちだ。


 息を大きく吐いて目の前の敵と睨めっこし合う。汗が俺の頬を伝って地面にポツ、ポツと落ちるのが分かる。


 剣を強く握ってにまにまと笑みを浮かべる腹立つ奴へ振る。


 そいつはを使って俺の剣をするりと避けた。


「はあ、はあ、クソがッ!」


「――キャハ」


 対峙するそれは元は大きなスライムの姿をしていた。だが剣を抜いた瞬間、スライムは姿を変え俺に襲いかかってきた。


 ――になった。


 顔、体型、髪を全て投影し、完全な俺へと変身したのだ。……素っ裸の状態で。


 俺の息子までもコピーしたそのスライムは、俺を敵視しながらも遊んでいるような挑発的の笑みを浮かべてくる。


《ユート・アルファードを確認。プレイヤーはただちに戦闘体勢へと移行――》

「やかましいわ! 何で名称が俺になってんだ!」


「キャハハ」


 ていうか、今の俺の容姿ってこんな感じなのか?


 背が伸びて髪が灰色に変色している。まるで別人みたいだが、顔だけは面影があるな。毎日鏡で見ていた顔だ。


 スライムは驚くべきことに俺の持つ回避のスキルを使ってきたのだ。


 コピーした相手の能力をそのまま使えるとか、そういう事だろうか。


「おいこら! 全裸で動き回んなッ!」


「きゅうッ!?」


 自分の姿をしていても関係あるまい。俺は向かってきたスライムを、見切りカウンターを発動させて容赦なく剣で殴りつけた。


 するとスライムはドロドロと溶け始め、元の姿へと戻った。ダメージを与えさえすれば解除させる事ができるらしい。


「舐めた真似しやがって……じゃあな」


 剣を振り上げて、思いっきり溶けたスライムへ叩きつけた。


《ミミクリースライムの戦闘不能ダウンを確認。勝利しました、経験値を吸収します…………完了しました》



***



 現在いるこのエリアはちょうど50エリア目。


 区切りのいい場所までようやく辿り着いたと思ったらいきなりこれだ。


 やはり今までの動物よりも知性のあるモンスターが増えてきた気がする。


「……だいぶ難易度が上がっているな。慎重に行動し直すべきか?」


 まあ、相変わらずおんなじつまらない景色なんだけれども。


 このエリアに来るまで色んな幻影生物と戦い、レベルを上げ、スキルを開放してきた。


 炎を吐いてくる蛇や、巨大な顎を持つ巨大なアリジゴク。異常に動きが素早いアルマジロなど、どれも個性溢れる生き物達だ。


 そして、そいつらはほとんど俺の腹の足しへとなっている。


 どうやら幻影生物を食べるとステータスが大幅にアップするらしいのだ。イノシシを食べた時から、アシュトレトが教えてくれている。


 ボスはどいつもこいつも強敵ばかりだ。その分クリア報酬はおいしいものが多かったけど。


 今履いている黒い靴だってそうだ。これのおかげで灼熱の大地を歩き続けることができる。


 状態異常を治す超薬だったり、疲労回復の飴だったり、辺りが涼しさ増しの冷凍キノコ………………。


 あれ? 段々とランクダウンしてない?


 苦労して手に入れた見返りがこれかよと、神殿の柱を一本壊してしまおうかと心が乱れたことがあったが、なんとか正気を取り戻せた。


 全く、創造主とやらは何が目的なんだ?


「……そろそろ神殿が見えてくるころか? ある程度レベリングが終わったら挑むとするか」


 足を止めて、水を補給する。


 この水筒もボスクリアで手に入れたもの。これがあればいつでも冷たい水が飲める。


 あのボスは大変だったな、28エリアの『空飛びイルカ伯爵』という、ふざけたネーミングの怪物で、灼けるような熱湯を連射する厄介なボスだった。


「……ん?」


 と、俺は遠くの方で何か小さいものを見つけた。


 そいつも鼻をヒクヒク、耳をぴょこぴょこと動かして俺を見ている。


「……ウ、ウサギ?」


 白くてモフモフで、か弱いみんなの人気者、うさぎだ。


 赤いつぶらな瞳に小さい手足、人間の小動物愛に深く突き刺さるような可愛らしい見た目をしている。


「なんだあのウサギ。俺の経験値になりてえのか?」


 だが何度も言うが、俺には余裕がない。ここにいる全ての幻影生物は帰るための踏み台としか見れなくなっていた。


 当然、どこかの誰かに怒られそうでも、経験値の足しになるのであれば慈悲なく殺すのだ。



「ほぉらこっちにおいで。優しくしてやるから――」


《――ナイトメアを確認。ワールドシステムに干渉されました。これより“ゲリライベント”を開始します》


 ウィンッ! とパネルが勢いよく表示され、けたたましい警報音が響く。


 そこには、“NIGHT MARE”とだけ書かれていた。


「な、なんだ!?」


 赤黒い太陽が昇る青い空は、漆黒に覆われ、一瞬で辺りは真っ暗になり、急激に温度が下がる。


 すぐ先ほどまで暑苦しかったのに、今は凍えるような寒さを感じる。


 ウサギはその場からじっとして動かない。


「これは……どうなってんだ?」


《『ナイトメア』が開始されました。制限時間以内に対象を撃破しなければ、この世界は闇に包まれ消滅します。制限時間……5分》


「はあ?」


 突然始まった訳の分からない現象に戸惑っていると、“NIGHT MARE”の下に何やらカウントダウンのような数字があった。


 4 : 50、4 : 49、4 : 48…………。


 その秒数はチクッ、チクッという音を鳴らしながら減っている。


「おいアシュトレト! これは一体なんだ!」


《ヘルプ要請を確認。個体名、ナイトメアが出現した事により、ワールドシステムが一時的に不具合を起こしています》


「不具合……?」


《およそ5分でこの世界を侵蝕し、プレイヤー、全ての幻影生物を飲み込んで消滅します。制限時間内に不具合を排除してください》


「……さらっとやばいこと言ってない?」


 あのウサギがナイトメアという名前の幻影生物、いや、“不具合”という存在なのだろうか。


 アシュトレトは情報を黙秘するが、嘘はついた事はこれまで一度もない。


 ならば、あの兎をどうにかしなければ本当に死ぬ同然の現象が5分後に起きることになる。


「取り敢えず、アイツをぶっ倒せばいいのかッ!?」


 ウサギに近づこうとした瞬間、地面から何かが這い出てきた。


 俺は咄嗟に距離を取って最大限に警戒する。


「おいおい……」


 邪悪な魔力をだだ漏れさせて出てくるそれは、人間の形をしていた。


 だが、そいつは俺が求めていた人間ではない。


 肉が無く、骨を剥き出しにしてカタカタと動く。砂が落ち、徐々に全貌を露わにしていく。


 ――スケルトン。


 ダンジョン内では有名なメジャーモンスター、亡者の呪いを原動力にして生まれる骨の兵士達だ。


 這い出てくる数は1ではない。それどころか、自分の指の本数では入りきらないほどのスケルトン達が、片手に剣を握りしめて俺の前に立ち塞がった。


「邪魔すぎる……あ、おい待てッ!」


 スケルトン達は一斉に俺に襲いかかってくる。ウサギは後方に向かって走っていった。


《ナイトメアソルジャーを確認。プレイヤーはただちに戦闘体勢へと移行して下さい。レベリングシステムを開始します》


「クソッ! どけお前ら!」


 一体のスケルトンが剣を振りかぶった。


 俺は【回避】を発動させて剣を避ける。すぐさま【カウンター】で殴り付け、スケルトンを背後へ吹き飛ばした。


 次々とスケルトン達が剣を突きつける。避けるだけで精一杯だ。


 俺のスキルは一体一が強いものが多い。大勢と戦うことになると、カウンターを発動するにも全体にはダメージが与えられないのだ。


 そして、今その戦場にいる。数があまりにも多い、いちいち相手をしてはキリがない。


「……なら、戦闘を回避する」


《【逃走回避】を発動します。発動まで……3・2・1」


 カウントダウンタイマーは順調に進んでいる。これが全て0になった時、死を意味するのだろう。


 ウサギはこうしている間にもぴょんぴょんと跳ねながら俺から離れていっている。


「あと4分か……、ったく! 訳が分からねえな!」


 ウサギ自体は戦闘力がないように見える。近づきさえすれば、一撃で仕留められるはずだ。


 一刻も早くあの生意気なウサギを狩るため、俺は剣を担ぎ、スケルトンから逃げるように地面を蹴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灰色の廃人による這い上がる為の反撃〜最果てにたどり着いた冒険者はどうやら最強らしい〜 ない @NagumoOutarou1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ