第八話 「果てのない道」

「キョウマ」


 ギルドの手続きをしていると、後ろから声がかけられた。振り返ってみると、そこにはフードを被った少女、冒険者のフリジアがいた。


「……なんだ、フリジア」


「なんだじゃない。……アイフォード、家には帰ってないって」


「……ああ、そうか。…………そうか」


 あの日、俺たちが『銀光シルバーライト』から追い出したユート・アイフォードは、行方不明になった。


 2ヶ月間捜索隊がユートを探したが、痕跡はおろか何も手がかりは掴めず、本当にどこかへ行ってしまったのだ。


 どうしてだ? 俺たちが安全と言える場所まで送らなかったから? ユートは低層のモンスターに負けるような奴だったのか? モンスターハウスへ連れて行かれてしまったのか? 俺が取った行動は、幼馴染を消す結果を生んでしま――



「……妹さんはこう言ってたよ。『兄はあの日から帰ってきていない。どうなってるの? あなた達のせい? 何でパーティーから追い出したの?』って」


「…………」


「私は止めたはずだったんだけどね。キョウマ、もう一度聞くけど、アイフォードを外したのは何故?」


 フリジアが俺にそんな事を聞いてくる。珍しいな、こんな怒ったような顔をするなんて。


「黙り、ね。まあいいけど。私、今月中にパーティーから抜けるから。ある程度の貯金も貯まって、もういる必要はなくなったしね」


「……そうか」


 そう言えば、彼女もまだ学生だったな。金さえ手に入れればここを出て行くと最初に宣言していたのでさほど気にはしない。


 大事な戦力だった一人がいなくなるのは惜しいが、今はそんな事を言う自覚はないのだから。


「サナさんとパールさんは?」


「ああ、レン達は休暇だ。銀光シルバーライトも活動をしばらく休止しようかと思う。……気分も悪いしな、丁度いいんだ」


 ユートは良い奴だった。その信頼の強さもあって、パーティーにも加入を許した。


 だけど、俺はアイツを拒んだ。


 他の奴らに、“最強パーティーの最弱”と呼ばれている事に吐き気を覚えたからだ。


 仮にもアイツは幼馴染であり、俺にできないこともできる奴だったのだから。


 ……それ以外にも、もう一つ理由はあるが。


「……? フリジア、それはなんだ?」


 と、俺はフリジアが持っている妙な気配を放つ本に目がいった。


 ……何だろうこの感じは。禍々しいというか、それとは逆に神聖さも感じるというか。とにかく気持ちが悪くなるような黒い鳥の本。


「ん、ああこれ? ダンジョンの帰りに拾ったのよ。珍しい本みたいだし、来月の研究材料にでもしてみようと思って」


 フリジアは本の入手先を説明した後、軽く挨拶してギルドを去った。


 ギルドの中には俺一人しかいない。いつもなら……ユートが隣にいたんだが。


「……あの本、どこかで見覚えがあるような……?」


 昔、賢者様が持っていた本に似ている。2年も前の事だし、もうほとんど覚えていない。


 ただ、賢者様はこう言っていたんだ。


『この本は、世界そのものだ』、と。



***



 ゴーレムを倒し、エリア2へ進み、絶望してから約2ヶ月が……経ったのかは分からない。もっと経っているかもしれないな。


 あの赤黒い太陽が沈む事はないからだ。そのせいで夜が来ず、正確な時間が測れない。


「…………」


 果てしない砂漠を踏みしめて、感覚が狂いそうになりながら歩く。やけに重い錆びついた剣を引きずりながら。


 肌が焼けるような暑さだが、未だ日焼けはしていない。何故かは不明だ、幻影生物の肉を食いすぎてそう言ってた免疫がついたのだろうか。


 体はこの2ヶ月の間に鍛えられ、多少筋肉がついた気がする。ひょろひょろだった頃には考えられない。


 髪も少し伸びて、紫外線のせいなのか色素が抜けてきている。


《――サンサンドシャークを確認。プレイヤーはただちに戦闘体勢へと移行して下さい。レベリングシステムを開始します》


 砂の中からボコボコと背鰭を出しながら接近してくる。サメか、これはまた面倒な敵だな。


 俺は剣を構えて、サメの行動を観察する。


 錆剣の斬れ味は最悪中の最悪だ。錆びているのだから当然だが、葉っぱの一枚も切れない。ゴーレムの時はスキルによる“打撃”で破壊したようだ。


 この剣の使い道は、“斬る”ではなく“ぶつける”だ。


「……!」


 サメが鋭い歯を見せながら勢いよく飛び出してきた。それに合わせ、俺はスキルを発動する。


《【見切りカウンター】を発動します》


 剣を斜め右上へと切り上げながら体を一回転させ、サメの胴体へと剣をねじ込む。


 カウンターによるスキル補正がかかり、剣の攻撃が加速する。大きな音を立て、剣撃が炸裂した。


《サンサンドシャークの戦闘不能ダウンを確認。勝利しました、経験値を吸収します》


 戦闘は呆気なく終わる。この剣のおかげで俺はこの程度の雑魚相手なら苦労する事はない。


「ふぅ……」


 敵を倒した事を確認して、腕をぶらんとさせ楽になる。剣を地面に突き立てて杖にした。


 今いるこのエリアは8


 2ヶ月で、この進み具合だ。


 残りエリアはあと192エリア、終わりが見える気がしない。正気でいられないような苛立ちが度々現れてくる。


 ボスのいる神殿は各1エリアに一つずつ存在しているらしく、次のエリアに行くには必ずボスを倒し、クリア部屋を通る必要がある。


 そのまま素通りすることは出来ない。何故なら、エリアとエリアの間に不自然な見えない壁があるからだ。


 ワールドシステムがボスが撃破され、クリアの扉が開いたと認識するまで決して無くなることはない破壊不可能の壁だった。


 荒地を歩いては敵を倒してレベルを上げ、ボスに挑み次のエリアへ進む。これが2ヶ月続けてきたことだ。


「…………」


 少し休憩したのち、すぐに行動を再開する。


 神殿はだいたい7日ほどで到着できる距離にある。急げばもっと早く着けるが、そんな気力はない。


「アシュトレト、俺以外に人はいるのか」


《ヘルプ要請を確認。『ワールドシステム』の情報の一部は黙秘が命じられています。よって、解答する事は不可となります》


 コイツは最近全然役に立たない。


 最初の方は助けられたが、レベルアップとスキル発動、敵の発見の報告しかできない。


 この世界のちょっとした情報も教えてくれはしない。知りたければ自分でやれと言うように。


「ふざけんなッ! ちょっとでもいいから教えやがれ!」


 俺は過度な苛立ちを覚え、目の前のパネルに向かって殴りかかった。


 だがそれは無意味だった。パネルはしゅんッという音と共に拳をすり抜ける。俺は砂の上へ勢いよく倒れ、熱い地面に横たわった。


「クソッタレ……」


 俺はすぐに起き上がって、再び前を向く。足を止めてはいけないんだ、じゃないと俺はここで干からびて死ぬことになる。


 この暑さと光のせいでろくな睡眠も取れていない。ストレスが溜まるのも無理はないだろう。


《【危険感知】が発動しました》


 突如脳内に警告のサイレンが鳴り響く。


 咄嗟に剣を振り上げて構えを取る。


「またサメかよ……。大群でご来店とはまた面倒な」


《サンサンドシャークの群れを確認。プレイヤーはただちに戦闘体勢へと移行して下さい。レベリングシステムを開始します》



***



《【回避 L v 15】にレベルアップしました。【真・回避のツリー】のルートが開放。新たに【即死回避】を獲得しました》


「お、新しいスキルか。……即死回避? まあ役には立つか」


 サメの亡骸を見渡しながら表示されたパネルを確認する。


 この、【真・回避のツリー】がどのように変化するのかは分からないが、今のところまだまだ新しい力を、手に入れられるようだ。


 このスキルが俺の生死を変えるようなもの。最初のエリアボスのような失態を冒さないように、できる限りの努力はしておく。


「……いつかこの世界から出た暁には」


 剣を引きずり、オアシスを目指してまた歩き出す。


 果てしない幻影の大地。終わりの見えない、殺意を覚えるゲーム。


「――創造主をぶん殴って吊るしてやる」


 俺は太陽の日差しに嫌悪を抱きながら、そう誓った。

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